神の眷属の思い出
『ああ、私はただのモブ。』を見ていた方が楽しめると思います。
管理者、それは地上の人間から見れば神様のような存在なのだと思う。………ただ、“神様”と呼ばれる存在も“悪魔”と呼ばれる存在も呼ばれ方が違うだけで同一な“管理者”という存在だと眷属であるヘンドリックは思っている。
管理者が暮らす空間は地上とは異なる時を流れている、地上に比べれば随分と緩やかに……そして、専用の機械で時を下ることも可能だ。
湖の水面に浮かぶ地上を見ると、どうやら2つ目の指令を解決しようとしている最中らしい……2人目もそうだ、ゲームとやらの登場人物だ、そうヘンドリックはまた思う。ゲームなる因縁に彼まで巻き込むつもりなのか、今回は干渉等していない……だけど、山内信一郎が関わっているのは今のところ全て、ゲームと呼ばれるモノに登場する……あるいは人物に何かしらの影響を与える人物ばかりだった。
『親父……』
かつての息子の声、彼はそのゲームとやらの因縁に巻き込まれて散った……いや、ゲーム通りに治めようと干渉した“悪魔”に殺されたのだ。
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生きている頃の記憶、それは存外あやふやなモノだった。自分が生まれてからだいたい100年ほど、死んでからはもう半世紀……この空間での体感はたった一月やそこらなのに、記憶は驚くほどに曖昧なのだ。
このマルチウス帝国が存在するメドベージャ大陸の東端にレミゼ王国という国があった、“あった”という表現は不適切なモノだろう……レミゼ王国は滅んでなどいない。俺や息子、アベル達が活躍していた頃の王国とはひどくかけ離れた国へと成れ果てたがまだ存在するのだから……でも、俺は“新たに生まれ変わったであろうそれ”を“レミゼ王国”等と呼ぶ気にはなれないので、あえてそう表現させてもらう。
「親父!ねえ、今年も綺麗な野菜が実ったよ。」
レミゼ暦567年の夏、レミゼ王国北部に広大な領地を持つオンリバーン侯爵家の屋敷にて、ヘンドリック=オンリバーン侯爵に、9月に10歳の誕生日を控えた彼の息子のショーンはそう言った。マルチウス帝国のような社交シーズンの概念はレミゼにはあまり定着していなかった、領地を持つ貴族は主に夏と冬に領地へと帰り、持っていない王都住まいの貴族は1年中どんちゃん騒ぎだ。レミゼ王国は、レミゼ暦という大陸で使われている大陸暦とは別の暦を使っており、その当時は絶対王政が敷かれていて完全なる縦割り組織のピラミッド構造が王国を下支えしていた頃だったかと記憶している。
「ああ、そうだな……」
「なんだよ、とっとと収穫しようよ。早く皆と遊びに行きたいもん。」
その皆と随分とイタズラの限りをしたお前達の代わりに頭を下げているのは誰だと思っているんだとヘンドリックは苦笑するのだが、自分だって幼い頃はそうだったと思い直して、家庭菜園に実った色とりどりのみずみずしい野菜達を収穫していく。
「お前、遊ぶのも良いがちょっとは勉強をしろ!夏休みだというのに宿題もせずにほっつき歩いて。じゃあこうしよう、今度イタズラする毎になんでもいいから教科書を一冊朗読しなさい。」
「やだよ、そんな事するくらいならイタズラの限りを尽くしてやる!」
何故そうなる……ここは、『やだよ、もうしませんから。』とかじゃないのか……。
その当時の息子の体型に似合わず俊敏な速さで走り去っていった、アイツの背中には羽でも生えているのかと思うほどに、普段のショーンからすればあり得ないほどの速さだった。
「……まったく、仕方ねぇな。」
1人残されたヘンドリックは呆然とそう呟く事しか出来なかった。
ああ、また妻はそうやって遊び呆けるショーンの事を『貴方の田舎者の血のせいだと』自分の事を罵るんだな、そう思うと心が重くなったが、子供はそういうモノだと彼の遊ぶ姿を見てそう心を慰めた。
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「君、立ったまま寝るなんてそんな器用な事が出来る男だったんだね?」
管理者ミラーナにそう声をかけられて意識を急浮上させる。
今頃どうしてこんな思い出が……その後に私や息子が巻き込まれた因縁を考えると思い出したくもない代物なのに。
「考え事をしていただけです。」
「考え事?一体何を考えていたんだい?」
“あの時の事”……そうは言えないので、話をずらす事にする。
「山内信一郎、どうして2人目をゲームの関係者にしたのですか?」
「ああ、その事。それは“アマテラス”のワガママだ、僕には関係ない。折角、良い感じの早く解決できそうな人間を見繕ったのにアイツがどうしてもダンディーな彼にしなさいってのたまうモノだから仕方なく……ね♪」
何がね♪なのか分からない、髪の毛をくしゃりと掻くとミラーナと視線がぶつかった。
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「親父………!」
息子の慟哭が俺の耳をつんざく。
あの後、俺は自分を見失っていたのかもしれない。俺はレミゼ暦の580年の真冬……49歳で死んだ、これ以上人々が醜い陰謀により犠牲になることを止めるために…幸福な国を幸福のままにしたいという自分なりの思いからであったが、今こうして思うのは、あの時の選択は間違いだった。
___俺が想いを託した盟友は、その陰謀で死んだ。そして、俺が止め損ねた陰謀は息子に影を落とす事となったのだがそれはまた別の話……。
「どうして……どうしてこんな事に……」
死んでからそんな単純な事に気付くなんてなんて馬鹿だったのだろう、俺が築いてきた輝かしき人生が惜しかった訳ではない……でも、生きて陰謀を解決する、それが俺の役目だった。役目を見誤った事はその後大きな影を落とした。
俺の死体は運ばれていく。俺はここにいる……物だって掴める、なのに人々は俺には気づかないのだ。待ってくれ……俺はそうやって彼らを追いかけるのにすり抜けて触れることは叶わなかった。
「うう、荷が重すぎるよ……俺には親父の跡なんて重すぎるよ。」
息子が泣く……男が泣いてどうするんだと言うが俺の言葉は届かない、俺が言いたかった事を代わりに言ってくれたのは、“ヘンリー”という遊び人の公爵だった。
「おいおい、ションちゃんよ……そんなに泣くなよ、男が涙を見せるなんてカッコ悪いぜ。
そんなに泣いていたら、あの方からまた小便小僧のションちゃん呼ばわりされてしまう。いい加減覚悟を決めろ、どんなに避けたがっていたとしても貴族に生まれた以上、俺らは毒まんじゅうを喰わされるかもしれない運命にあるんだから、ぼさっとせずにシャキッとしなさい!」
「そんな事を言われても……」
悲しいモノは悲しい。
___ミラーナ様の言う通り、俺達は甘過ぎた。見通しも根回しも……人の可能性というモノを愚かにも盲信しすぎたのかもしれない、ずっとくすぶっていた不満を放置していたから四半世紀前に人の可能性という力は、俺が望んだのとは真逆な方向で歪められて猛進して来たのだ。
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「___聞いているかい?僕の話を……」
「ええ、ああ、はい……何だったっけ?」
まったく聞いていなかった、何の話をしていたのだろうか。山内信一郎の居た国には聖徳太子なる1度に10人から話を聞くことの出来る男が居たらしいが、俺はそのような何かをしながら何かをする事は出来ないので聞き取れなかった。
「まったく……ぼんやりするような年頃かい?四十路の後半にもなって。山内信一郎、彼を早く帰したいのは僕も同じなんだよ。それなのに___」
多分“アマテラス”に関する愚痴だろうと口振りからして思うのだがミラーナが続きを言いかけた時、ぼうっと蒼白い光がこの管理者の居る空間を包んで、1人の女が現れた。白い肌に紅い唇、黒髪を腰まで伸ばしていて服は古臭いセーラー服の女だ。
「ミラーナ、随分と妾の悪口を言っておったとオティアスから聞いたが……ふん、今はそんなのはどうでもよろしい、あの男……まだ死なんのか。」
“オティアス”というのは、俺も会った事があるのだが、ミラーナ様の友人(本人は腐れ縁と言っている)でトラブルメーカーな別世界の管理者だ。
「げっ……“アマテラス”!」
ミラーナが苦虫でも噛み潰したかのように、顔面蒼白となる。ここまで人の顔がコロコロと変わるのを間近で見たのは久しぶりだ。
「この方が“アマテラス様”ですか……」
「退け……ふむ、2人目か。ミラーナよ、この男に手加減をしているのか?それならそうと言え。
………まあ、そんな手加減をしなくとも奴は正気ではいられないだろうがな。」
いきなり現れた“アマテラス”は、下界でダンディー執事の無実を晴らさんとする山内信一郎の様子を見ながら哄笑した。




