聞いていた密談
夜の11時……秘密通路で覗き見ていたシンイチロウ達は思わぬ人物を見た。
「あれは…ノ、ノ、ノルマンディア公爵ですよ!まさか本当にクーデターを!?」
「あれが……」
シンイチロウがノルマンディア公爵を初めてハッキリと垣間見た瞬間だった、そして抱いた感想はというと……
「髪長っ!なあ、漫画とかならまだしも現実でいたらただの薄気味悪い奴だ!」
こうだった。
昭美は気にするのがそこなのかとシンイチロウがずれているなと感じたが、自分も中井昭美としての記憶を取り戻してからよくよくノルマンディア公爵を見てみると同じような事を思っていたのに気づいて、げんなりしながらこのまま見守った。
「………とりあえず、このまま見てみるか。何か情報をゲットできるかも!」
「ムービー忘れないでくださいよ。」
「分かっているって。」
また覗き穴へ携帯を突っ込んで動画を撮った。しかしながらこの覗き穴は、どうもこちらから向こうは見えるが向こうからこちらは見えないようで誰に対してどのような意図を持って造ったのだろうかと不思議に思った。
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ノルマンディア公爵がナショスト公爵夫人が主催している夜会から秘密の館へ向かうと、既に男達は酒を飲み、女に溺れて失楽園のような状態だった。蒸せ返るような香水の匂いと酒の匂いが混ざって吐き気を覚えた。
「やれやれ……これは一体どういう状況かい?」
吐き気をこらえながら側で比較的酔いが回っていなかったクライム侯爵に聞いた。彼から酒の匂いはしなかった、女は化粧をしているためか目立っていないが男は顔が赤くなって、他人に聞かれれば不敬だと言われかねない女帝への悪口も聞こえてきて、段々と大きくなる。
「見ての通りです。皆様は美酒に酔いしれ、絶世の美姫と戯れておられる、ただそれだけです。」
「クライム侯爵、君は加わらないのか?ああしていれば忘れたいことだって忘れられるだろう、たとえ一瞬だとしても。」
「ノルマンディア公爵、私は女を抱きません。それに美酒に酔いしれる気もありません、そうすることが何よりも屈辱的なので。」
クライム侯爵は忌々しげに吐き捨てた、彼がそう言ったのはこの美酒と美女と謳われる女達を呼んですべて自分が金を払わされていたからで自分もあそこに加わればかつての同胞であった彼らと同類になってしまう。彼のエベレスト並みに高いプライドが彼らと同じ行動をすることを止めろと叫んでいたからであったが、ノルマンディア公爵は彼にも不幸が襲ってきたのでそれかと思った。
「忘れたいこと……娘を亡くした痛みをそんなに忘れられないのかい。」
「………まあ、そんな所です。忘れられるなら、しがらみから逃れられるなら酒や女なんかよりも東国の麻薬に溺れた方がよっぽどマシです。すべてを忘れられたなら………」
「そんなに思い詰めていたとは……意外と娘想いなのだな。」
意外な一面だと思う。
上から冷たく巻き起こった風がどこかの隙間から入ってくる、クライム侯爵は深々とため息を吐きながら聞いた。
「あの、公爵…貴方は本当に女帝の立場を取って代わりたいと思っているのですか?」
「どういう意味だ?私が、皇帝になるのは悪いことなのか?だが、あの女贔屓のどこの馬の骨とも分からない女よりも正統な血を持つ私が皇帝となり、不当な扱いを受けてきた青い血を流れる者達に正当な評価をするべきだと思っている。たとえ、たとえ夢のような願いだったとしても…私は、それを叶えるために自分の出来ることをしたい……そのために神のご加護があらんことを願う。」
「思い留まる事は出来ませんか?貴方はまだ若い、皇帝になるのではなく平穏に暮らしたいとは思いませんか?亡くなられた父君もそれを望んでいると思います。……今ならばまだ間に合います、まだセーフなのですから。」
「クライム侯爵、貴方は怖じけずいたのか!血判状に判を押す勇気がないのなら今すぐにここをさるといい。」
「ついに押すのですか、判を。」
「ああ、そのつもりだ。止めるな、止めたところで私は私の思うように動く!」
クライム侯爵の顔には悲壮感が浮かんだ、自分や先人達が道を誤った事に気づいた。血判状など……奪われたら終わりではないか。
「……止めたりしませんよ、私もお供しましょう。どうせ、どちらに転んでも娘を死なせた私の地獄行きは決まっているのですから。」
「地獄へなど行かせはしない、悲願を共に成し得よう。ではまた、6月の始めごろに集まろう。その時、我らの勝利を祈願すると共に血判状に判を押す。その由はこの酔いつぶれている彼らにも伝えておいてくれ。」
「はい、分かりました。」
クライム侯爵は礼をして、高貴な血を引く長髪の若者が居なくなってから本心を隠すためにぎゅっと拳を握りしめた。
「彼の悲願を成し遂げたとしても、私の心が晴れる事も希望があるわけなどない。……どのみち、あちら側からもこちら側からも嫌われた私に希望など存在しない……」
侯爵の悲痛な思いは誰にも聞かれる事なく心の中へ吹き荒れていった。
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クライム侯爵が出ていったのを見て、シンイチロウはムービーを停めた。後は酔っ払いだけで撮る価値も無いと判断したからだ。
「なあ、なんか俺はお前の親父さんが可哀想になってきたよ。自業自得だろうが、まだ何に悟りを開いてまともに正気を保っている分余計に残酷だな。何も知らずにかつてのように血筋を誇りに思っているだけならば気づかずにいられたのに。」
「何がそんなにお父様を変えたのかしら……あのような御方じゃなかったのですけど。」
「あの中で財布にされた事がよっぽど辛かったんじゃないか?でも、6月に血判状か……良いことを聞いた、じゃあ情報はもらったしそろそろ戻ろうか」
「そうですね………」
「ここは寒いな、早く戻ろう。」
彼女が父親と同じような優れない顔色をしているのに気づいて、ソッと肩に触れてから来た道を戻っていった。




