刑事ドラマ>政策…な信一郎
年越し、12月31日_所謂大晦日と呼ばれる日がやって来た。マルチウスの田舎では大晦日はどんちゃん騒ぎで元旦は眠る習慣が残っているので、俺達2人も眠らずに起きている。……しかし、寂しいものだ。家々は物静かで寂しく、テレビもないので何も娯楽がない。それに加えて俺達には気軽に呼べるような仲間は居ない、少し前ならエレノアなどと楽しく談笑できただろうにそれも今となっては過去の事だ。
「昭美さん、そろそろまた向こうの事を話さないか?」
「貴方もまた飽きないな。シンイチロウさん、年越しにまで向こうの事を話すのは……確かに、貴方は向こうの人間です、でも今はここに居るんですから帝国を楽しんでください。帰ったら2度と来ることなどできないでしょうから。」
「それもそうだよなぁ、大晦日って本来はこういう感じだったのかもしれないし、そうしよう。」
とは思ってみるもののやはりツマラナイ。
これが世代間の隔たりというものなのだろう。ベッドでゴロンと寝てみるもすぐに目が冴えてツマラナイので起き上がってウロウロと動く。
「……さっきからうろちょろしてて鬱陶しいんですけど!こっちもイライラしてくるんで止めてください。」
「……じゃあ、話そう?」
「分かった、分かったからその上目遣い止めて!気持ち悪い!
…………で、何について話すのよ!もうほとんど出尽くした感が否めないんだけど。」
「年越しだよ、年越し!
年越しって仕事はないけど俺は忙しかったな、物凄くくだらない所で忙しかったな。」
遠い目をして思い出していると、昭美さんに『ちょっと、リアルで目が死んでる……!』という声がエコーで聞こえてきた気がした。
毛布にくるまってあの当時の事を思い出してみると何故か悲しくなった。
「やっぱり議員さんって忙しいんですか?」
「まあ、そりゃあ普通の人はちゃんと忙しいし俺もそれなりに忙しかったよ。けどね、さっきも言った通りものすごっくくだらない所で時間割かれてたな。」
「それは一体何に?」
「当選同期のほーちゃんの無駄話に付き合わされる事だな。」
「ほーちゃんって誰?」
「桜島豊太郎、大阪に選挙区持ってる奴なんだけど知らない?」
「知らないなぁ、大阪暮らしじゃなかったし。で、その桜島さんと何があったんですか?」
「俺の苦労、聞きたい?」
「ここまで出しておいて酷くないですか?言ってくださいよ!」
「ハイハイ、あれはね__」
________
あれは、2008年の12月29日。
この日は、年末大掃除で1日中事務所や会館の整理をしていた。紙が溜まっておりかなりのボリュームのものをせっせと片づけていた時に彼は現れた。扉の外、足音がタッタッタと聞こえてきた時から扉近くに居た秘書後藤はビクッとして身構えていた。そして周りに居た他の秘書も『ああ……』という感じの残念な顔をしていた。
「代議士、今年も来ましたね……。どうか、どうか今年こそはちゃん追い返してください。」
「あ、ああ……でも、そんなに期待するなよ。」
俺達がヒソヒソと会話していると招かざる客桜島豊太郎がやって来た。温和で俺とは違い人当たりの良さそうな顔の彼、俺が豊太郎を豊太郎と読み間違えた事がきっかけでアダ名は“ほーちゃん”という。
「やあ、山内君!まだ整理が終わっていないのかい?」
「ああ…見ての通りだよ、お前のところは相変わらず早いねぇいいねぇ、そういう事だから出ていってくれ。邪魔だ、居ても邪魔だから本当に出ていってくれ。」
そこで、俺は彼に何か言わせる前に矢継ぎ早に今の現状をしゃべり、後藤へ合図して彼を追い出そうとしたのだが……
「まあまあ、山内君!そんなに焦らないで、まだ朝だからすぐに取り返せるよ!」
「何がまあまあなんだよ!早く帰れ、こんな忙しい時に来んな!」
俺のただでさえ低い語彙力が更に低くなっている、もう彼を無視して黙々と紙の束を片付けることとした。
「そんな事言わずにさあ~聞いてくれ。だいたい君だっていつも僕に愚痴ばっかりじゃないか!」
「確かにそうだろうけど、人の都合というものを考えろよ!」
確かに普段は俺の方が愚痴ばっかり、それは認めよう。そして、この男は愚痴など言わずいつもうんうんと聞いてくれる聞き役。だが、12月終わりだけはこの立場は何故か逆転してしまうのだ。それは俺らが議員をする前の秘書時代からの悪しき慣習である。この事を1番よく知っている後藤は、いち早く空気を察知して周りの秘書へ耳打ちをしてひたすら気配を消して片づけを続けていた、コイツら……俺を見捨てやがったな。
「ねえねえ、それでさ!正月に相〇のスペシャルやるのに見られないんだよね。」
「〇棒か……あんたも刑事ドラマ好きすぎるね、そうかい…だからなんだよ。帰れ。」
出た、コイツの刑事ドラマ好き。
刑事ドラマ__その名の通り、警察官が主役で事件を解決するドラマ。決して探偵が主人公のものを刑事ドラマなどと呼ぶと皆の顰蹙を買うのでしてはいけないらしい。彼は、その刑事ドラマが好きで多分国会議員の中で1番の刑事ドラマ好き…将来、大臣様になったならアダ名は間違いなく“ミスター刑事ドラマ”となりそうなくらいにそのジャンル好きだ。
「……まあまあ、そんな事言わずにさあ刑事ドラマの名前を先に言えなくなった方がダメゲームしようよ!」
「なんじゃそりゃ……さっきから言ってるようにそんなもんやってる時間はねぇよ。お前の耳の穴何か詰まってんじゃねえか。マジで1回耳鼻科行ってこい。」
俺も紙を持ち、奥に固まっていた秘書の方へ駆け寄ろうとしたが、目で来るなと制された。そして、扉側に居た桜島にホールドされて俺は彼が言う“刑事ドラマの名前を先に言えなくなった方がダメゲーム”をすることとなってしまった。ああ、何故毎年、毎年、こうなってしまうんだ。
「じゃあ僕から行くよ、相〇!」
「チッ!太陽に〇えろ……」
「西〇警察」
「あぶ〇い刑事……なあ、早く終わりにしないか?」
「まだまだに決まっているだろう?刑事〇族。」
「毎度、毎度よく飽きないな、大激闘マッドポ〇ス。」
「君も中々外れた所を知っているじゃないか、特捜最〇線。」
「いや、マッド〇リスはそこそこ有名所だよ、ていうか早く帰れ。警視庁殺〇課……」
「いいや、帰らない。風の刑〇・東京発」
「もう疲れたよ、マジで帰って……私鉄沿線97〇署」
「だから、帰らないってば。古畑任〇郎」
2人が掛け合いをしているのを眺めていた秘書一同は『この2人、よく続くな……』と思っていた。しかも論点が意地でも帰れ・いや絶対に帰らないに微妙に変わっている。
「後藤さん……代議士、意外とキラキラしてません?そして、挙げている刑事ドラマも意外とマイナーな所ですし……」
「そうですよねぇ。あの桜島先生とやり合う時の熱意をちょっとでも政策とかに活かしてくれると嬉しいんですけど………中々そう上手くいかないものですよ。」
とヒソヒソ言っていた事を、夢中な2人は気づいていない。その後、このやり取りは陽が暮れる頃になってようやく終わった。
嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった厄介者を追い出せて、信一郎がホッと一息ついていると、後藤は容赦なく紙の束を渡してきて
「代議士、とっとと仕事してくださいね」
と言う。その目は笑っていなかった。信一郎はがくがくと頷くしかなかった。
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「とまあ、こんな感じで酷い目に遭ったなぁ。あ、一応言っておくが普通の人はちゃんとやってるんだからな。」
「………もうノーコメント。何やってるんだよ、そんなんだから民自党は負けるんだよ。」
昭美はガックリした。
彼女の鋭い目で見てきた、心なしか冷気が室内を包んでいる気がする。
「はぁ……そんな目で見てこなくても良いだろう。俺だって彼に辟易してたんだから。」
「私はもう貴方という人間が分からなくなりました。面倒見が良くて悪い人でないというのは分かりますけど……何故そんな方が議員に………」
「2世だから仕方ねぇ。」
「開き直っちゃった……ダメだ、コイツを早くなんとかしないと……」
昭美の声は悲しく何もない室内に響くのだった。2人の寂しい年越しはこうして過ごすこととなるのだった。




