前提条件は疑わしきもの
ついにやって来てしまった7つ目の指令、それはやはり“王の集い”をぶち壊すという内容だった、それはヒロインが最後に解決すべきイベントだった。
「なんか似たようなフレーズ聞いたことあるな……ああ、思い出した。大泉元総理の『民自党をぶっ壊す』か、今考えると見事に時事ネタぶちこんでいるよな」
「あ、元ネタはそれだったんだ。シンイチロウさん、でも大丈夫です。そのうち『日本を取り戻す!』とか言う人も現れますから。」
「誰だ、誰なんだ、そんなこと言った奴。取り戻す?………一体何から何を取り戻すというんだ?」
「『美しい国』って言っていた人と同一人物ですよ、多分革進党から政権与党の座を取り戻すという事では?実際そうなりましたし。」
「ええ!?まさか、あの方が……そんなことを?マジか……」
ほんの少し、また未来の事を聞けた。この流れからして、未来ではあの御方がまた総裁に……って、そうじゃない!今は指令の方が大事だ。
「とりあえず、未来の事は置いておいて指令の事を考えよう。やはり指令は“王の集い”の事だった、今ある情報をまとめよう!」
「そうね、そうしましょう!」
俺達はこれまでの情報をまとめる事とした。
この国にはナショスト公爵派と“王の集い”のメンバーで集められた派閥が存在していて前者は義勇溢れる人々、後者は欲にまみれて帝国の国益を害する者ども。そして、先帝が病に倒れた後の皇位継承者選定の際にナショスト公爵派は女帝を、“王の集い”のメンバー達は女帝の従弟のノルマンディア公爵を担ぎ上げていた。
「でも、彼らと関係あるのかは不明だけどノルマンディア公爵は何か企んでたわよね?」
「そうそう、まず彼らの目的も不明だしな。本当にゲームの通りなのかも分からないから。」
「ねぇ、シンイチロウ。私さ、そこに引っ掛かっているのよ。貴方とアキミさんが見ていたというそのゲームなるもの、それはここに似ているのよね?でも、どうしてそれと同じと言い切れるのかしら?だって、その物語には登場しないというノルマンディア公爵が出ている時点で物語的には破綻しているわ。」
エレノアの言ったことを俺も考えていた、確かに元々ここはあのゲームを模して創られた世界で同一世界ではない。それに、ノルマンディア公爵云々以前に物語は大昔から破綻していた、その兆候を俺も感じていた。
「むー……確かにエレノア様の言う通りに物語的にはそもそもシンイチロウさんが来てこうして解決しようとしている時点でダメかと思います。」
「そうでしょ?参考のために聞くけど、そのゲームとやらではヒロインさんはどうやって解決させたのかしら?」
「あれは確か、ミニゲームをあるステージまでクリアさせるとあの秘密通路で彼らの秘密の館を覗き見る事が出来るようになるんです。そして、またそこでストーリーを進めていくと今度はパトロンのナショスト公爵夫人が今度は彼らの所へ招き入れてくれる、そこでお決まりの運の良さを発揮させて証拠を発見して解決!……だったと思います。」
「いかにもな夢物語ね、それで普通の可愛く可憐な少女が皇太子とか色男と結ばれるのでしょう?本当に有り得ないわ。」
エレノアが物語にケチつけていたその会話を聞いて、俺の中に1つの疑問が生まれた。
「なあ……ちょっとだけ気になった事があるから言ってもいいか?」
「シンイチロウ、何かしら?」
「いや、ナショスト公爵夫人だよ。おかしいと思わねぇか?ゲームだったし気にしていなかったけどなんで彼女が敵対する筈の彼らの秘密の館へ招き入れてくれる設定だったんだ?彼女じゃなくてもコンパニオンとして潜入とかでも別によかったと俺は思うんだ。何故、彼女がたかが男爵の庶子のヒロインの為にそこまでしたのか。」
「そ、それは、彼女がヒロインのパトロンなおかつ客の振りして探っていたから…では?ゲームを前提にするとそうですけど。」
「………あのゲームでも本当にそうだったのか?」
ゲームでも現実でも喰えないあの公爵夫人が誰かの為に動くなんてよくよく考えてみれば有り得ない。あのゲームはプレイヤーがヒロインになりきってゲームは進行する、あれはヒロイン視点の物語なのだ。更に漫画もアニメもその原作があるからこそのものであって完全に彼女の世界なのだ。ポリポリと淑女らしからぬ振る舞いでエレノアは言った。
「つまり、シンイチロウが言いたいのはゲームとやらのナショスト公爵夫人は何か目的を持ってヒロインに近づいていたって事かしら?あなた達が見ていたのはヒロインさん目線の印象操作された物語って所?」
「まあ、そんな所だ。ナショスト公爵夫人が悪事を働いたとは言わない、貴族に黒くないエレノア達みたいな人間はかなり希少種って事はこれでも理解しているつもりだ、だが純粋な人助けだけで近づいたのではないのは確かだ。
………なあ、あれのメインはヒロインの恋の話だったが実は皇位継承の時に別れた派閥による争いの延長線上で起こっていた出来事にヒロインがぶち当たって解決させられていただけだったんじゃないか?」
「それは、シンイチロウ達が知っている物語の知識がすべて使えないって事!?その理論では“王の集い”も善人集団っていう説も生まれそうだけど。」
「エレノア様……少なくともお父様は何か仕出かしています。だって、お父様が誰かに私を売り払おうとして、その追っ手から逃げる途中に馬車ごと落ちてしまったんですから。」
「そんな……そんなきっかけだったんですね。」
「気を遣ってもらうのは結構です。あれがあったから私は自分が中井昭美だとハッキリと違和感の正体を知れたのですから。あの20年を思い出せたからこそ私は、これから知るであろう嫌な事から眼を背けずに向き合う勇気を貰えたのですから。」
ぶっ壊せと言っている時点で“王の集い”には何かしら叩けば出るようなホコリはあるのだろう、彼らが爆弾を抱えているのは間違いない。ただ、そこにナショスト公爵夫人やノルマンディア公爵がどう関わっているのかは不明だが。
そして、エレノアが言っていた物語の破綻。それについては言っておきたい事があった。
「なあ、ほら2週間前……アベル様が倒れてお見舞いに行っただろう?」
「はい、行きましたよ。」
「それで、あの時に俺は聞いたんだよ。四半世紀前……『恋する幸福な国で』の時はどうだったのか、俺の推論への答えみたいな形でな。」
ごくりと2人が固唾を飲んだ、俺の言葉を待っていた。不自然な静寂が続いて居心地の悪さを感じながら言葉を口にした。
「四半世紀前、今回と同じような物語が存在していた。だけれどもそれは、アベルの国外追放という筋書き通りだったが、人々の心には違うものを残した。盟友が死に、アベルは罪を着せられて憎しみではなく諦めを持って国を去った。結末はそう変わらない、だがそこへ至る道筋はゲームとはまったく違い、抱く気持ちも違って今に繋がっていた。
ルイがブリザード少年となるきっかけが消えたのは、そもそも昭美さんと同類が昔居て足掻いた結果が今に繋がっている、そういう事だ。……ゲームの前提条件は信じちゃいけない、そもそも俺が来る前から破綻していたんだから。」
「っていう事は、持っている情報を信用せずに“王の集い”について調べるしかないって事かしら。」
「そういう事になる。やっぱり情報リテラシーって大事だな、何も信じずにただ存在する情報を見極める……」
夜の部屋にポツリ、ポツリと声が静かに反芻した。2年も居て見慣れた筈の夜の景色がとてもおぞましい闇のように見えた。
俺らは、“王の集い”のたくらみを探すことから始める事とした。




