性悪メイドの誤算
あーあ、なんか最近ツマンナイ。
あれから、あのシンイチロウが何故か憲兵に捕らえられてラッキー!って思ってやってもいない罪をでっち上げたんだけど、なーんか違う。
エリスは人気のない裏通りを通りながらそう苛立ちを覚えた。エリスは綺麗な花の都ランディマークよりもこういう今にも崩れそうな土塀や汚ない洗濯物が干してある裏通りの方が何故か親近感が沸いて、そちらの方を好んだ。
「なんなのよ!」
ガシャン、派手な音を立てて、瓶が倒れて割れた。
アイツが辞めた所まではよかった、そこまでは何も間違っていなかったとエリスは思っている。__陥れて、あたしがアイツの立場へ成り代わろうとした所から何かが狂い始めたんだ。何がおかしかったのか、分からない……あれからエレノア様は私の事を怨めしそうに見てくる。アリサは気の毒な者を見るような、蛆虫を見るような目で見てくる。シャウムヒルデは相変わらず何かに怯えている、けどその中にはあたしもきっと含まれているのかも。
「はああ、一体何がいけなかったのよぉ!ホントムカつく!」
頭をかきむしって感情を吐き出す。
あたしは確かにシンイチロウの立場を乗っ取った筈、では今のこの現状はなんなんだろうと彼女は考えるもそれは彼女には分からなかった。
裏通りへの寄り道を少しした後、綺麗で眩しすぎる表通りへと行き、言いつけられていた物を買ってから伯爵家の屋敷へと帰った。
「何処に寄り道してたの?シンイチロウさんでももう少し早く帰ってきていたでしょう。それに、男女の差はあろうとこんなにも遅いなんて…」
帰って早々に待っていたのは、アリサの小言だった。彼女の噂ならば聞いた事がある、彼女は伯爵領の何某村1番の働き者だったと男達が噂をしていたのをいつだかに聞いた。
彼女は、あたしの事を役立たずのように見てくる、それだったらシンイチロウ…アイツも役立たずなのに!料理のスピードだって遅かったし、家事だってノロノロとしていた。それに比べるとあたしなんて何百倍も出来るのに!!
それを彼女にぶつけてみると、彼女は軽蔑するような蔑むような目であたしをジロリと見た後
「シンイチロウさんはちゃんと仕事をしていた、それに貴女のように何か小賢しい小細工をするような方ではなかった。年上の方に使う表現ではないのでしょうけど、彼は真面目でこの先伸びる人でした……貴女と違って。」
こう忌々しげに言う。
「何よ、あんな熊男があたしよりも使えるって言うの!」
「あの方は不思議な人でした。家事とは無縁で元はお偉い人だったのかもしれません、環境が変わってやりづらいだろうに頑張っていた。今は貴女の方が仕事は出来るでしょう、でも努力すればシンイチロウさんが超えられる可能性が無限大にあった。そういう努力が足りないと言っているんです。」
「もういいわ!」
そのまま台所を飛び出していったあたしを、アリサはため息を吐きながら見ていた。
台所を出た所で、伯爵家の跡取り息子ポーターとすれ違った。彼もまた変わってしまった。年頃の男の子だ、彼を誘惑すれば……そういう下品な厭らしい考えが出たけれど失敗してしまった。ある時まではうまく言ったのに、ある時から人が変わったみたいに反応を示さなくなった。
「僕は、そんな貧相なケツ振られてもお前ごときの相手になんかしないよ」
まるでそう言いたげな目で見てくる。
言葉にこそ出してないけれどきっと彼はそう思っている。居心地が悪くて通りすぎようとしたらポーターはすれ違い様に
「嫌な匂いがする。……本当に忌々しい。」
と呟いた。
幼い少年の含むところがありすぎる皮肉に驚いて振り返ると、彼はニヤリと嗤ってから知らんぷりして何処かへ行ってしまった。
「シンイチロウ、貴方は後少しで帰ってしまうのに……後2つ解決すれば帰ってしまうのに、せめてそれまではと思っていたのに……」
2つ解決すれば、その意味は分からなかったが運悪くエレノア様に遭遇してしまった。
エレノア様は、やっぱり何か知っている。彼女だけは初めからあの熊男の無実を賢明に信じていた。アリサのように途中で何となく悟ったのではなく初めから気づいていたような………。自分がやった事が世間的にバレてしまうのではと一瞬恐れたが、それならばもうとっくの昔にそうなっていると思い、彼女にその気はないだろうことが想像ついて胸を撫で下ろした。
(そもそも、エレノア様とアイツってどういう関係なのよ?もしかして噂されていたように……)
人間、特に貴族の女性は噂が大好きだ。
伯爵家の側に居ると様々な噂が耳に入ってくる。その中には『シンイチロウとエレノアは付き合っているぞ』という類いの噂も存在している。__ああ、きっとそうかも。多分そうかも。伯爵が彼をクビにしたのもきっとその辺の噂を気にしていたという事もあったのかもしれない。
「まあ、あたしには全然関係ないんだけど!あーあ、あたしのビューティフルでスマートな作戦が本当に台無し!」
この現状はよくない、これじゃせっかくアイツから奪ったのに宝の持ち腐れだ。なんとか打破しないととエリスは思った。__それが出来るのか、彼女がどうなるのか分かるのはまだ少しだけ先の話である。
新たな年を迎えて、まだまだ冬の盛りであるマルチウス帝国の首都ランディマークでメイドのエリスは密かに決意した。




