異世界の2人は見た!
カツーン、カツーン……
1歩歩く度に大きな靴の音が響く。例の秘密通路を歩いていく、昼間でも薄暗いこの通路は夜だともっと暗かった。あの指令が来てから数日経った5月の下旬、俺は昭美さんとようやくこの秘密通路から“王の集い”の秘密の館を探すことができた。5月は社交シーズン真っ盛りでナショスト派に近いと噂される中立派のメスリル伯爵家も近いとはいえ中立派なので奪い合い合戦に巻き込まれて誘いが多くなった。
「お父様達までメスリル伯爵家を仲間に引き入れようとは思っていなかったのですけど。」
「派閥なんて数の勝負だ、メスリル伯爵家でも引き入れたいと思っているのだろう。」
誘われる事が多くなったので今日はエレノアを連れてくる事ができなかった。そう、エレノアは今頃それぞれの派閥の夜会をはしごしている事だろう。
「はああ、前回が楽だった分今回はキツそうだな。俺、死んだりしないよな……」
「シンイチロウさん、縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
「昭美さん、こんな軽口言ってないとやってらんないよ。……俺が死んだらどうなるんだろうなぁ…死体は向こうに転送されるらしいが、俺の後を誰が出るんだ…?後藤かな、それとも県議やってる従弟の和典かな…?いくら推測を立てて考えても分からんな。」
「シンイチロウさん、死ぬなんて…簡単に言わないでください。今は、少なくとも今は生きているんですから…死ぬなんて言わないで!」
「分かった、分かった。死ぬ感覚なんてその時にならないと分からないものだしな、今考えても無駄だよな。……分からないものを考えても、結局分からないままか。」
「そ、そうなんです!だから、今は目の前の問題を解決しましょう?まずは壁を乗り越えて証拠を見つけていかないと!」
「なんか昭美さん、燃えてる…俺は壁を乗り越えるよりかは壁の無い道を探すタイプだけど。まあ、問題はやるだけやってみるのが大事だもんな。」
そうやって自分より一回りも年下の女の子に励まされながら自分を鼓舞して奮い立たせる。そうやって歩いていると道が分かれていた。はて?こんな道は今まであったか……?記憶に無いな。左と右、どちらに行けばよいのだろうか?
「左と右、どっち行く?」
「どちらにしようかな……じゃあ、左で!」
とりあえず当てずっぽうに左に行くこととした。左に行くとまた下水みたいな水がチョロチョロと流れてきていた。
「またどこか繋がっている所に出たのか……でもこれって、下水じゃないな……アルコールというか酒か?」
「確かにあの鼻が曲がりそうな臭さはありませんね。」
鑑定スキルを使うと、上質な赤ワインと表示されていた。どこから流れ着いたのか知らないがワインを捨てたのか…まったくもったいない事をするな。せっかくの美酒が泣いているぜ。
「赤ワイン…ですか?もったいないですねぇ、一体誰がそんな事を!」
赤ワインの後をたどってみるとその先には……
『飲め、飲め!』
そうやってどんちゃん騒ぎする御方達の姿、鑑定スキルを使って誰なのかを確認すると侯爵や伯爵、そしてその息子達がほとんどで女性の姿はない。
「えっと、デコン伯爵、セフテンバー侯爵にライフアワー侯爵とその令息……後は遠すぎてスキルで確認できるのはこの程度だな。おっ!クライム侯爵も居るみたいだな」
「シンイチロウさん、この面々って“王の集い”の会員だって噂されてる方達です。なおかつ仲が良いとも評判でナショスト公爵派とは敵対する人々ばかりです。」
「って事は“王の集い”の可能性大って事か!よし、この様子をちゃんと見ておかないと。」
「シンイチロウさん、何のための携帯だと思っているんですか!ちゃんとムービー、撮っておかないと。」
「そ、そうだな。」
携帯を覗き穴の方へ向けてから2人で覗き見た。それはこういう感じだった。
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首都ランディマークの中心府の某屋敷の地下に存在するこの空間、ここでは夜も眠らぬ秘密のカーニバルが行われていた。
「はぁ、やりにくい世の中になったものだ……。あの女帝の即位から今年で10年…この10年ですっかり変わったな」
偉そうな紫色の服を着た男の言葉にそこに居た一同はうんうんと頷いていた。顔からしてこの面々は女帝へ不満があるのだろう。
「そうだ、そうだ!すっかりやりにくくなった。昨年だって、“迷花草”の取引ルートを潰されたし……宮廷では、女帝があの小生意気なナショスト公爵夫人を優遇してサロンなんて開きやがる!!」
「いくら名門公爵家の奥方とはいえ、女なんかを取り立ててあの女!」
細かな刺繍がしてある高そうな服を着た男達が、言葉を並べていく。
よく見てみると薬や麻薬の類いは見当たらない、その代わりに高級なブランデーや酒類が多数用意されていた。
「そう思わんか、やはりあの時に何がなんでも女帝じゃなくてノルマンディア公爵の方を押しきっていればこうはなってないんだ!」
こんな風なああしていれば、こうしていればという愚痴が小一時間続いた。
そして、その後薄い布地でできた服を着た女性達20人ほどがぞろぞろと部屋の中に入ってきた。その布の下には何もはいていない……ノーパンである。
「今日もクライム侯爵の奢りだ、皆遠慮なく飲み食いしろ。」
「あのう……」
皆がどんちゃん騒ぎを再び始めようとしていた時にクライム侯爵が小さく言いずらそうに声をあげた。
「どうした、クライム侯爵。」
「そろそろ、私の財布は限界でございます。どなたか他の誰かに支払いを頼みたいのですが……」
クライム侯爵がそう言って、更に言葉を続けようとすると急に声のトーンが2トーンぐらい低くなって冷たい声を出して言った。
「君、君にはもう財布の役目しか無いよ。君の娘を味わわせてくれると聞き、楽しみにしていたんだけどなぁ……娘には逃げられたあげくに死なれて、我々の楽しみがなくなってしまったよ。先祖の残してくれた家柄だけでこの我が王の集いに居られるんだ、ありがたいと思いたまえ。」
「は……」
クライム侯爵はそれ以上は何も言わなかった。けれどもその顔は屈辱にまみれ、目は充血していて鬼のような形相である。そのまま彼が諸々の料金を支払い、女達との営みを他の面々が楽しんでいた。クライム侯爵、彼が料理に手をつけることも女性に触れることも、そして美酒に酔いしれる事もなかった。
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「貴女のお父さん、全員のメシ代払わされてたぞ。」
「不甲斐ないというか、あれでは腰巾着以下の扱いですね……しかもその原因が私だったとは。」
ムービーを撮ってからその場に脱力する。クライム侯爵の顔を見る限り、本当に彼には限界が来ているようだ。その秘密の館にあったのは、どれも明らかに金がかかった調度品ばかりだ。
「ほんの少し、同情するがあれは彼の生き方なのかもしれんな。」
どこかに空いた小さな隙間から滲み出てくるワインが足元を濡らした。
「…………シンイチロウさん。」
生きていた娘はそう自分の名前を呼んだ。彼女が中井昭美だったことを思い出しても彼が父親であることには変わりはないのだ。
「しかし、嫌な生き方だ。俺が言う資格なんてないと思うけど、本当に嫌な生き方。だって苦しくて、苦しくて仕方ないじゃないか。貴族のしがらみに囚われて、破産もできずそこに居るしかない。爵位を返上するには位が高過ぎてお荷物を抱えたままこの先も生きていかなきゃいけない。……苦しいじゃないか、まるで数合わせだった俺みたいで。」
「シンイチロウさん、貴方には何が分かるんですか?お父様が可哀相なのは分かりました、でも……」
「自業自得だって言いたいの?でも、あの会話を聞く限りクライム侯爵は君を献上できなかったからあそこでの居場所を失っていたみたいだよ……俺だって娘を捧げればおいしい思いをさせてやる、だなんて言われたら心が揺らぐ。俺は、そんな時に自らの命を投げ売ろうと思えるほどの聖人じゃないよ。
はああ、親父から秘書になって議員を目指してくれと言われて会社辞めて、そっから俺の人生は誰かに従うからしがみつくに変わった。」
「昔の話ですか……しがみつくとは?」
「議員も落ちれば人。その時、俺に残されていたのは議員職にしがみついてただの数合わせになるか親父の財産を食い潰すかしかなかった。だって、秘書になった時は30、議員になった時には30代後半にもなっていた。2~3年後、選挙に落ちれば収入無くなる上にその年齢で俺を雇ってくれるようなツテも無いからな。しがらみから逃れようとしても勇気がいる貴族となーんとなく似ているような気がしてな。」
「本当になんとなくですね……まあ、場所は分かったのでとりあえず今日のところは帰りますか?何か掴むにしてもあのどんちゃん騒ぎじゃ、情報を得られないのでは?」
携帯の時間を確認すると、時間は23時10分を表示していた。……確かに眠く欠伸が出てしまう、しかし何か握れそうだという勘がある。
「もうちょっと様子を見てみよう。何か酔って洩らすかもしれないだろう。」
「ええ!?もう眠いです……」
そうやって大あくびをしながらも付き合ってくれる彼女は根がイイ人なのだ。俺は覗き穴で様子を見ていた、すると予想はしていたけれども思いもよらない人物がやって来た。それは__。




