お家丸焼け事件
2月になった、去年の今頃はエレノアに巻き込まれあの冬の大地へと出立していた頃だっただろうか。俺は、あの頃に比べれば色々と出来る事は増えた。
「鑑定……」
《山内信一郎
level:1(MAX)
種族:人間(異世界人)
年齢:46(見た目は30、中身は中学生レベル)
職業:前衆議院議員。
称号:異世界から来た者、“元の世界の神”に呪われし者、“この世界の神”の祝福を受けた者、“異界の神”に興味を持たれた者
状態:特になし
体力:105/129
魔力:23/23
攻撃:59
防御:85
素早さ:77
運:50
スキル:初級鑑定、究極の偽装、究極の言語理解、初級剣術、初級弓術、魅了魔法モドキ、テイムモドキ、収納魔法モドキ、薬物耐性モドキ、身体強化モドキ、物理攻撃耐性モドキ。
持ち物:動物の毛皮で出来た服、携帯電話》
呟くと、フォログラフィーのように透けて自分の力が現れた。
体力だって元の世界の人間の中ではある方になったし、モドキ魔法も増えた。まだまだ充分ではないけれど以前に比べると大進歩していた。だが、それでも俺の力はまだまだ足りなかった。
「シンイチロウさん、一体何を考えているのですか?」
「いや、なんでも。」
中井昭美という女性の転生体である侯爵令嬢アングは心配そうに見つめてきた。
__俺は、なんにも出来ない子供のままだった。
そう気づかされたエピソードがある。あれは、2月に入ってすぐの寒い夜の話。
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確認や後始末は必要だと思った、頭の中では分かっていた事を分からされた気持ちになった出来事だ。まさか、俺が火事を起こす事となろうとは思わなかった。
夜中、やけに周りの景色が眩しくて目が覚めた。まるでギラギラと光る都会の街並みのようで不審に思った。自分が居るのは、首都ランディマークから離れた村の外れの寂しい場所だ。こんな光などある筈もないのだ。
「………眩しい?」
おかしい、明らかにおかしい。寝ぼけ眼を擦ると、窓の外が夕焼けのように真っ赤でパチパチと焚き火のような音がした。小走りで、そちらの方を見て、ドアを開けてみると家の側に置いてあった薪が物凄い勢いで燃え上がっていた。
「か、火事だ!!」
慌てて家の中へ戻って、寝ていた彼女を揺さぶり起こして、『火事だ、とにかく貴重品だけ持って外へ出ろ!』と大声で言った。俺はつるはしとバケツを手に取って外へ、彼女は服やすぐに持てる小物類を手に外へ飛び出した。
「君は、近所の人に助けを求めてくれ!俺は、河の方へ水を汲んでくるから!」
「はい、分かりました!」
こうしている間にも、火はあちらこちらへ燃え移っていく。今日は不運な事に風が強く燃え移るのが早かった。1つだけ幸いな事は、ここが村から離れていて、燃え移る家が無いことだった。
彼女が行ったのを見てから、俺は河の方へ飛んで行って、つるはしを降り下ろしてアイススケートのように河の凍った面を叩き割って水を汲んで燃え盛る炎へとかけるがとてもじゃないが太刀打ちできない。
「火事だ、火事だ!」
村の男の野太い声が聞こえてきて、たちまちバケツを持った屈強な男達が飛び込んできて、リレー方式でバケツを運んで、何時間かかけて消してくれた。残ったのは、轟音と焼け焦げた家の残骸だった。空には清々しい朝陽が昇っていた。
とにかく、消えてくれてよかった。そう胸を撫で下ろした時に、火災の理由に気づいてぎょっとした。ああ、風呂に入った後……余った薪を元の所に戻したのだが、その薪にどうも火種が移っていたようだ。その事に気づいてからは急に恥ずかしさや申し訳なさが増して、居たたまれない気持ちになった。
「シンイチロウさん、村長さんがテントをくれました。しばらくはこれで生活することになりそうです。」
「そうか……ごめん、俺のせいだ。ちゃんと確認しておけばこんな事にはならなかったのに、本当にごめんなさい。」
「いいえ、そんな事は……私だってちゃんと注意しておくべきでした。」
まだ、火の温かさがぼんやりと残っている残骸の前に座り込んで、2人で話した。
「本当に、あそこは便利な世だったんだな。今、改めてそう感じているよ。冷蔵庫や洗濯機、あれらがいかに偉大な人類の発明か思い知らされた。あれらに頼りきっていた俺らが今まで火事を起こさなかったのは本当に奇跡に近いかもな。」
「……そうですね。」
「はぁ、こんな経験滅多にできない。貴重な体験だった。」
することもなく、初めての経験で訳も分からず呆然として座っていたがふと火消しを手伝ってくれた村人達にお詫びをしなければと思い至った。
「なあ、お詫びって何が良いんだろう?普通は菓子折り持って行くもんだけどマルチウスってなんかそういうこれじゃなきゃダメっていうものあるのか?」
「う~ん、無難にお金とかにしておいたらいいんじゃない?」
「お金………」
そう言ってポケットの中を探ってみるがくしゃくしゃになった2、3万マルチウスマルク紙幣しか手元になく、これではとても足りない。仕方ない、収納魔法モドキでしまっていた貯金箱を叩いて割って、その中の今までメスリル伯爵家に居た時の給金やその後手に入れたお金などをかき集めた。
「これで、足りるだろうか……」
持っている中で1番上等な紙にくるんでそこにお詫びと書いてから、丁寧に折って手に持った。
最初に、村の長でテントをくれた村長の元へ行く事にした。久々に土下座行脚に回る事となり緊張する、選挙の時に非難の毒矢を受けた古傷が疼いてくる感覚がして嫌な気持ちになった。
「この度は本当に申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、これからは気をつけてください。」
村長とはそれで終わったが、問題は村人達だった。村というのは余所者に厳しい、俺はミステリー小説の読みすぎかそんな風なイメージを持っていた。生まれ育った町も年寄りはそうだったようにイメージしている。
どうなるのか、戦々恐々としながら怖々と一軒一軒回ると、意外とそんな事はなかった。皆優しい人達ばかりで身体を労ってくれる。帰ってくる頃には貰った酒や魚や野菜などを抱えてヒーヒーと息をあげながら坂を登り降りし、腰を痛める羽目になってしまった。
「まあ、随分いっぱい貰ったのですね」
「ああ、ありがたいことだな」
本当にありがたい、まるで子供のままごとのような生活を送っている俺達の事を責めずに労ってくれるなんて、でもシンイチロウには却ってその方が心に染みた。優しくて何も言わないからこそ、後ろめたくなるものがある。
「落ち着いたら街へ出て必要な物を買おう。そして、いつかはこんな事しないようにちゃんと家事が出来るようにしておこう。後は、お詫びに何を持って行くのかのマナーも。」
「シンイチロウさん、それって火事だけに家事やマナーを学べという事ですか?」
「あ、本当だ、そうとも言える。気づかなかった。」
「…………そういうウケ狙いなのかと思ってました。」
「だとしたら、センスのないダジャレだ。」
彼女と2人、斜めに傾いて落ちかかっている夕陽を眺めながらそうやって笑いあった。
この日の夜は、村長がくれたテントの上に俺が暮らしていた洞窟に大切に取っておいた動物の毛皮を被せて、中に風が入ってこないように隙間を埋めて、そして、彼女と2人近くでくるまって寝た。………誤解がないように言っておくが、彼女との間には何も起きなかった。スヤスヤと2人眠ったものだった。




