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大凶を引き当てた男は異世界転移する  作者: かりんとう
6章:神の眷属に安らぎをもたらせ……
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ヘンドリックside:我らは進む


シンイチロウが証拠を見つけていたその頃、伯爵邸の2階にて……。


『まさか、伯爵がシンイチロウをクビにするとはな…………』


「お父様、本当にあんまりだわ!」


エレノアはシンイチロウの功績や今まで彼の頑張りを知っているからそう答える。ヘンドリックからすれば、それはシンイチロウに寄りすぎていて公平さの無い意見だと思う。しかし、ヘンドリックも偏りすぎているエレノアの意見に賛成だ。彼に弁明の機会が与えられないまま、クビが決まってしまった。ヘンドリックだってシンイチロウの方に近しいが、伯爵の言うように貴族としての世間体も大事にするべきという意見もかつての身の上から分からなくもない、つまりどちらの意見も嫌なくらい理解できるが、話も聞かずにそれを決めた、そこに怒っている。


『せめて、彼の弁明を聞いてからクビを決めてほしいものだ。その為にも彼を早く助けてその機会をしなければ……』


「……ヘンドリック様、ヘンドリック様は悲しくないのですか?貴方には血も涙もないのですか、よくこんなときにそんなことを考えていられますね!」


『勿論悲しいさ、だが優先すべきは彼の命。クビの件は後でいくらだって考えられる!悲しむ暇があるなら行動に移さなければならない。あの性悪女の仕組んだ幼稚な事など、後からいつだって造作もなく崩す事ができる。エレノア嬢、もし彼が帰ってきて弁明を聞いた上で伯爵が意見を変えないというのなら所詮彼もその程度だったという事だ。……頭は良いのに自分を犠牲にし過ぎて、どちらも手に入れようとしたどこぞの欲張りな小便小僧と種類は違えど同類なんだよ。』


伯爵への不快感やストレスからなのかそれとも薬の大量摂取が原因なのか、先程から脇腹がジクジクと痛む。昨日暇を見て買ったばかりの薬の減り早いとイライラしながら、胸元のポケットのピルケースを探って開くが、薬が切れていた。


「ヘンドリック様、本当にごめんなさい……1番困っているのは彼や貴方だったのに。それと、性悪女とは一体……?」


『ああ、そうだった。あのメイドのエリス、彼女は面白い人間だ。陰で人をいじめて、その地位を乗っとることに快楽を得るタイプの人間なようだ、シンイチロウを陰でいじめていた。恐らく憲兵に何か情報提供したのもあの女だろうな。』


「そんな………」


『人なんて信じちゃいけない、どんな善人だって悪い面がある、悪人にだって善き部分はある。人を信じるな、人の力を過信するな、私達も彼らも人を救うことも出来れば傷つけることもできるのだから。人の見かけに騙されちゃいけない。』


ヘンドリックとエレノアは一度下へ降りて晩御飯を食べて、また上へと戻った。下には、ヘンドリックを疎ましく思う感情が溢れていたがそれをものともせず彼は黙ってご飯を食べていた。エレノアは先程言われた事を考えていた、メイドのエリス……彼女の動向を眺めつつ食事をするが、彼女から大きな悪意を感じることはできなかったのでどちらが正しいのか、結局この時は分からなかった。


『伯爵、もう1週間もすれば私はここに留まる事すら出来ない。だが、シンイチロウには後少しの間ここにいる義務がある。……彼への判断は少し待っていただけないだろうか。彼はこの先__いいや、何もない。とにかく、シンイチロウから意見も聞かずに決めるのは時期尚早だから考え直してほしい。』


「ヘンドリック、気持ちは分かるが……」


『気持ちは分かる?フム、貴方に私の何が分かるというんだ。伯爵、一方の意見しか聞かないのは誇り高き貴族としてどうかと思うが、色々な意見を取り入れ、多角的に物事を見ろ……これは私にも言える事だからあまり偉そうに言う事は出来ないが、少なくとも今回のシンイチロウのクビ決定には首をかしげなければならない。』


「ヘンドリック様、それはちょっと言い過ぎじゃ、貴方はもう貴族ではないんですよ。」


ヘンドリックが心底怒っている事を肌で感じたエレノアは止める、これ以上はさすがに不味い。シンイチロウを救えてもいないのに流血沙汰など笑えない。


『……そんなの分かっている。これは私の自己満足だ。本来ならシンイチロウが怒るべき事ではあるが、アイツは優しいというか小者だ。恩ある君達に怒る事すら出来ない、アイツがこの先感じるだろう感情を代弁してやっただけだ。……伯爵の決定が間違いではないことを卑しき我が身も祈っています、ではごきげんよう。』


「ヘンドリック様、相当怒っているわね……」


彼が皮肉な口調で言って怒るなど見たこともなかったので驚いて気圧される。“卑しき我が身”とは、彼から見ると“卑しき”とはこちらの方なのに。今、私達はただの貧乏伯爵一家、彼は神の眷属…そして生前だって大臣の経験がある侯爵という太刀打ちできない身分だった彼が自らを“卑しき”とは皮肉以外の何者でもない。


『__ッ!!クッ………』


突然の痛みが来たのだろうか、急に彼が呻きだして、彼の身体がボロボロと粒子となり、飛び散っていく。指先から腕、そして胸に至って今度は首の方へ……以前より消える部位が広範囲になっている。


「ヘンドリック様……!」


『ぜぇ、ぜぇ、だ、大丈夫…だ。』


顔を歪めたがすぐに気丈にたいした事ではないように振る舞う。しかし、誰の目から見ても彼の身に良からぬ事が起こっているのは分かった。事情を知らない伯爵達はポカンとしてヘンドリックの方を凝視していた。オドオドしているシャウムヒルデが手を伸ばそうとしたがヘンドリックはそれを払い除けて言った。


『私は、卑怯者の手を借りるほど落ちぶれてなどいない。心配かけて申し訳ない、では今度こそ失礼する。』


大臣の、為政者のような貫禄があり、何も言わせない迫力に伯爵家面々は口を出せないまま彼は部屋を出た。


『エレノア嬢、残された時間はもう少ない。早く、来るときが来るまでに準備しないと。』


「ええ、でもどうやって……!」


『貴族というのは便利だ、夜会なりなんなり権力者と会う方法が簡単に用意されているのだからな。ナショスト派の力、借りようじゃないか。』


「自分の身が危ういのに行動力ありますね………」


いつもなら母なのだが、部屋で放心状態なので仕方なくヘンドリック様に手伝ってもらいながら、重苦しいドレスに着替える。ヘンドリック様からイヤらしい下心を感じる事はなかったが、ゴツゴツした手がヒヤリと肌に触れる度に少し嫌だと感じた。


________


ナショスト派の集まりがあるという話の某伯爵邸で彼女らは居た。公爵夫人に声をかけると彼女に気前よく応接室の一室へと招いて話を切り出した。


「シンイチロウの事、聞いたわ。貴女達は何を企んでいて?」


ナショスト公爵夫人は相変わらず察しの良い貴婦人だった。黒い怪しげな雰囲気を纏っていて、今日の皆より一際美しく豪華な黒いドレスと相まって彼女の底知れぬ深さを強調しているようにも見えた。


『企んでなどいません。彼は巻き込まれただけです。………公爵夫人、貴女様の力をお貸し願えないでしょうか……!』


「例の憲兵の事かしら?ならば、手を貸しても構わないわ。あそこはあちらの(・・・・)テリトリーですから、そこに何かあるのなら突っつくのは面白そう。あちらには、キャサリン様達の件で嫌がらせもされましたしその仕返しをしても罰当たりではないでしょう?…………貴女達には、その件で世話になったのだし、その恩は返しましょうか。」


「公爵夫人、何故そんな簡単に……」


「エレノア様は可愛い御方ね。あちらを困らせる事が出来るならこちらにとっても本望よ。借りは返すモノ、ただそれだけとでも言おうかしら。」


相変わらず彼女は喰えない女だったが、OKしてくれてよかったとヘンドリックは胸を撫で下ろした。そんなヘンドリックは公爵夫人が興味ありげな顔で自分を見ていた事には、緩やかな痛みと安堵故に気づいていなかった。ヘンドリックは息を吐いてから錠剤を噛んだ。


「ねえ、貴方……もしよければウチに来ない?」


『ありがたい申し出ですがお断りします。それよりも、何処でシンイチロウが囚われているのかは見当がついており、見取り図もちゃんとありますがこれが正しいという確証は得られていません。この場所についての正確な資料を請求したいのですが、それを任せてもよろしいでしょうか?』


「フムフム、これは郊外の憲兵駐屯地跡ね……使われていないけれど怪しい動きがあるという噂はあったけれどそこで女性の選別と麻薬の紛失があったとは初耳ね。」


ヘンドリックが調べた今までの資料を見ながら公爵夫人がため息をついた。多分、演技……内心は嗤っている事が簡単に受け取れる。

静かな応接室に夏から秋へと近づきつつある風が吹いた。


『どうでしょうか?』


「良いわ、ここまで開示されていない筈の駐屯地跡の内部をここまで正確に記してあるのよ、他の資料も他国の物も含まれているけれど信憑性は十分ある。……資料請求する必要もないだろうけれど、まあ良いわ。でも、届くまでに4日ほど掛かるけれど、それで良いかしら?」


『4日……ギリギリだな、大丈夫です。協力ありがとうございます。』


そうして、ナショスト公爵夫人という協力者を得て、後は見取り図をゲットして乗り込むだけとなった。


『シンイチロウ、待っていろ……!』


_この身体の寿命は近づいている。

_この時間が意味を持つ事はない。

夜は更けていく。それを眺めていると、穏やかな時間を邪魔するように神経が麻痺するような痛みがして、それに耐えきれずまた薬を噛み砕いた。

ヘンドリックは自らの限界を感じながら、短くも気合の籠った咆哮をあげた。






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