16 色々な事情がありまして
「ア、アーネスト・・・?」
いつもと様子の違うアーネストに私は戸惑う。
「・・・俺、死ぬ間際の記憶っていうのがさ、一人の女の子が、俺の妹が泣きじゃくってる記憶なんだ。」
自嘲気味に笑ったアーネストの顔はやっぱりいつものアーネストとは違った。
この顔は私、見覚えがある。
前世の鏡に映った私の顔にそっくりだ―――。
何かに絶望して、それでも諦めきれなくて、ずっと中途半端にそこで留まっている、そんな時の表情。
「・・・どうして、その記憶が最後なの?」
私はそんなアーネストに「大丈夫?」とか「元気だして」とか言うのは違う気がしてそんな間抜けな質問が口から出ていた。
「俺が死んだのは、事故だったんだ。でもその原因が居眠りとかじゃなくて妹の自殺を邪魔したから、だった。」
妹の自殺・・・。
予想外の単語に私は驚き目を瞠った。
「妹は道路で走行していたトラックにわざと突っ込もうとした。たまたまそれを見かけた俺は、咄嗟に妹を突き飛ばした。で、代わりに俺が轢かれた。」
アーネストは「もうちょっと上手くよけられればな〜」なんて呑気に笑ったけどやっぱりその笑みはアーネストらしくなくて。
「アーネスト」
「ん?」
「・・・アーネストの未練って何だったの?」
恐る恐る聞いた私の頭をアーネストはポンポンと撫でながら返答した。
「事故の時に、さっきも言ったけど俺の妹泣きじゃくってたんだ。『ごめんなさい、ごめんなさい。もうあんな事しないから死なないで』って。それがどうにも気になって気になって、妹と話せなくてもいいから、一目でいいから、妹を見たかった。で、それを神様に言ったら叶えてくれてな。妹の様子を見に行ったんだけど・・・」
「・・・いったんだけど?」
「神様から教えてもらったんだけど俺の妹、学校で苛められてたらしくて。」
「え」
「だから自殺なんて考えたみたいなんだけど、でも俺が様子を見に行った時に見た妹はいじめっ子に向かってしっかりと目を見て『やめて』って言えてて。しばらくの期間見守ってたら徐々に友達も増えて・・・。」
そこでアーネストは一筋、涙を流した。
「なんだ、大丈夫じゃん、なんて最初の方は思ってたんだけどさ、あいつは家に帰ると毎日真っ先に、俺の遺影が飾ってある仏壇に手を合わせて今日あったことを報告するんだ。『今日はちゃんと目を見て話せたよ』とか『お兄ちゃんのお陰で勇気が出たんだよ』とか・・・。それで心底嬉しそう笑って『だから私は大丈夫です。お兄ちゃんのお陰で前を向けるから、だからお兄ちゃんも幸せになって。ありがとう』って言って手を合わせるんだ。そんな妹を見てたらなんか、泣けてきちゃってさ。あいつ、人見知りはするわ、いっつも俺の背中に隠れてるわ、口下手だわで心配だったんだ。俺の、大好きな、大好きな妹だったから。」
アーネストは流れる涙もそのままに話し続ける。
「それから、天界に帰った俺は・・・、神様の水晶を借りて人のことをよく観察するようになった。今度は、今度こそは妹みたいな人を『生きてるまま』救えるように。それで人の表情に機敏になった。俺は・・・、お前を見つけた時、今度こそ、って思ったんだ。笑ってるのに泣いてる、喜んでるはずなのに泣いてるお前の表情を見て救いたいって心から・・・、そう、思ったんだ・・・。」
気づいたら、私も泣いていた。
『可哀想』とか『尊敬』とかそういうのじゃなくて何も考えず、ただただひたすらに気づいたら涙が流れていた。
「アーネスト、ありがとう。私はアーネストのお陰でもう救われてるんだよ」
私はぎゅっ、と力一杯アーネストに抱きついた。
「だから、アーネスト。自分を犠牲にしないで。他人の幸せを祈りすぎて自分の幸せをおろそかにしないで・・・。」
そんな事は誰も喜ばないから・・・。
妹さんも。私も。
「・・・っ、うん。ごめん・・・」
アーネストは抱きついている私に腕を回した。
「・・・そこはありがとうって言えよ、コノヤロウ」
抱きついたままアーネストを茶化すと少しだけアーネストの抱きしめる力が強くなって本当に小さな声で「ありがとう」という声が聞こえた。
「・・・ねーえーー!!!僕の事忘れてない?」
そこに割り込む声が一つ。
「・・・神様、空気読みません?」
私はアーネストから離れて神様を睨む。
「なにがー?!僕、ちゃんと話してる間は静かにしてたよ!ねぇねぇ!僕も褒めて!」
「神様。」
私に撫でて欲しいのかなんなのか頭を突き出してくる神様と私の間にアーネストがわりこんだ。
「なーに?アーネスト」
「今、控えめに言って神様をかなりフルボッコにしたいです。出来ればそのお美しい顔の原型がなくなるまで。」
・・・あれ?今のってアーネストから出てきた言葉だよね?
オカンスキルを持っているアーネストの口から出た言葉だよね?
・・・ん?あれ?おおよそアーネストらしくない言葉が・・・。
ちらりとアーネストの方を振り返るとアーネストはめっちゃ真顔だった。
・・・めっちゃ怖ぇ。なんか分かんねぇけどアーネストめっちゃ怒ってる。めっちゃ怖ぇ。もう一度言うよ、めっちゃ怖ぇ。
さっきまでの泣いてた可愛らしいアーネストはどこに行ったの?何?アーネスト、がく☆ぷりの登場人物から暗殺者に転職でもするの?目が完全にそれのそれだよ。
若干、私が怯え気味にアーネストを見てると視線に気づいたアーネストはニッコリと笑った。
その笑顔がいつもの笑顔で私は安心した。
・・・でもその後に神様に笑いかけた時は目が笑ってなかったよ?
神様、なにしたの?
神様もアーネストの視線には気づいているのかすごい怯えながら私に説明を始めた。
「そ、それで直前まではアーネスト、もうあの世界でアーネストとして生きるって言ってたんだけどイリーナちゃんを見てからはあの人がここに来るまでは俺はあの世界に行かないって言うからちょうどいいと思って僕のお気に入りのイリーナちゃんを天界に呼び出したんだ〜。でもアーネスト、緊張してたのか最初の態度、ちょっとぶっきらぼうだったよね・・・って、ひいっ!!なんでアーネストそんなに睨むのぉぉぉ!!」
なんか神様が泣きべそかきながら抱きついてきたので適当にあやしているとアーネストから不穏なオーラが出始めていた。
「ア、アーネスト?」
「ん、ちょっとイリーナ。神様から離れてくれる?」
「え、うん。」
「え、ちょっとまって!イリーナちゃん!離れないで!!あっ!イリーナちゃぁぁぁぁぁん!!!!」
私が離れた瞬間、神様は絶叫し、アーネストは私の位置からは顔が見えなかった。
・・・神様めっちゃ怯えてるけどアーネストどんな顔してるん?
カオスな状況を見守りながら私は状況を整理する。
つまり、アーネストはヒロインが逆ハールートに入っても入らなくても私のことは殺さないってこと、だよね?
それに関しては完全に私の早とちりというかなんというか?
・・・恥ずかち。
・・・でもって?もしかしてアーネストはこのまま私の味方でいてくれる?
「アーネスト!」
未だに神様と威嚇しあっていたアーネストを呼ぶとアーネストはくるっと軽やかに振り返った。
「なに?」
「あの、さ。これからも私の味方でいてくれますか?」
恐る恐る聞いたのに、アーネストは私の言葉にポカーンと口を開けて何も喋らない。
「・・・アーネスト?」
「も」
「・・・も?」
首をかしげて聞き返すとアーネストは私の体にいきなり体当たり・・・じゃなくて抱きつかれた。
「もちろんだろーが!」
ちょっと、と言うかだいぶ抱きつかれる力が強くて痛いんだけどアドレナリンが出てる今の私は気にせず聞き返す。
「ほ、ほんと?!」
「あぁ。もう乙女ゲームがどうとか気にしないでいいからな。お前の好きなように生きろよ!」
「え、あ、う、うん!」
混乱しながらもアーネストが味方でいてくれることに喜んでいるとまたもや空気の読めない大会があったらぶっちぎりで優勝をとるであろう神様が割り込んできた。多分本当にそんな大会があったら連続で優勝しすぎて殿堂入りすると思う。
「僕もイリーナの味方!」
神様がなんともお美しいご尊顔を存分に使って可愛らしく笑いかけてくれたので私は笑顔で返答した。
「あ、遠慮します」
「なんで?!!」
もう不安なんて1ミクロンたりとも無かった。
シリアス逃げた・・・。
神様、お前さ・・・。




