7つ目の指令
オリンと別れた後、俺はメスリル伯爵邸に戻ってエレノアと昭美さんと合流する。……しかし、アッサリと彼が諦めるとはあの虫の知らせは単なる俺の思い過ごしだったのだろうか?
「オリン、彼は一体何が言いたかったのかしら?結局クロハをどうしたいのかよく分からなかったのだけれど。」
「エレノア様、彼もきっと誰かに恋をしていたんでしょう。しっかし、あの妙なヘタレ具合はゲームと変わっていませんね。シンイチロウさんに頼むくらいなら自分で行動すれば良いのに他力本願だから1番近くに居た筈のヒロインもジョージア様に盗られたのよ!」
「あー……そういえば、そんなキャラだったっけ?俺はゲームの方をやり込んだくちじゃないから分かんないけど、そんな人だったな。」
ダンディー執事オリン、オリンルート以外の彼は本当に情けない一面がある。娘曰く『製作者はどこ向けにこの設定を作ったの?』と言うくらいに彼は情けないのだ。エレノアが聞いてくるので俺は答える。
「オリンはどんな人なの?」
「えーっと、とにかくヘタレ……確か、キャパを超えたらオネェみたいになるんだったような……。後、自分以外とヒロインが結ばれたら祝福するふりして影でハンカチ噛んで悔しがっていました。」
「漫画の方にね、“〇〇の部屋”っていう漫画内で起こった事の裏話みたいなのをキャラが自分の部屋で語るっていう感じの巻の後ろにあるコーナーじゃ、人形が置かれててファンシーな壁紙や可愛いカーテンとかやたら部屋がラブリーっていうのかファンシーっていうのかよく分からん内装で、人形好きっていう裏設定みたいなのもあるんだよ……ここの彼が漫画とかゲームの彼とまったく同じとは言えないけどなよなよしているのは同じだなって思う。」
「ええ!?オリンが、オリンがなんか乙女チックなんだけど!」
「そうなんだよな……」
遠い眼をする俺と昭美さん、オリンとはスッカリ忘れていたがそんな人物だった。たまにそういう面を見せるキャラでもあった、ダンディーな男がそういう面を持つというギャップ萌えを狙ったのだとすれば大きな間違いだろう、彼はギャップ萌えどころかゲームのフィルター抜きに見れば失笑しか生まれないキャラに変身したのみだ。……そんな彼を一言で現すならば『必〇仕事人の某筆頭同心をもうちょっと男らしくさせた感じ』なのだ。
「本当に忘れていた、アイツがそういう奴だったってこと。」
「シンイチロウさん、2年前に読んだ漫画の後ろのコーナーを覚えていただけでもたいしたものだと思いますよ。」
「俺はそういうの覚えるのだけは得意なんだよ、ただここに居てちょっとばかし思い出すのが遅れちまったが。」
「……シンイチロウの凄さが分からないけれどきっと凄いのよね?」
エレノアと我々の差は置いておくとして、断るような形となってしまった『クロハを宮廷から出す』という彼の頼みだがどうにか叶えられないだろうかと思って聞いてみる。
「なあエレノア、彼女…クロハをどうにかして宮廷から助け出す方法は無いのか?」
「まさか、オリンに協力する気なの?」
「いや、聞くだけ聞いて無理そうだったら諦める。助け出すのが幸せになると限らないし、本当に聞くだけだ。」
「なら止めておいた方がいいと思うわ。だって女官になって結婚や病気以外で退官すると色々と噂が立つの、もしもクロハの事を考えてなら諦めた方が彼女の為よ。」
エレノアにバッサリと俺の考えは切られてしまった。婚約事情といい貴族って大変だな……ていうかややこしい。
「そっか……そうなのか、昭美さんの意見は?」
「エレノア様と同じです、途中で辞めたら絶対に彼女にとって善くない噂が流れるに決まっています。それどころかそんなことしたらはみだし者になってどこからも相手されなくなります。」
「ふうん……じゃあ、どういう事だったら合法的に辞められるの?」
「合法的にって……犯罪じゃないんですからそんな言い方しないでくださいよ。さっきエレノア様が言ったような結婚や病気、後は1人娘だって親が急に亡くなって女男爵や女伯爵みたいな形で爵位を継がなければならなくなった場合とか本当に少ないんです。
ちなみに結婚というのは、宮廷で仕事している方が相手な場合が多くて令嬢達にとってはここが本当に結婚の最後のチャンスなんです。ここで出来なかったら生涯独身で仕事ができる限りは一生仕えなければならないんです。」
なるほど、結婚と病気と不慮の事態が起こった時……どれも今のクロハには当てはまらないな。これはオリンには悪いが俺は何もしないで放っておこう。
「俺が何かしても事態をややこしくするだけみたいだな。何もしないで放置しておこう。」
「その方がいいわ。」
そうやって、俺はオリンには申し訳ないが放置することを決め込んだ。
昼を過ぎた首都ランディマークは人で溢れていた。もう少しで梅雨に入りじめじめして遊べなくなるという思いからか子供の方が多かった。3人で憩いの広場にあるベンチ座って眺める。
「はぁ……平和だな、この平和がずっと続いてくれたら俺としても嬉しいんだけど。」
「世の中、そう上手くはいかないでしょ。」
ポツリと言ったエレノアの言葉に頷く。
彼女と居られる時間ですら不確定なのだ、そして指令を解決しようとする限りは平和を望めない事は理解している。彼女達と出会って幸せだ、けれども出会いがあるならば別れもセットで付きまとってくる。
「ちょっと、シンイチロウ!貴方、顔が赤いわよ。熱があるんじゃ……」
「そうか?確かに、言われてみればちょっと暑いような……」
「きっとシンイチロウさんは色々な事を考えすぎたんじゃないんですか?ここ最近は知らない情報を知りすぎたり大変でしたから。」
何となく身体の奥底から熱気が湧き出て這い上がってくるような感覚がした。熱か。たいして動いていなかったし、病気になるとは余程体調管理ができていなかったか……。手をデコに当てて熱を測ってみるが自分の手も熱くて分からない。
「どれどれ私、冷え性なの。」
そう言ってエレノアは自分のデコと俺のデコとに手を当てて比べてくれた。それによると『熱というほどじゃないけどちょっと熱い』とのことだ。
開放的な広場から少し放れた所には緑に囲まれた小さな広場がある、俺はそこの日陰で休むこととした。そこの小さい広場には中央には2人の女神像がある。扇を手にした女神とホウキを手にした女神の姿がある。
「ありがとう……ううん、大分楽になったような気はする」
「そんな事言わないでもうちょっと休みましょう。そうそうあの2体の女神像、あれにはねちょっとだけ面白い伝説があるのよ、それについてでも話しましょうか。」
「いや、別にいいよ。静かに休んでいたい……」
「そう。」
そのまま、俺らの会話は途切れた。
芝生で寝転がってからボーッと空を眺める、そのうち太陽が眩しくなってきて身体を起こす。広場では鳩がお爺さんが与えるパンをくちばしでつまもうとしていた。大きなセントバーナードを連れた貴族の坊ちゃんがこちらへ向かって走ってきた。後ろには護衛とおぼしき男が彼らを慌てて追いかけている。
「イケイケ!」
少年の甲高い声が煩わしく感じて眼を細める。せっかく気持ちが落ち着いていたのに邪魔されたようで苛立ちがあった。
「可哀想にな、セントバーナードは暑さに弱いのに。」
「シンイチロウさんって変な事に詳しいですよね、ゲームとか漫画とか……」
「たまたまだよ、でもこんな暑い中走らされて本当に可哀相。」
セントバーナードは走っていってパンくずを食べていた鳩のうち逃げ遅れた1匹を食わえてそのまま噛み殺した、あっという間の出来事だった。彼あるいは彼女は誇らしそうにその殺した鳩を女神像の元へボトリと落とした。
「汚いな、おい!この犬を殺せ、こんな汚い奴は必要ない!!新しい犬を飼ってもらうんだ。」
何処か森の方へ犬は引きずられていきザクリ、そんな嫌な金属音がしたかと思うとキャイイーーン!という犬の断末魔が聞こえてきたような気がする。セントバーナードは優しい犬だと聞いたことがある、そんな犬の性格を歪ませるなんて豪華な紫の光沢のある服を纏った少年、彼は一体どんな仕打ちをしたのだろうか。
「……惨い、惨いな。まさか、あの森の先には…」
「考えちゃいけない、それを考えたら終わりよ。嫌よ、ダメ……」
噛み殺した鳩は女神像の目の前で絶命していた。夕暮れのオレンジの光がスポットライトのように女神像や死んだ鳩に降り注いでそこだけが舞台の一場面のようになっていた。
「帰ろう…さ、流石に気分が悪くなった。」
少し怠さと吐き気が襲ってくる、その凄惨な光景が何かの暗示のように見えた。
その時、ピリリリと胸元の携帯電話が鳴った。嫌な予感が襲ってくる、ついにやって来てしまったのか…すべてを終わらせる知らせが。
「ついに、来たのね。」
「ついにやって来てしまったんですよね」
エレノアと昭美さんの重々しい声が重なった。俺は眼を閉じて覚悟を決めてから携帯を開いた。
《7つ目の指令
クリア条件、“王の集い”を壊滅させる
救うべき人物、クライム侯爵令嬢アング。》
「……ついにやって来てしまったか。しかも救うのは、クライム侯爵令嬢アング、か……」
俺は携帯をたたんで胸元へしまった。
__ついに最終決戦はやって来た、俺は神によって操られ“ゲームのシナリオ”をぶち壊さなければならない。__心の中で何かが軋む音がした。




