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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
2章:若きダンディー執事の冤罪を晴らせ!
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使用人はツラいよ……


社交シーズンも終わりかけの8月の上旬のあくる日の夕方、かなり危なっかしい音を立てながら馬車は舞踏会会場へと進んでいく。

引き立て役と名高いメスリル伯爵家には招待状がよく来る、多分雲の上で派閥争いなどしている御方達が貧相な姿を馬鹿にする目的だと思うのだが、派閥論理など関係なく来るのだ。


「よしシンイチロウ、食費を浮かしに行くわよ!」


私の名を呼びながら、スーパーの試食コーナーを目指そうというようなセリフを言うのは私の恩人であるメスリル伯爵令嬢のエレノアだ。


「食費じゃなくて本来はお相手探しや情報交換の場として、舞踏会は開かれるものだと思いますがね。」


「跡取りなら弟のポーターが居る、それに私は行き遅れ寸前だからもう何も期待してないわ。情報交換した所で何になるの?ウチは派閥に加わった所で数合わせ程度の役割しか果たせないけど……。」


少女の心中穏やかではない微妙な立場に、私は眼を伏せてから言うのだった。


「……もう少し上手い生き方が出来ていたら伯爵家もあんな借金を背負う事が無かっただろうに。」


ただし、続きに言おうとした『そうすれば貴女も行き遅れと言われる事は無かったのだろうけれども』という言葉はグッと飲み込んで。

様々な派閥から招待状が来るという事は、ある派閥と異なる派閥にその派閥の情報を渡すことだって出来る、諸刃の剣かもしれないが思い切った方法が使えていたなら伯爵家ももっと早くに借金地獄から解放されていただろうとシンイチロウは思った。


「もう終わった事じゃない、借金は貴方のおかげで返せたんだからもう良いじゃないの。」


「そういう物なのかな……」


「そういう物なの!くよくよしてたって何にもならない、今が楽しければ良いの。

という訳で、私は食事を堪能させてもらうわけだけど。」


そういう事にしておこうと思ってそれ以上は何も言わず、2人が沈黙のまま馬車は進んでいく。私は忙しい、舞踏会会場前まで付いていく執事役にそれが終われば、使用人役……伯爵家の使用人は自分1人なのでたくさんの役をこなさなければならないのだ。

つまり、エレノアと私にとってこの舞踏会は他の御方とは違う意味で戦場なのだ。


「食事を堪能するのも良いが、果物は腐る直前が1番上手いんだぞ……諦めるのは腐ってからにしろ、少なくとも相手を見つける努力はした方が良い。」


「余計なお世話よ!貴方なんて嫌い、女心を少しは勉強しなさいよ。」


ドカリと足を踏まれて、馬車の車体はギギギと先程よりも危なっかしい音を立てて傾く。そろそろこの馬車自体買い換えた方が良い、この帝国の何処かに馬車マニアが居るのであればそのマニアに高値で売り付けて安物でも良いので新しい馬車を買った方がよっぽど良いようにも思えた。

何をともあれ、エレノアに思いっきり足を踏まれて悶絶する若い熊のような使用人の姿があったのだが、まあそれは良いだろう。

その後、馬車を降りたエレノアの手をとってから教えられたようにエスコートして、


「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」


うやうやしく一礼してから送り出す。

エレノアは、少し頬を紅くしてから小さく『行ってくる…ちゃんとご飯はゲットしてくる』と彼女らしい答えを返した。


______


おっと、自己紹介がまだだった。私の名前は山内信一郎……46歳、職業は前衆議院議員である。この世界(・・・・)ではシンイチロウ=ヤマウチと名乗っている。この世界?随分と変な表現の仕方だと思われるだろう、だがほんの3ヶ月ほど前まで私はこの世界とは別の世界で暮らしていた人間なのだから少し妙な表現になってしまうのだ。ああ、決して私の頭がおかしくなっただとかこの歳で中二病とかでもない、私はマニアックな洋楽を聴く趣味はない……むしろ、今時の曲を聞いて、今時の本を読むのが趣味だと思う。


「おい、そこの……何をぼさっとしている。こっちだ。」


おっといけない……ついいつもの癖で現実逃避に浸ってしまっていた。

これから、使用人として舞踏会の裏方を支えなければならないのだ。料理を作ったり運んだり、下げたりと必死に働かなければならない。


「えっと……こちらは?」


「舞踏会までは時間がある、それまでに準備をしておくように!」


なるほど、使用人達の控え室という所か。流石お金持ちの高貴なる御方は違うな、ここは使用人棟という使用人が住み込んでいる区域になるという。そんなの関係なく暮らしているウチの伯爵家とは大違いだ。


(まぁ、控え室だ。控えさせてもらおう。)


男女半々、年齢は若い者が多いようだ。

だが、そんな中でも私は浮いていない。神様がくれた若返りの力で見た目は20代後半になっただけの事はある、最初は何故こんな力をくれたのか分からなかったが、今は若者と話をスムーズに進める為にくれたのかもしれないと思う。


「君が噂のメスリル伯爵家の使用人か?」


後ろから聞き覚えのある男の声がした、振り返りその姿を見て再び驚いた。その男に見覚えがあった……元の世界で私は常にこの男を側に置いていた、歳はそんなに変わらない筈なのに自分よりも頼りになる頼もしい男だった。


「貴方は……?」


「ああ、自己紹介をしていなかった。俺の名はオリン=ベアード=ミニスター、クライム侯爵様の所の使用人だ。」


「そうですか……ご丁寧にありがとうございます。私は、シンイチロウ=ヤマウチ…メスリル伯爵家の使用人です。」


その名前を聞いて、ハッと現実に戻る。そうだった、彼はこんなに若くもなかったし軽口を叩くことはあってもこんな上から目線ではなかった。ここはただの異世界ではない、ある乙女ゲームを基にした世界だ……その中で彼はヒロインに攻略される男の1人だ、頼りになる俺の秘書後藤倫太郎(ごとうりんたろう)ではないと思い至った。

__彼は、攻略対象のダンディー執事オリン=ベアード=ミニスターだ、そういう結論に至った。


「どうした?俺の顔に何かついていたか?」


「いや、知り合いに似ていたのでつい…でも勘違いだったようです。」


まったく、あの世界に居たときは気づかなかったが後藤がこんなにも美丈夫だったとは……私の顔が悪かったのではなくアイツが美しすぎたから私の人相が悪く見えただけだ、元の世界に戻ることが出来たらアイツには裏方の仕事を任せようとシンイチロウは秘かに決意したのだった。


「あ、私はレジーム男爵家のローズ…よろしくね。貴方の事は有名よ、だってあの貧乏伯爵家に就いたって有名でしょ?どんな人なのか気になっていたのよ!」


「そうそう、私はバーミリア子爵家のマリー。あの魔王みたいな伯爵に食べられていないかって噂になっていたの。」


他の家の使用人達は口々に言う、随分と尾ひれのついた話だと思う。きっとこの調子だと先日の婚約の件も彼らの耳には入っているんだろう。


「そろそろ、料理を運びなさい。」


招待主の家の上級使用人と見られる者が働く時間が来たことを告げる。


「さてと、働きますか。」


______


舞踏会会場では、高貴なる御方達が踊っていた。まぁ、食い意地をはる誰かさんや壁の花となる花も恥じらう淑女達も居るが、彼女達が主役なのであって使用人などただの背景なのだ。


(ったく……料理が多すぎる。)


だいぶ慣れたとはいえ、お皿を何枚も持ったりと肉体労働は半端ないモノだった。

あっちこっち駆けずり回って何も粗相がないように、汗だくで身体が不快で今すぐにでも風呂に入りたい気分だったが、道端の石コロ程度の存在の使用人には舞踏会が終わるまで自由は無い。

オリンもせわしなく動き回っている、彼の場合汗をかくとなんかダンディーさが増しているようにも見えたが、それは多分気のせい。

このまま、事務的に料理を運び、たまにソッと下げたりすればなんとかなると思っていると、少し離れた所からキャーッという少女の甲高い叫び声が聞こえてきた。


「無い、無いわ!」


年頃の娘、歳は高校生くらいだろうか……ほっそりとしたスタイルの良い少女……着ているドレスの布地はツヤツヤとしていて、多分高位貴族の令嬢……あるいは、成金貴族の娘か……でも、所作は上品だったので多分前者なのだろうと思う。


「貴方、貴方が盗んだのでしょう……!きっとそうよ、そうに決まっているわ。」


娘の叫び声を聞いて母親と見られる貴婦人が血相を変えてオリンの方を指差す。令嬢は何かを無くしたらしいが、何故それがこのオリンのせいになるのか……まったく話が見えない。


「貴方、前にも娘に横恋慕したり……何か秘かにしていた事は知っているのよ!」


金切声で貴婦人は叫び続けるのだが、オリンは全然心当たりが無いらしく顔にシッカリとNOと描いてあった。私も含めてこの舞踏会会場にいる高貴なる御方達も卑しき使用人達も皆、オリンが無実であろう事は心の中で分かっていた。階級が差別化されているこの世界では珍しく身分関係なく意見が一致した瞬間だ。


(あんなブスに手を出す物好き……っていう設定は彼には無かったような気がするんだがな?)


そう、少女のスタイルの良さは恐らく一流だった……が、多分スタイルの良さに力を注ぎすぎたのだろう、顔面にもう少しその力を入れたら少女のブs……ゲフン、ゲフン…残念さは無くなっていただろうに。隠さずに言うと、少女はドブスだったのだ!

……以前に何処かで述べたと思うのだが、この世界の顔面偏差値は特に貴族は異常なほど高い。攻略対象のオリンも言葉では言いがたいほどに顔立ちは整っていて、美しすぎて逆に気味が悪いくらいだ。……多分ゲームの世界だから美化されてる面もあるのかもしれない、現に似ている筈の俺の秘書後藤倫太郎(ごとうりんたろう)にそんな魅惑的なオーラは感じなかったからだ。


(……彼にブス専設定は無かった、と思うんだが。えっと、それにさこの顔面偏差値高過ぎる世界で俺がブスって思うってこの世界じゃ、どのくらいのレベルのブスなんだ?……生きているのも恥レベルかもしれんな……)


遠い眼をしてオリンのゲーム設定を思い出しながら、この親子が一方的に責めるのをボーッと見ていた。どうも話を聞く限り、この名も知らぬブス令嬢が耳にしていたルビーのピアスを無くしたらしいが、何故かそれがオリンのせいにされているという状況だった。そして、さらに話を聞くと彼女達こそがオリンの雇い主のクライム侯爵家御一行様らしかった。

その時、腰のポケットに忍ばせていたガラケーが鳴った。


(こんなときになんだよ………)


嫌な予感しかしない。

さいわい、会場はこの品性なきクライム侯爵夫人とその娘のブス令嬢の金切声で使用人が1人抜け出した事など気づかないだろう、サッと抜け出してから物陰でガラケーを開くと………


《緊急の2つ目の指令、ダンディー執事の冤罪を晴らせ!

救う対象:オリン=ベアード=ミニスター

※冤罪を晴らして、卑劣な雇用主から彼を救え。》


と書いてある。

ああ、やっぱり冤罪なのね……うんうん、当たり前だよ。………ってそうじゃない!“緊急の”って何?急にあつらえたみたいな言葉を書かないでよ、不安になるんですが!


(また、面倒そうだなぁ……しかもこの舞踏会の時間内にクリアさせないとダメな公算の方が高いんですが。ハードル上がるって聞いたけど、上がりすぎてない!?最初は慣れさすモノだろう、トール先生やマリア様以上にスパルタ過ぎるよ、ミラーナ様……)


疲労もあってめちゃくちゃげんなりしながら、山内は舞踏会会場へ戻っていった。






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