間違った格好
大陸暦1833年3月の半ば頃のあくる日のマルチウス帝国で、メスリル伯爵家の嫡男ポーターの身体に取り憑いている幽霊のヘンリーはシンイチロウとアキミが首都に近づいている事を感じ取った。
「ついに帰ってくるのか……」
彼らは普通の人間とは違う。別の世界からやって来たからなのか、それとも別に何かあるのかただの幽霊に過ぎない自分には分からないが、彼らからは何か違うものを感じるのだ。それは生前にもいくつか感じ取った事があるが、今はその時以上に顕著にハッキリと感じ取れた。そうなった今だからこそ言える事なのだが、彼らは“女神の愛妾”と呼ばれる人には無い能力を持った者とも微妙に違っているのだ。
「ヘンリー、何か考え事を?」
「ああ、エレノア嬢…もうちょっとで彼は帰ってくるみてぇだ。」
『えっ!本当に』と我が身の事のように喜んでいる彼女を見て、少しだけ心がホッコリとした気持ちになった。
生前に出会った彼女らは転生者と呼ばれる部類だったのだろう、昭美やシンイチロウを見ていると無性に忘れたい筈の思い出を思い出してしまう自分がいる、でも時々……いいや、あの時の彼女らに似た今の若い世代を見るとしょっちゅう思い出してしまう。その度に心の傷が傷ついてしまう。
「どうしたの?何か心配事でもあるの、そんな恐い顔しちゃって」
「ん……ああ、まあ無いわけではないがそんな恐い顔していたか?」
「とーっても恐い顔だったわ、なんか鬼みたい。そうそう、もうちょっとって言ったけどシンイチロウはいつぐらいに帰ってくるの?」
「昼ぐらいだな。それまでに準備をしておこうか。マナーぐれぇは必要だ。」
「マナー?別にこの今の格好でいいと思うけど……」
最近、ニホンから来たという幽霊のタナカ曰く『人に会う時は“大門”の格好で会わなければならない』らしい。
「いや、幽霊曰くだな。どうも“ニホン”では人に会う時は“大門”の格好をしなきゃならんらしい。……だよな、タナカ。」
『そうだよ。』
「ダイモン?何それ……」
エレノアは訳の分からないまま、服を渡されて着替えるようにと言われた。服をチラリと見るとドレスのように広がっていない、シンイチロウが以前にくれた服と似ているヒョウ柄の派手な服とカーディガンより厚手でジャケットより薄手な白い上着だった。
「本当にこんなのかしら……?」
シンイチロウは全然そんな事言っていなかった。それに彼が最初に着ていたのも普通の貴族にしてみれば安っぽく感じるくらいのスーツだったし、彼が平行世界で買ってプレゼントしてくれたのもコルセット無しで着られる便利な普通の服だったのだけれど。こんな仮装のような格好ではなかったとエレノアは記憶している。
「うおお!エレノア嬢、なんか色っぽいな……けどなんか似合ってねぇ。良かったな、マルチウスの人間で、向こうの人間だったら似合わない格好で人と会わなきゃならんので出歩きたくないだろ」
「……ヘンリーこそ、似合っているのが腹立つわ!」
エレノアが振り返ると、ヘンリーは真っ黒なスリーピーススーツにダブルのコートを着て、顔に黒いサングラスをしていて、そして精巧なショットガンを肩に担いでいる。……ダンディーというのか、男気溢れているというのかエレノアには全く分からない分野だったけれど、腹立つぐらいに似合っている。恐らく、これはヘンリーが持つ特性なのだろう、多分弟だとこうはならなかった。
「おっし、行くぜ!」
「えっ!この格好で……!」
「当たりめぇだ、何のために着替えたと思ってんだ。………その前にあの女に果たし状を送らねぇとな」
そう言うとサラサラと筆を動かして、紙に達筆な文字を書き始めた。
「……読めない。」
「いけねぇ、間違えてレミゼの文字で書いちまった。……面倒だな、書き直さねぇと」
改めて書き直してからエリスの部屋のドアに挟んでおいた。
「よっし、シンイチロウの所に行こうじゃないか!」
「本当にこの格好で………」
西〇警察の大門とドク〇ーXの大門未〇子の格好で外に歩いていった2人、その格好が間違いだと知るのは約30分後の事だったが、この時の2人はまだ知らなかった。




