8 言い逃げをしてみまして
あーあ、この声はあの人しかいないよなぁ・・・。
なんて思いながら振り向けば案の定、そこに居たのはハルロド様。
「ご機嫌よう、ハルロド様。」
とりあえず私がハルロド様の問いを無視すると、私を一瞥したハルロド様は短く「あぁ」と答えた後に「隣にいるのは?」とアーネストを見た。
「こちらはアーネストです。」
アーネスト、と私が促すとアーネストは「お初にお目にかかります、殿下」と意外と丁寧なお辞儀をした。
「アーネスト、貴方意外とちゃんと出来るのね」
私がコソッとアーネストに言うと彼は少し不敵に笑って「カッコイイだろ?」と答えた。
それを「調子乗らないでくださーい」とさらっと流した私はハルロド様に向き直る。
ハルロド様はその様子をびっくりした顔で見ていた。
一瞬、やば。と思ったもののこれも婚約破棄される原因になるかな?と思った私はそのままアーネストと距離が近いままでいることにして開き直る。
つい、前世のノリでやっちゃうけどこの世界からしたら今の私とアーネストってかなり距離が近いのよね・・・。
私は前世の記憶あるし、アーネストは神様見習いだから二人共あんまり気にしていないけど・・・。
なんて思いながらハルロド様の方へ顔を上げるとバッチリ目が合う。あ、また眉間にシワがよってる。
「イリーナ、ちょっとこい。話がある。」
え〜、今日はちょっとイベントこなさないといけないから私も貴方も時間なんてないでしょ〜、とは思うもののハルロド様に逆らうわけにもいかず私は大人しく頷いた。
「アーネスト、どうする?貴方一人になるでしょ?」
私が問いかけるとアーネストは「適当にどこかで過ごしてる。」と言って私の頭を撫でた。
「頑張れよ、そばにいてやれなくてごめん」
「おう!大丈夫、頑張ってくる」
もしや、少し早いけど婚約破棄か婚約解消の話かもしれないしね。
◇◆◇
さて、一切喋ることなく連れてこられたところは人気のない薔薇園。
・・・何の話だろ?
「イリーナ・アナベル、はっきり言おう。」
お?婚約破棄か?婚約破棄くるか?
なんて私がワクワクしているとハルロド様は表情を変えずに言い放つ。
「私に何かを期待するのはやめろ。」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・ん?
なんか、私が思ってたのと違うよ?
いや、ていうか何も期待してないんですけど?いつ、私があなたに期待した?ん?あれか?全自動の時の事言ってんのか?それだったら私、関係ないなぁ。流し聞きしとけばいいか、なんて思ってるとハルロド様は「特に最近は酷い」と続けた。
・・・え〜?最近?最近ってどれ位最近のこと?
私特にハルロド様何もしてないんですけどぉ〜?
「サラを虐めたり、かと思えば急に男と見せつけるようにつるんだり。正直、私は貴方のことをあまり好んでいない。こんなことされても嫌悪するだけだ。今回の婚約はあくまで政略結婚で貴方を愛せる自信もない。」
・・・なるほどなるほど。
ヒロインを虐めてたことは認めるよ。うん。私の意志じゃないけどイリーナが虐めてたのは事実だしね。
ただその後の発言がちょっといただけないなぁ・・・。
アーネストのことを言ってるんだろうけどわざとじゃないしな〜。まぁ、勘違いしてくれるのはいいんだけどさ。
私、貴方に嫉妬だのなんだの求めてるわけじゃないし、ていうかむしろその嫌悪感がもっと欲しいです。
まぁ、何はともあれ嫌われてるってことは方向性はあってるってことか。
「婚約破棄、しますか?」
私は俯いて静かにハルロド様に問いかけた。
「婚約破棄はしない。」
・・・は?
婚約破棄、しないの?
「なんで?!」
ハルロド様は思わず声に出していた私の勢いに驚く。
「な、なんでも何も他に候補がいない。今のところ私がお前を嫌いと言うだけで破棄するには理由が不十分だ。」
「・・・そう、ですか。」
ということはヒロインの好感度がちょっと低いのか・・・。
まぁ、ハルロド様の忠告を無視してしつこく引っ付いてればそのうち破棄されるか。
私は大人しく退場することにした。
このあとイベントもあるし、そこでちゃんと成功すれば大丈夫だよね。
なんて思いながら急いで戻ろうとした私の腕をハルロド様が掴んだ。
「そう言えば、隣にいたあの男は何者だ?」
・・・アーネストのこと?何者って・・・、なんて言えばいいんだろう?アーネストは後から情報操作するって言ってたけどここで私が変な事言っちゃったら面倒臭いことになっちゃうよね?何も言わないほうがいいよね?
「わ、私に聞かれても・・・」
何を言ったらいいかわからない私はつい、100点満点中3点の答えを返す。
するとハルロド様はわかりやすく嘲りの表情を浮かべた。
「ハッ、何者かもよくわからないやつを横に置くとはお前も落ちたな。」
・・・ほぉ。
前半の馬鹿にしたような笑いは我慢できる。まぁ、今までも私にそんな態度だったし。でも後半の言葉は許せないなぁ。
私は体をハルロド様の方へ方向転換させる。
「ハルロド様、一言よろしいでしょうか。」
「なんだ」
相変わらず蔑んだような目を向けてくるが、そこはもういい。この際その扱いは私の前までの行いを考えれば仕方ないと納得できる。
でも、唯一の味方を貶されてはそうはいってられないんだよねぇ。
「私が何者かわからない人物を横に置いたとして、貴方に何か害があるでしょうか?私が倒れようが死のうが困らないであろう貴方に。」
「は?」
ハルロド様は私の言葉に何秒か動きを止める。
「確かに私はこの国の王子である貴方様の婚約者です。ですが、私はお妃教育以外で婚約者らしいことをした覚えはありません。それはひとえに貴方様が私に接しようとしなかったからです。政略結婚だから?ええ。そんなこと分かってます。ですが、ハルロド様。貴方は気に入らないから関わらないと言っていられる立場の方ではないでしょう。」
「貴様・・・、無礼だぞ」
額に青筋を浮かべるだけで我慢した点は偉いと思う。そこはアホじゃないんだよね。
まぁ、私まだまだ喋りますからそれに耐えられるかは知りませんけど。
「無礼だと思うなら後で不敬罪で捕らえて市井にでも何でも落として下さい。今は私が言いたいことを言わせていただきます。まぁ、色々言わせていただきましたが私は正直今はその事についてはもうどうでもいいのです。何が今私をイラつかせてるかって私の友人を貶したことですよ。貴方にアーネストの何がわかるんですか。貴方に私の何がわかるのですか。禄に関わろうとも知ろうともしなかった貴方に。
・・・お父様が私の元を離れてから、いえ、もっと前から私は孤独でした。」
「そ、それは」
「ええ。私の自業自得でしょうね。私の性格が悪かったからこうなった。ですが、貴方は私のその行為さえ止めようとしなかった。ただの1度も、です。それが何ですか、気になる相手ができた途端、急に口を出してきて。別に私は自分がしてきたことを正当化する気は無いです。ただ、今まで何もしてこなかった貴方様に私のことを貶す資格もないと思いますよ。ましてや無関係の私の友人を貶す資格はもっと無い。
・・・正直言うと私の代わりはいくらでもいます。婚約者なんて代用を探そうと思えば探せます。でも貴方様は違う。ただ1人の代用の効かないお方です。それを自覚して御自分の身をよく振り返ってくださいませ。
・・・ご無礼を承知の上で申し上げました。どんな罰も甘んじて受けますわ。それでは失礼します。」
目の前で呆然とこちらを見ているハルロド様に一方的に別れを告げて私はお茶会の会場へと戻った。
え、そうですよ。言い逃げですけど、なにか?