神の眷属の心配
黄金に広がる麦畑、その麦畑を掻き分けた先に湖は存在する。その湖はただの湖ではないのです、その湖は“下界を映し出すモニターの役割を果たす湖”なのです。別に湖でなくても構わないけれど、管理者ミラーナはわざわざ変えるのも面倒だと思い、ずっと下界を映し出すモニターは湖に見えるように設定しているのです。
「やっと1つ目の指令クリアか………彼がここに来て約2ヶ月、まぁ妥当な所としておこう。だが、この調子だと後何年掛かるかな?」
「早く救わせて帰した方がよろしいのでは?」
ヘンドリックはこの間のミラーナが何か隠しているような素振りを見せてからというものの、水面に映っている山内信一郎の事が心配でならない。
「何その敬語、前はそんな奴じゃなかったんだけど……どちらかと言えば、君よりも君の息子の方がそう言いそうな人間だったけどね。死して尚人間って変わるもんなんだな。」
「ショーンの……息子の話はもう止めてくれ。頼むから、もうあの子が死んでから四半世紀経ったんだ……蒸し返す事は止めてくれ、俺とアイツは似ていないんだから。」
ここまで卑屈になったのは初めてかもしれない、身体を前屈させて深々と頭を下げた。だけどミラーナは、嫌な笑いを含んだ声で追い討ちをかけるように言う。
「はぁ……君達は似ている、君達は馬鹿で優しすぎた。甘過ぎたから揚げ足とられて死んで、残された人々に深い傷を残すこととなったんだよ。例えば、あのアベル=ライオンハートもその1人だしな。」
「アベル……懐かしい名前だ。
彼は……すっかり変わってしまったな。」
ヘンドリックは彼の事を知っている、と言っても今の彼ではなく若い頃の彼をだが。どういう関係かと聞かれれば、直属ではないが上司と部下のような関係で息子とも仲良かった。その頃は、水面に映っているような彫りの深い皺も厳しい顔立ちではなく、20代前半だったので当たり前だろうが今よりもみずみずしい優男だった。彼をそう変えてしまったのは時の流れだけではない事をヘンドリックはこの湖から覗き見て知っている。
「……君が心配している彼、彼は生きて帰ることが出来るかな?君だって何となく気づいていたかもしれないけど、“アマテラス”はノウノウと生かして帰すわけないよ。アイツは管理者の中でもワガママで好き勝手しているから。」
「やっぱり……アマテラス様とはどのような方なのです?」
ヘンドリックは眷属となってから、様々な管理者の元へと挨拶回りに行ったが、いつも“アマテラス”だけは留守だったので姿を見ていない。
「うう、うんアイツ……アイツは、ちょっとワガママで僕よりもヤバイ事してるのに管理者から外されていないスゴイ奴……というか、多分怒っても怒ってもおんなじ事するから“創造主”も諦めているのかもしれないけど。」
「はぁ……スゴイ方なのですね、アマテラス様って。」
ミラーナの言葉はアマテラスの特徴から段々と愚痴っぽくなってくる。曰く、預言者に頻繁に預言を授けたり、人の心にしょっちゅう干渉したりしているのに怒られないとは勝手だとの事。おまけに言うと彼女は料理が苦手らしい。
「“2600歳おめでとう記念パーティ”の時に食ったんだけど、アイツの料理ってなんか薬みたいにツンとする謎の味がするんだよ……」
「神様もパーティなんてするんだ……」
「何に驚いているんだ!僕らだってパーティくらいするよ、世界を管理している事以外はちょっと下の人間よりも時の流れが違う空間で生きていて、ちょっと人よりも感情が薄いだけで他は普通の人間と変わらん。」
「……それ、十分人間とは異なる何かって言っても良いと思うが。」
「やっと口調が元に戻った……正直言って君が丁寧語なんて使おうとしたらなんか僕の背中が痒くなってくるから、ため口で良い。」
「はぁ、そうなの?じゃあ普通にする。」
何故丁寧に喋ると背中が痒くなるのか、そのメカニズムを知りたかったが聞くのも面倒なので諦めた。
フワリと生暖かい風が吹いて、稲穂がサワサワと揺れる。……稲穂に触れて、ボキリと折ってみる。すると、稲穂はサラサラと色とりどりの粒子のように消えていき、折ったところは何事もなかったかのように戻っていた。
「何してるの?」
そうヘンドリックに聞くが、彼は顔を歪めてからミラーナの肩に触れてガクガクと揺さぶった。
「貴方、貴方は何をするつもりなんだ?アマテラスの事で話がすっかり横道に逸れたが、あの男……山内信一郎をどうするつもりなんだ?貴方は何かを隠している!」
「私が何かしようとしているわけじゃない、“アマテラス”の方が彼がこの世界で野垂れ死ぬ事を望んでいるだけだ。
それと、僕がアベルの事を話したのは君をいじめたいだけじゃない、アベルだって救われるべき人間の1人だからだ……と言ってもそうなるのはもう少し先の話だがな。」
ずいぶんと抽象的な物言いだな、ヘンドリックはそう思った。そして、彼はまだ何かを隠しているとうっすらと思った、まるでそれを知られたくないかのような素振りを見せてイタズラな顔をしていた。
「何を隠しているんだよ、教えてくれてもいいじゃないか!ケチケチした男は嫌われるんだよ。」
「ケチも何もあるか、僕は何も隠してない!
さあさあ、2人目を誰にするか品定めに行くぞ!ボーッとしてると置いていくぞ。そんなに曲がったキュウリみたいにへそを曲げた所で無いものは無い。」
そう言って眼を細める彼の顔、それは冷たいように見えて笑っていた。
サワサワサワ、先程とは違って冷たい風がひんやりと吹いて、ヘンドリックの前髪をなびかせた。
___2人目は一体誰なのだろう、そして何の救いを求めているのだろう。




