早すぎる別れ、さらば…大切な人々!
__唐突に訪れた別れ。
早い、早すぎる。予定では後3日だったか、僅かながら残されていた筈なのに……!
「そんな……早すぎる、早すぎるよ!」
『シンイチロウ、済まない……お前が1番大切な時に、別れを告げる事となるなんて本当に済まない。無理しすぎたのかもしれん』
ヘンドリックは顔に似合わない儚い笑みをみせるだけだった。お前には似合わねぇや、そんな顔。
「そんな事言わないで……俺は、どうしたらいいんだよ!俺は、まがい物の魔法しか使えない。」
『大丈夫、お前は出来る。お前には味方が居るのだから、自らの汚名を晴らしてこれからも解決していけばいい。』
「汚名って何……?」
汚名、そう聞いてもシンイチロウには何の事か心当たりが無いので首をかしげた。彼はまだこの先クビを告げられるであろう事を知らないのだ。今、こうしてここに居る事で、伯爵家に帰っていない事で首の皮1枚で繋がっていた……本来なら希望が僅かに残っている時に使うこの言葉、でもシンイチロウは本当に言葉そのままの意味の状態だった。
『それは、後でエレノア嬢から聞きなさい。
………シンイチロウ、ありがとう。君の事はまるでもう1人の息子のようだった。君と居た約1年、本当に楽しかった………ありがとう。』
「俺も、あんたの事……親父みたいに思ってた!本当に、本当にありがとう……!」
彼の身体はチカチカと点滅してから、そのままボロボロと粒子のようになり、旋風を巻き起こして消えていった。
俺はその場で泣き崩れた。彼を、ヘンドリック=オンリバーンを本当に父親のように思っていた。彼と山内誠一郎は似ていない、彼は牛のようで親父はワニを連想させる見た目、どちらも種類は違う動物顔だが中身はほぼ反対だった。いつも理知的で驕らないヘンドリックといつも怒ってばかりで恐怖の対象、だけど外では気さくなイメージから人々の人望があった親父、厳しさと優しさの二面性が似ていたのかもしれない。
俺の心にポッカリと穴を開けられたような気分になった。俺たちは約1年過ごしてきた、その別れはたったの5分程度だった。彼の巻き起こした旋風が止んで、目を開けるとそこには彼が使っていた薬の入ったピルケースと数冊のノートがボトリと音を立てて落ちただけであった。シンイチロウはそれらを拾い上げて、収納魔法モドキで仕舞った。
「そういえば、ヘンドリックが言っていた汚名って何の事だ……?」
「あ、えっとね……それは__」
エレノアは今までの事を話した。
それを聞いたシンイチロウは脱力してその場にへたりこんだ。俺がのんびりと牢内に居た間にあのエリスがそんな事を考えていたとは……ヘンドリックとの別れがあったばかりなのに、更に悲しい事に襲われて立てなくなった。
「うう、そりゃあ伯爵は引っ込みがつかなくなっているんだな……シンイチロウの事を信じていたのにそんな事をするなんてムキー!って所か。う~ん、大使館で雇うのはさすがに不味いよな。アベル、あんたの所はどうだい?」
「息子の身体使って更にやりたい放題とは、まったく…貴方という人は。そして、ウチも使用人は足りていますから。それにウチの主はフェルナンドですから、私に雇用の決定権はありません。」
「まったく…景気の悪いこった。」
同じくその場に居たアベルと(エドワードの身体を借りた)ヘンリーが気の毒そうに話をしていた。
「いや、別にそこまで気を遣わなくてもいいです。平気です、俺だって自分の事はなんとかできますから。」
アベルとヘンリーとはここで別れて俺はエレノアと共に伯爵家に戻った。
________
伯爵家の空気は重かった、この空気の重さは初めて挫折を味わった時以来だろうか。悲しい気持ち、次々に襲ってくる出来事に心の羽をもがれたようにジワジワとシンイチロウの心を冷やしていく。
「シンイチロウ、どうしてそんな事を……!」
「俺は、何もしていません。俺には、そんな事をするよりももっと他にしなければならない、それに俺は手先が不器用ですからそもそも物盗りは苦手でやったとしてももっと早くにバレるでしょうし、成功したとしてもそうやって部屋に証拠を残すほど馬鹿な事はしません。」
シンイチロウは凍る心を慰めながら伯爵の問いに答えた。彼はきっとクビにするのだろう。これ以上聞けば自らの傷ついた心は耐えられない、その言葉を彼から聞きたくはない。伯爵が何か言おうとするのを牽制して言葉を遮り、シンイチロウは深々と頭を下げて一礼して、震える声で言った。
「__伯爵、今までありがとうございました。短い間でしたけど本当にありがとうございました……!すぐに、出ていきますから。」
優しげに、先程のヘンドリックと同じ儚さを感じたエレノアが訝しげに彼を見つめて、どういう事かと問うよりも早く__。
彼は身を翻し、獣のような速さで一瞬の隙をついて逃げ出した。何も持たずにがらんどうな瞳、目の端に光るものを浮かべて、彼は去っていった。大慌てで伸ばされる伯爵の手を振り払ってエレノアはそれを追いかける。
「はぁ、はぁ、待って…待ってよ、シンイチロウ!」
街へ出て、エレノアは懸命に彼の背を追った。しかし、男女の差や近頃はヘンドリックの手解きを受けて肉体的にも向上していた彼との差は無情にも開くばかりだった。通りの角に彼の服がチラリと見えた、そちらに向かって走る。
「シンイチロウ、どうしてよ!!」
角を曲がってからかなり先に居た彼に向かって声を張り上げた。彼が振り向いた。薄い目に溜まる涙が振り向いた時にキラリと溢れ落ちたのをエレノアは確かに見た。
「ごめん、俺はもうこれ以上は耐えられない。本当に今までありがとう…!」
そして、彼のか細い声を確かに聞いた。そのまま壁を乗り越えて彼の姿は見えなくなっていった。
「そんな……!」
エレノアは悔しくて唇を噛み締めて、壁に拳を叩きつけた。やがて、彼女はゆっくりと彼が乗り越えていった壁に背を向けた。
__今は、彼に会わす顔もない。
その無事を祈りながら、エレノアは自らに出来ることを考えながら伯爵邸の方へと帰っていった。
__エレノアとも別れた。これ以上は聞きたくなかった、慰めも拒絶も、何も聞きたくなかった。落選以来、なのだろうか。このような挫折は…今はとにかく1人になりたかった。
(本当に浅ましい……)
花咲く森を走りながらシンイチロウは考えた。
伯爵の言葉を聞いていた時、シンイチロウには凍る心と共に『伯爵家の使用人の立場でなければ夜会にも入れない、せっかく知り合ったナショスト公爵夫人に助けを求める事もできない……!』と自らの欲の事も考えていた。早く言えば自己嫌悪に陥っていた。
「そんな俺がエレノアと居る事なんて出来ないよ……恥ずかしくて、とてもじゃないけどいられない。」
息を切らしながら、スピードを落として枝を踏むのも気にせずに走る。
いつから俺はプラスマイナスで考えるようになったんだ?俺は、単純な小者だと理解はしている。小者以上になれないことも憧れていた先輩議員のようにはなれないことも分かっている、だけどそんな冷たい目で考えた事はなかった。多少の損得勘定はあれどプラスマイナスを考え抜いて、嬉々として行動しようとした事はなかった!
「__ッ!」
その時、くぼんだ根に躓いて転んだ。ズボンの膝の部分がジワリと赤く染まった。そのまま倒れこんでオレンジ色の空を見上げて笑った。しばらくそうしていると胸元のガラケーが鳴った。
__指令はこうして解決した。だけど、シンイチロウはあまりに多くを失いすぎた。この先、彼はどうなっていくのか……。




