では、4日後に
「とりあえず、立ち話もなんだしウチに来なさいよ。……いい加減この格好で外に居るのもイヤだし。と、とにかく来なさい!」
「ああ、うん……分かった。」
そう生返事をしてしまったが、よくよく考えると気不味い。
今まで森で生活していたので、首都の方に行くのは久しぶりだった。ランディマークは春になり始めて暖かさが出てきたからか冬の間にエネルギーをもて余した子供達がキャッキャと声をあげて走り回って遊んでいた。
「伯爵邸かー、久しぶりだな。どうなってるんだ?伯爵夫妻やセイラお嬢様はちゃんと元気にしているのか?」
「セイラは元気にしてるわよ、貴方になついていたし顔見せたら喜ぶんじゃないの?」
「そうだといいが……」
あのエリスが居て大丈夫なのか?心配が出てきたが、エレノアの顔からはそれの答えを探ることはできなかった。何も見えない、いつも何かしらの感情が見えてくる彼女から何見えてこないなんて状況は思っているよりも深刻なようだ。
伯爵邸は俺が去った半年前よりもどことなく暗い影を宿していた。伯爵は仕事で伯爵夫人は臥せっているのか、2人とも姿が見えなかった。
「シンイチロ……ひ、久しぶり!」
「セイラお嬢様、久しぶりです。」
ひょっこりと壁から半身を乗り出して姿を現したセイラはぎゅっとドレスの裾をつかんで気恥ずかしそうにしているが、顔色はよく元気にしているようだった。
そのまま、2階に上がってから懐かしい部屋で話をすることになった。
「シンイチロウさん、私は以前の伯爵家を知らないからなんとも言えないのですけどなんか暗いというかぎこちないですね。」
「まあ、人が増えれば煩わしい付き合いも増えるだろ。」
俺だって昭美さんが感じたような雰囲気を同じように感じ取ったが無視する。これがエリスのせいだけとは限らないのだから。埃が薄く積もった椅子に座って話をした。
「煩わしい付き合い、その言葉で彼女の仕出かした事を片付けるなんて貴方も甘いのね。」
「ほら、やっぱりシンイチロウさんは甘すぎます。」
「エレノアに昭美さん、あのね…勝負を挑もうにもそもそも何の勝負をするんだ?」
甘い、甘いと言われているが俺はものぐさで行動を起こすのが基本的に苦手なだけだ、きっとそう…多分そう。
「そ、それは当日までのお楽しみだ!」
「やっぱり考えてないんだな。」
…………それにしても、だいぶ緊張はほぐれてきたけれど話すことがない。外は夕陽で空がオレンジ色に染まっている、そろそろ帰る時間だと思う。俺は一応辞めさせられた身でここに居るべき身ではないと思っている。でも、なんとなく帰るタイミングを失って時間のみが過ぎていく。
「なんなんでしょうか、この部活を引退したのに部室に入り浸って後輩の邪魔をしているような気持ちって……」
「昭美さん、なんかまるで経験があるような物言いだけど……」
「あります、高校受験の時ですけど。本命だった推薦が落ちて、不安になって特に意味はないんだけど部室に入り浸って煙たがられてましたもん。勉強とかあの受験の空気がイヤでイヤでしょうがなくて……つい。」
「受験ねぇ……聞きたくもないけど懐かしい言葉だな。エレノア、俺はこのままどうしたらいいんだ?」
「え?今日はここに泊まっていって。それぐらいなら大丈夫よ」
「ちゃんと伯爵の許可とっているのか?」
エレノアはせわしなく目をシバシバと動かした。許可取ってない言い出しっぺなんだなとすぐに分かった。ジトーッと呆れて彼女を見ていると慌てたように言い訳をしていた。
「大丈夫、もしなんか言われても平気よ!私にはお父様を説得できるわ。」
「うん、そっか……分かった。」
どんな方法か気になったけれど彼女もまたケンカに関して言えば物騒な方法の使い手だったので聞くのは控えておいた。
そして、彼女が淹れてくれたコーヒーを飲んでから陽が落ちていくのを見ていた。そんな時間だった、ダダダという廊下を走り階段をかけ上がるはしたない音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「誰でしょうか……まさか伯爵家の方ではないですよね?」
「はぁ、きっとエリスね。彼女しか居ないわ」
音はだんだん近づいてきてこの部屋の前で止まった。まるでホラーだ、一体何が起こるんだと心臓がバクバクと音を立てた。
「あの!これは一体どういう訳ですかぁ!」
ぐっしゃぐしゃになった紙を片手に持ったエリスが仁王立ちしていた。……誰に言っているんだ?え、俺に言ってる?でもなんで、俺なの?その片手に持っていた紙を押し付けられる。なんなんだと思いながら見ているとこう書かれていた。
《4日後の午後4時に公園にて決闘を行おう!ここで勝負を決めてやる!byシンイチロウ》
………なあ、1つ言ってもいいか?さすがの俺でもこんな砕けた内容の果たし状は書かねぇよ。俺も一応は社会人として少ない経験を積んで、社内文書や社外文書の書き方くらいはちゃんと知っているぞ。
「………こんな砕けた果たし状初めてだ。俺、一応サラリーマンしてたんだけど。」
「これはちょっと……さすがのシンイチロウさんでもここまでは無いでしょう。」
俺らがドン引きしているのを見て、エリスは『ん?何かがおかしいぞ』と疑問を抱いたようだったがとりあえず話を進めた。
「まったく、人の部屋にこんなものを差し込むなんて貴方の考えが分かりませぇん。」
「何故そうなる、今までの話の流れからしてどう考えても明らかに俺じゃないだろ!人の話を聞くのは常識だぞ、それもわきまえないで恥ずかしくないのか?」
「と、とにかくこんなものを私の部屋に置いていかないでくださいよぉ。」
「……その果たし状は俺じゃないがお前と決闘を行うのには賛成だ。俺もいい加減、指令解決や帰るまでにわだかまりを残さない為にも白黒つけたいんだ。」
「やーん、こわいですぅ……シンイチロウさんこわぁい!」
目をうるうるとさせて涙を溜めるエリスに俺が気持ち悪さ半分イライラ半分で言葉を返そうとしたが、それをする前に後ろに居た昭美によって遮られた。
「望むところよ、そうですよねぇシンイチロウさん!どうか、私やエレノア様の無念を背負ってこの周りの女子から嫌われる言葉ランキング(昭美調べ)の第3位『こわいですぅ』を使いこなすこのブリッ子を叩きのめしてください!」
「いや、別に私は無念なんかないんだけど……で、でも貴方が気のすむようにすればいいわ。別に叩きのめすのだというのなら止めはしない、お父様には『エリスは逃げました』と言ってバレないように細工ぐらいならするから安心して!」
「お前ら2人、一体俺に何をさせようとしてるんだ!?」
「ヒイッ!」
この2人、こんな所に共通項が……前々から物騒で剛胆な面があると思っていたが、エレノアが虎で昭美さんがライオンって所か。その獅子と虎に睨まれているエリスは縮こまって身動きが取れていない。
「エリス、とにかく決着つけないといけない。このままじゃ、この2人がずっとこのままだ。それはお前にとってもダメだろう。」
「………でも、勝負って何をするんですか?」
「それは当日知らされるようだ。」
「そうだったんですか?それと、公園にてと言われてもどこの公園ですかぁ?首都にいくつ公園があると思ってるんですか?」
確かに、それは先程から気になっていた。
「ヘンリー……じゃなくてポーター、どこだ?ちゃんと押さえているのか?」
「おう、それなら任せとけ。ちゃんとミゼラブル児童公園を押さえている!」
公園になんて名前つけてるんだよ。惨めな公園ってイヤだ、そんな公園で遊びたくない。
「そうか、じゃあミゼラブル児童公園で白黒つけるぞ。」
「………こっちこそ、望むところです。」
覚悟を決めたのかエリスはたいして反抗もせずにおとなしく頭を垂れてそう言った。その日は泊まってと言うエレノアの申し出をありがたく断って森でテントをたてて野宿した。ついに4日後、そう思うと興奮して眠れなかった。




