ダルい身体
自分の告別式が行われている会場に親父と共に入った。自分の夢とはいえ嫌なものだと思いながら入ると皆、泣いていた。
『中々皆、悲しんでくれているじゃないか。信一郎、お前は本当にひねくれている。これが夢なのだとしても、ちゃんと皆が悲しんでくれていると素直に受け取れ。………まったく、妙な部分だけ永田町に染まりおって。』
「親父、やっぱりこれは夢なんだよ……。俺にはちゃんと分かる、これは夢だ。」
告別式会場の中央には在りし日の自分の写真があった。間抜けた顔で人に威張り散らしているのがよく分かる人相だった、そこに先人のような威厳などはまったくなかった。
席には見知った顔が並んでいた。親族の席には喪主の妻、その横に娘、そして親父の弟の昭文叔父さんと息子の和典夫妻、彼の息子の大樹と娘の奈美、和典の妹の茜夫婦と娘の美咲……友人の席には、幼馴染の小野満や同期の桜島豊太郎の姿もあった。他にも知っている顔がいくつもあったのだが……
「なんで、なんでコイツまで居るんだよ……!」
俺を落とした革進党の石崎博人の姿もある、よくもまぁ、あのように泣けるなあ。お前は絶対に議員よりも役者の方が向いていると思った。奴の姿や声だけは見たくも聞きたくもなかった。
『信一郎、お前……あの男の事を殺したりしないよな?まあ、殺しようもないと思うが。』
「奴だけは許せん。奴のせいで俺は大変な目に遭ったんだから!」
『逆に考えれば、あの男が居たからこそお前は変わり始めることが出来ているとも言える。お前はこんな所で怒っている場合なのか?もっと他にやるべき事があるだろう。』
「………分かっていますよ、次の選挙で奴に勝つ。その為には早く目覚めて指令を解決して帰還しなければならないんですよね。そうしなきゃダメなんですよね。」
『それはお前がやりたいようにすればいい、俺は何も言わん。いや、俺が言ったとしても幽霊が見えないお前には聞こえないから意味も無いだろう。俺が予言してやる、お前は次は通るだろう。民自党じゃなければならないと人々はすぐに気づくだろう、その風に乗れればお前は必ず通る。しかし、革進党とお前は似ているな。』
「それってどういう意味ですか?」
あの憎き男が居る党と俺が似ているだなんて、ムッとしていると親父は生前にはほとんど見せなかった快活な笑顔で冗談めかして言った。
『政権交代が目標だったからそれを達成したらつまずいた彼らと青華学園を受験して一生懸命頑張って合格した途端にやる気を無くしたお前とがダブって見える。』
「………そう言われると確かに似ているような気がしてきました。でも、夢でよかったですね。現実だったら首を絞めてましたよ!」
『その短気な所も改めなさい。さあ、別れの時が来てしまったようだ。お前を待っている愛らしい子達が居る。彼女らの元へ戻るときが来た。』
親父が光に包まれて姿が段々と見えなくなってくる。視界がぐんにゃりと歪んでから再び真っ暗になって怒りで忘れていた身体のダルさが戻ってきた。
「俺は……絶対に、やってやるからな。」
そうか、これは夢が覚めようとしているのだ、そうだと気がついたシンイチロウはそう決意して目を閉じた。
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光が段々と治まってきた。彼の身体は規則正しく呼吸して顔色は最初と比べるとずいぶん良くなっていた。
「シンイチロウ……!」
手を握っていたエレノアが呼び掛けて揺すると彼は目を開いて周りを静かに見回していた。
「……ぅ…エレノア、か?昭美さんも居る…2人とも心配かけたな。」
「シンイチロウ!」
「シンイチロウさん!」
目をジロリとそちらに向けてシンイチロウは言った。2人の様子からして、寝ていないのは確かだろう。目には泣き腫らした痕もある、数時間ほど前まで泣いていたのかもしれない。
「なんかごめん……ぅ…あれから何日経ったんだ?俺はずいぶん寝ていたようだが。」
「もう、貴方が証拠を探しに出てからもう5日ぐらい経っているのよ!もっと早くに目を覚ましてよ。」
「エレノア様も私も心配したんです!もう無茶はしないでください、心配のし過ぎで私達の方が先に死んでしまいそうです。……ほら、私の心臓だってこんなにドキドキしています。」
「……ごめん。」
俺は謝った。
身体はまだ本調子ではない。ひどく体が重く、手や足などに力が入らず、起き上がろうとしてもうまく出来ずに転げてしまった。
「こらこら、まだ起きちゃダメよ。峠は越したけれど貴方が危険なのに変わりはないのよ。」
「そうです。エレノア様の言う通り、病人はおとなしくしていてください。」
「しかし…こればかりはしょうがないだろ。ト、トイレに行かせてくれ!さっきから漏れそうで仕方ないんだ!」
「あ…ごめんなさい。」
エレノア達2人は恥じらうようにパッと離れてくれたのでシンイチロウはトイレへと駆け込んだ。その後、水を飲んで水分補給などをしてゆっくりと落ち着いていると医者が来た。
「どうですか?」
「峠は越したけれど、まだ万全な状態では無いな。しばらく…1週間程度はゆっくりと静養が必要だ。」
「い、1週間!?そんなに…?」
医者はシンイチロウの方を呆れたように見てから言う。
「君の身体の中に入っていた毒はこの国には流通していないどころか、毒性の強いものだったんだ。むしろ、こうやって助かっているのも奇跡と言って良いぐらいなんだよ。君は目を覚ましたけれど、またいつ毒に負けるか不確定なんだ。だからこそゆっくりと静養が必要だ。」
「そういう訳だからちゃんと休みなさいよ。」
「その言葉、お前ら2人にそっくりそのまま返したいね。俺なんかよりもお前らの方が病人に見える。」
「そんなになるまで心配かけたのは誰よ。」
「俺だ、本当にごめん。」
俺にはまだ指令解決や帰還までのやらなきゃならないことが残っているのにとシンイチロウは唇を噛み締めた。




