彼女はいずこへ向かうのか
さて、シンイチロウが昭美と共に策を練っていた頃、エレノアは何をしていたのかというと彼女はぼんやりと外を眺めていた。
「シンイチロウは今頃何をしているのでしょうね。」
「さあな、時にエレノア嬢。君がシンイチロウの事を大切に想っているのは分かった。だが、あまり周りで彼の名前を出すのは止めた方がいい。」
そう言うのは、弟ポーターに取り憑いている幽霊のヘンリー。彼は故郷ではなくこの国に居ることを選び、自分の息子が国に帰ったのにそれにもついていかずここに残っている老人だ。
「……分かっているわよ。で、彼は今何してるの?」
「え?え~と、6つ目の指令に取り掛かっているらしいぞ。というか、何か余計な事考えずにじっとしてろよ。」
「私はそんなお転婆ではありませんわ。」
「けっ、どうだか。……なんかこんなやり取りを昔したことあるような……。」
ヘンリーはシンイチロウが中井昭美(侯爵令嬢アング)と共に指令解決へ乗り出している事も関所破りを企んでいる事も知っていて、それを言えば絶対に協力すると言って聞かなくなるので黙っておいた。
(なんつーか、改めて思うが女性って面倒だな。エレノア嬢とアキミ嬢、2人ともなんか似てるからな、無茶な所とか。エリスがその対象だって知ったらどうなる事やら想像がつかん)
「何を黙っているの?」
「いや、別に?なんでもない………」
「「………………」」
話が続かない、マズイ、気不味い何か話題を……。2人はまったく同じことを考えていた。2人の間には物凄い隔たりがあった。簡単に例えるなら、“バリバリのバブルの夢から覚めきれない昭和世代”と“生まれた時から不況な今時世代”くらいの温度差があった。風邪引くどころではなく1歩間違えれば凍死しそうなくらいの隔たりだ。エレノアは『ヘンドリック様といい、なんでレミゼの人とは相性よくないのかしら。正直この人は彼よりも相性悪いわ』などと内心思い、ヘンリーも『ヘンドリック様との約束の延長線上で何となくポーターに取り憑いているが、そろそろ彼に近しい人間に取り憑いた方がいいのか?』と思い始めていた。………物語の進行上仕方なく2人は居るわけだが、本人達の間にはベルリンの壁でも存在しているのかもしれない………多分。
まあ、エレノア嬢の方は心配要らないかと外に出る。すると、部屋を出てすぐに、エリスがズザザザザと盛大にこちらに向かって転んできた。
「いったぁい!」
「ふーん、ドジだな。今度からは気をつけてよ?」
……まったく、子どもの口調を真似るのも結構大変な労力だというのに、こんな所でこのウザい女に目をつけられるとは堪ったもんじゃねぇ。…目をつけられたなどと評するのには訳がある、この女、今日で転ぶのは6回目……今のを合わせると7回目、しかも俺やエレノア嬢の前でだ。これはどこをどう見ようとも俺とエレノア嬢が次のターゲットに選ばれたとしか思えん。
「ひどぉい、ひどいですぅ!今、あたしの足引っ掻けましたよねぇ!」
「いや、まったくそんな事してないよ?僕がどうして君の足を引っ掻けて転ばさないといけないの?」
「どうしたんですか!」
おっとここで乱入者が。彼はいつも何かに怯えている使用人シャウムヒルデである。彼の声を聞きつけた伯爵家一同が集まってきた。やれやれ、これは面倒な展開になる予感しかないぞ。
「一体何の騒ぎだ!」
「うう、グスッグスッ!」
「彼女が派手に転んで、いちゃもんつけてくるんです。」
「ポッ、ポポポポ、ポーターほ、本当なのか!そんな事をしたのか?」
「お父様、ポが多いです。僕は彼女に触れてすらいません。多分、床に何か滑るものでもあったのではないですか?それか彼女の勘違いです。」
「いえ、あれは確かにポーター様だったんですぅ!」
お父様、いやメスリル伯爵……流石にこんなのに騙されるほどお人好しすぎる貴族ではないよな。まさか、まさかな……
「ポーター、彼女にしていないという証拠を出しなさい。」
「目撃者居ねぇのに、んなもんあるわけねぇだろ!だいたい、僕が彼女にそのような品のない行為をして一体何になると。メリットがまったくありません。」
イカンイカン、つい素の態度になりかけた。このままでは怪しまれる、なんとか軌道修正を。やれやれ、故郷にこのクソ女と同じく語尾を伸ばすタイプの男が居たがここまでではなかった、彼は職務中にも関わらず恐ろしいほど猫と戯れる事以外は至って真面目な奴であったぞ。
「ポーター?」
「申し訳ありません、お父様。今日は頭痛がするのでつい、イラついてしまいました。本当にごめんなさい。」
「そ、そうなのか……」
よし、これで大丈夫だろう。ポーター君じゃないと悟られないほどには擬態できている、これも頭痛でイラついていたという誤差の範囲内だ。後はそのまま行くのみ、彼は伯爵家の跡取りだ。伯爵も彼にシンイチロウほど厳しい罰は与えないだろう。
「では、これにて失礼します。」
「あの、まだ、わ、あたしの件が………」
「頭痛で頭が割れるように痛いんだ、そんなときに大きい声を出さないでくれ。ああ、それとまさかお父様がシンイチロウのように僕の処遇を決めるとは思えませんけど、僕は彼のようにはなりたくないからあまり僕に近寄らないでくれ。」
「ポーター、大丈夫か!?お前、なんか今日はおかしいぞ?」
シンイチロウという単語を聞いた時に苦悶の表情を浮かべるくらいに彼に仕出かした事の重さは知っているのだな、それを見てとても安心したよ。
「いいえ、大丈夫です。本当にごめんなさい。では、おやすみなさい。」
はぁ、俺に丁寧な言葉遣いはやはり性に合わないようだ。喋っていて自分だけど自分じゃない誰かになっているような不快感がある。しかし、シンイチロウの周りには何故このクソ女も含めて変な奴が集まるんだ?やけに飲み込みが早いエレノア嬢や転生者のアキミ嬢、神の眷属となっていたヘンドリック様やある意味レアなこのクソ女。
頭痛でこの場をやり過ごし、部屋へ戻る。
「さっきは大変だったみたいね。」
「エレノア嬢、見てたなら助けてくれよ。目撃してなくてもいいんだ、そう証言さえしてくれればなんとかなったのに。」
ベッドは横になる。仮病だった筈が本当に頭が痛くなってきた。
「ええ?だって面白くなりそうだったから?っていうのは冗談、いやタイミング見失っちゃって……。それにしても貴方ってレミゼでは女泣かせだったんでしょう?その貴方を以てして嫌悪感を抱かせるなんて何者?」
「ふう、正真正銘の小者なんだろうな。」
側に居た幽霊の報告を聞く。その彼によればどうやら彼女は俺らがシンイチロウの再雇用を命じて彼女の地位を脅かす事を危惧して伯爵の俺らに対する信頼度を下げようとしたらしい。『なんでよ!』と当たり散らしながらゴミ箱を蹴っていたそうな。……幽霊の間で彼女はついにブラックリスト入りを果たして、どうなる事やら。
「シンイチロウはどんな指令を解決しようとしているのかしら…………」
「まあ、それなりにムズい指令だな。エレノア嬢には関係ない事だ。」
彼女の計画など潰してやる。しかし、真剣勝負なら俺らは最低限しか手を出さない方がいいだろう。このまま愚かに踊らせていればいい。後は彼の努力次第で努力を怠った彼女を超えられるのだろうから。
「………しかし、彼女はいずこへ向かうのか。」
ヘンリーは呟いた。ヘンリーにはエリスが何を目的としているのかよく分からない、幽霊から報告は受けているけれど心の中の真意までは読めないが、何か暴走と言うのか迷走と言うのかそうなっているような気がしてならないのだ。
「いずこへ?多分真っ暗闇でしょうね」
「どうだかな、多分そうならねぇだろうな」
シンイチロウと昭美、(何も知らされないままの)エレノアと(極力傍観者で居ようとしている)ヘンリーはそれぞれ指令の為に動き始めた。




