関所越え
関所越え、それは罪である。首都とそこに隣接する他の貴族領との間に存在する徴税や検問の為に設置された施設の事だ。もちろん、そこを通らないと首都から出られない。
……………え?今までいわく付きの屋敷へ行ったり北の旅に出てたじゃないか!っていうそこのあなた。あれには深いわけがあるのです。あの時は、メスリル伯爵家の使用人だったからです。まず、貴族の馬車は乗っている貴族の身元チェックと徴税、荷物の検閲のみされて使用人の身元を問うような事はしません。と言うのも、たいてい使用人というのは身元がハッキリした者が多く、更に貴族の使用人というのはその貴族がコイツはウチで雇えるくらいに身元はシッカリしているんだぞ!と身元保証してくれているので何も怪しまれる事なく出られるのだ。そう考えると貴族ってチートだよな。不労所得あるわけだし、特権はあるし。
「問題は、どうやって越えるか……やっぱり“アソコ”を使うか?」
「それですよね、シンイチロウさん。」
この言葉から見て取れるように、俺達はその関所越えを仕出かそうとしている。列記とした犯罪、それは理解している。何故、その犯罪を犯してまで首都から出ようとしているのか、それはシンイチロウの使命を果たすためであった。アマテラスから課せられた指令、それを果たさぬ限りは帰ることすら叶わない。
首都でのエリスの様子ならばいやと言うほど聞いた。だが、生まれ故郷での彼女を知らない。その為には彼女の故郷メスリル伯爵領で話を聞かなければ彼女のこれまでの歩みを探る事など出来ない。
「……やっぱり誰かに助けを求めるのはどうですか?」
「今更か?使用人の時の俺ならまだしも今の俺に振り向いてくれる奴なんて居ない、俺は蜃気楼みたいなもんだから。」
俺達の中で、関所越えは決定事項だ。それさえ越えれば、交通革命を経て開通したばかりの列車の一番安い切符を買って乗り込んで最寄りで降りて歩けば数日でメスリル伯爵領だ。列車代を稼ぐのは本当に大変だった、彼女も侯爵令嬢として身に付けていた宝飾品を売って金をつくってくれた。
「………バレなければ完璧にいける筈、“アソコ”だもの。でも犯罪ですよ……」
「犯罪だとしても昔から言うだろ、バレなきゃOKって言葉も。それにさ、今更関所越えたぐらいでなんにも思わないんだよ、それ以外に色々と仕出かしたから。」
さて、関所の少し前にやって来た。夜でも忙しいらしい、眩い衛兵の焚く松明がオレンジ色の光をぼうっと出して燃え上がっている。
俺達は別に正面突破するつもりはない。そんな自殺行為をするほどの馬鹿じゃない。__ゲームプレイヤーと一部の王侯貴族にしか知られていないが、この関所の近くには帝国が出来た当初の領土全土に渡って秘密通路が出来ているのだ。メスリル伯爵領は確か、そこにはギリギリ含まれているかいないかくらいだと思う。
「でも、それって本当に使えるんですか?ゲームの時はなんとも思いませんでしたけど、帝国が出来てもう1000年と少しですよ?何処かで陥没していると思いますよ。」
「だとしても、ヒロインちゃんはちゃんと首都の外に出られていたんだから外には出られる筈。」
「………そうですね。」
暗がりの関所から離れて、覆い繁っている森の中へ入っていく。葉が擦れあって音を立てている。薄暗く、目が慣れているのでなんとか迷っていないが月明かりのみで秘密通路がこちらにあるのかも分からなかった。注意深く周囲の動きに耳をすませる、周りに人の気配はない。
「確か、ゲームでは蔦に覆われた石碑があって……」
「ああ、そこがポイントだった筈だ。それでも無理だったら覚悟を決めるしかあるまい。」
声を潜めて、あてなく歩き始めて数分、ついにそれらしき石碑前へとやって来た。周りには季節外れの蛍が飛んでいる。石碑を照らすように彼らは集まっていた。
「ここか、だが俺らが入れるのかは謎だな。」
「なんで、そんなに平気なんですか……この蛍のような生き物は一体なんなんですか!?まだ3月、彼らの季節ではありません。」
「蛍、蛍か……本当にこれは蛍なのか?」
「それはこっちが聞きたいんですけど!」
《__帝国の偉大なる皇帝……※※__アルシェ、古の偉大なる地よ。___神々によって治められし古の世の中に、1人の男は現れた。その男の名前は※※※と言う。》
石碑にはこういう風に記されていた。アルシェ、いわく付きの屋敷でも見た単語だったが、土地の名前だったようだ。手をかざすと、ぼうっと青白く石碑が輝きだして血の気が引いた。不可解な現象に巻き込まれ、出会ってきた俺だったが何故そう思ったのかは分からない。
絡んでいた蔦がほどかれて、ズズズズと石碑が動いてその先に通路が出てきた。恐る恐る降りてみると、カツンカツンと俺達の靴の音だけが響いた。蛍達は黄色から真っ赤に変わった。それは火の玉のようで恐ろしかった。導かれるようについていくと、関所の外の森の出口の1つに行き当たったと壁の地図にはそう記されていた。
「な、言っただろう?世の中、バレなきゃ勝ちなんだ。………境界線なんてないんだ、何事にも。」
「そう、ですね。境界線なんてありませんよね、本当に分からなくなりました。私達がどうしてこんな事をしているのかも。そして、このオーバーテクノロジーが造られたのかも。」
「………神様の黒歴史だよ、きっと。まあ、俺の勝ちだ。悪い事なんてしてない、俺はなんにも、なーんにもしてないよ。」
外へ出た。外は鬱蒼と繁った森で、動物達の声しか聞こえない。遠くでは汽車のボーッという音が聞こえてきた。俺達2人は清々しい晴々とした気持ちでそちらの方に走っていった。




