さあ、どうしましょう?
エリスの味わったであろう孤独感は何となく俺にだって想像がつく。虐待とまでは行かず、心が傷ついて苦しいけれどそれを分かってくれる人は居ないから余計に苦しむ。もがいて、もがいて、彼女はきっと誰かの何かを手に入れることで心の安定をはかったのだ、彼女本人の言葉を聞いていないからなんとも言えない俺の甘い推論だけれど、そう考えたら彼女に文句1つ言う気にもなれない。そう思っていると俺の気持ちを見透かしたのか昭美がこう言う。
「シンイチロウさんは甘いです、私はあの女にはそれ相応の罰が必要かと思いますが」
「それ相応の罰って?」
彼女の言う事だから、極端で物騒な事なのかと考えているとこう返ってきた。
「ハンムラビ法典にあるじゃないですか、『目には目を、歯には歯を』と。その通りにするくらいは考えて当然です。」
「今回の例に当てはめるなら、エリスも辞めろって事か。……俺がずっとこの世界に居たならそれも考えただろうな、でも俺は後1年も居られないだろう。そんな先の短い俺よりも彼女の方が伯爵一家にとっては長い付き合いになるだろう、やがて忘れられていく俺とこの先もここに居られる彼女を天秤にかけたら、彼女の方が選ばれるに決まっている。」
「だからといって、同情しすぎではないですか。彼女に何か特別な思いでもあるのですか?」
「いや、そんなのないんだがそう感じたのか?俺は彼女がそうなったのも分からんでもないと思うだけだ、彼女にされたことを忘れた訳ではない。……それがあった所で恨みはそんなにないが。」
「やっぱり甘いです。」
彼女への恨みのようなものが全くないと言えば嘘になる。それに彼女が抱いている孤独感は理解出来ても、彼女の義理の親が表面上は歩み寄ろうとしていたのにそれを信用できなかった面には頷けない。人によって解釈はそれぞれ、そして人生色々という事なのだ。
3月のマルチウスは晴れていた。この大空のように晴々とした心は持っていないが気持ちが穏やかになる。
「で、昭美さん……これからどうすればいいんだろうな?」
「どうするとは?」
やっぱり本来の使命を忘れていた。エリスを探っていたのは指令の為だという事をこの2週間くらいの間で忘れていた。
「だからエリス、彼女とどうやって決着をつけるかだよ。俺らはエリスをやり込めるという指令の一環で彼女のバックボーンを探りに来たんだろ?そして、彼女の内面はまだしも表面上の彼女については情報を手に入れた。これからどうやってやり込めるかと考える段階に入っていると思うんだよね。」
「あ、そうでした……やっぱりハンムラビ法典で行くしかないかと。彼女にされたことをそっくりそのまますればいいんです。」
「君もハンムラビ法典好きだな。そして、多分あれは内部に居たからできたのであって、それに彼女を地下牢に捕らえるなりなんなりして足止めしとかないと出来ない芸当だと思う。」
この子、昭美の物騒さはどこから来ているのか、ああいう小悪魔系女子に騙された経験でもあるのか……闇が深そうでシンイチロウには聞けなかった。
「うう、そうですか……とりあえず首都に帰ってから決めましょう、それは。」
「まあ、首都に帰って彼女と対峙しなきゃ話にならんし帰るか。」
そして、俺らは1週間かけて首都に帰っていくのだった。田舎とはツラいものだ、まだ広大な帝国全土に列車が開通していないとはいえ、最寄り駅まで1週間かけて歩かないといけなく、現代日本に比べるとスピードも遅く、列車の本数が少ないので列車を逃したら数時間待つのも日常茶飯事だ。全く、どこの田舎だよ……と帝国の列車事情を知ったときに思ったが、我々も初めはそうだった……先達の努力により分刻みの列車が当たり前になっていると考えると心に込み上げてくるものがあった。
(しかし、どうしようか?彼女と会うのは首都でお使いか何かの時を押さえればいいんだろうけど、肝心の勝負の内容は一体どうしようか……)
帰路の中で1週間のうちに考えていたけれど良い案は出てこなかった。
「結局何も出てこないまま首都に戻ってきたな」
また秘密通路を通って戻ってきた俺が首都に到着して最初に口に出したのはこんな言葉だった。久しぶりに戻ってきた、緑に覆われている森もその向こうに見える首都の壮麗な宮殿も懐かしく思えた。
「そうですね……そういえば、あの通路って確か宮殿にも繋がっているんですよね?」
「そうだった、そんな設定あったな。そして、“王の集い”の秘密の館内にもな。最終決戦の時はあそこにはお世話になりそうだ。」
「できれば関わりたくありませんけど。」
「関わりたい奴の方が頭イカれてるよ、そう考えるとヒロインの頭ってイカれてたのかもな。あの女は自分から関わってたからな、俺がアイツの友人だったら速攻で絶交してるタイプのヤツだ。」
「ゲームなんてご都合主義の塊なんですからしょうがないです。」
次は今までの流れからして絶対に彼らと関わることになるんだろうな。そして、それを解決できれば俺は………いけない、やっぱり今は先の事なんて考えたくない。
「で、話を戻すがどうする?何にも勝負するネタが思いつかんのだが。」
「すっかり忘れていました……もう、こうなったら物理的にぶちのめしていいんじゃないでしょうか。それでも十分やり込めてるでしょう?」
「うわ、出たよ……常に物騒な昭美節。」
「かつお節みたいに言わないでください!」
で、話をいくら戻そうとしてもこうやって何かしらの所で脱線していってどうやって決着をつけるか決まらない。困ったものだと思っていると何やら勇壮な何処かで聞いたような聞き覚えのあるテーマ曲が!
「こ、これって……なんか聞いたことある!」
「これは間違いなく西〇警察だな。………まさか、俺ら以外にも向こうの世界からの人が!」
いきなり流れてきた爆音に驚いて振り向くと、そこには………
「えっと、ポーター君……とエレノア?何やってるんだ、お前達。」
丁寧にショットガンまで担いでいる大門の格好をしたポーターとコスプレなんだろうけど何のコスプレなのか分からない格好をしたエレノアの姿があった。
「よう久しぶりだな、シンイチロウ。」
「あ、どうも……で、中に居るのは誰ですか?」
「ヘンリーだよ、ヘンリー!もー、俺のこと忘れちゃダメよ。」
ヘンリーだと分かった後で、エレノアの方を向く。彼女は高いヒールに、ブランドものの服、その上に白衣を着ていてTHE女医な格好をしていた。西〇警察にそんなけばけばしい六本木に居そうなキャラ出ていたか?
「エレノア、えっと…その、久しぶりだな。いきなりだがその格好はなんだ?」
「私にも分からないわ。貴方の居たニホンでは人と会う時にこういう格好をすると聞いたのだけれど……」
「いや、どこの知識だそれは!…………それよりもその格好の元ネタが俺には分からん。」
すると隣に居た昭美が小声で呟く。
「ド〇ターXの大門未〇子だ……でもなんで?」
「へ?人に会う時は“大門”の格好をして会わなければならないとニホンに居たという幽霊に聞いたのだが…………違う、のか…?」
「違います、大間違いですよ!しかも、シンイチロウさんの居た2010年じゃド〇ターXが放送されてませんからエレノア様にあの格好させても分かりませんよ!」
「そうなのか……」
しゅんとしたヘンリーの姿が可愛くて頭を撫でた昭美、そんな可愛い少年の中に居るのが変態エロジジイだと気づくのは2分30秒後の事である。ヘンリーと昭美は放っておいて、シンイチロウとエレノアの方はといえば、久々の再会でぎこちない空気が流れていた。
「……まあ、その似合っては……ないな。エレノアはそういうのは似合わない気がする。」
「やっぱりそうよね。ところでシンイチロウ……あの人は誰なの?」
「昭美さん?……彼女は侯爵令嬢アング様だったんだ。行方不明になった筈だけど実は生きてて、そしてなんと___」
彼女の正体を話した。飲み込みが速いエレノアはすぐに状況を理解した。
「そんな事があったのね……それより、貴方はあのエリスと戦うのでしょう?大丈夫なの?」
「いや、まだ戦うと決まった訳では……」
そうだ、それを決めようと帰ってきていたのに決めていなかったと思い出して、さあ考えようと腕を組んでいると、顔に引っ掻き傷をつけたポーター君もといヘンリーが言った。
「その件ならもう大丈夫だ。俺が奴の元へ果たし状を送っておいたから、後はどっしり構えて待ってりゃなんとかなるぜ。」
「おい!何勝手に話を進めてるんだ!」
しかも何を戦うんだと聞いたが、『4日後の4時に、公園に行け!』とだけ言われた。……こりゃ何を戦うのか決めないうちに果たし状出したんだなと一目で分かった。
………色々と大丈夫なのか、これ。




