1.プロローグ
それは突然だった。
幾条もの光が帯状に拡散し、そして収束した。
その直後である。見慣れた景色を蹂躙せんばかりの眩い光が盛大に弾け、ぼくの視界を白く染め上げた。
声が、聞こえた。
とても澄んだ声だった。
「──そう! わたしこそが108の前科を持つ女。ありとあらゆる世界で、ありとあらゆる法を犯してきた世紀の大犯罪者であるッ‼」
内容はちっとも清涼では無かったが。
その口上を聞いて、ぼくはこうも思った。
え、その設定だと前科108じゃ済まなくない?
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朝。
ぼくは、いつものようにちょうど太陽が地平線に見える時刻に目を覚ました。
約3キロメートル先に垣間見える魔王城から聞こえる、謎の鳥の鳴き声をBGMに朝食を摂る。
昨日の残りであるスープに軽く火を通し。
これまた昨日、7日分(この世界に一週間という考え方はない)まとめて焼いた白パンを次元隔離型保存庫から3個取り出し魔法で生み出した炎で軽く炙る。
野生の魔牛から搾った牛乳をコップに注ぎ準備完了。
決して豪勢とは言えない朝食を食べながらぼくは、何とはなしに自分自身の半生を回想した。
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目を開けてもぼんやりとした景色しか知覚出来なかった。
体もうまく動かせない。軽くパニックになりながらもどうしようもないため、おとなしくしていた。
……しようとしていた、と言っていいい。いや、まあ深くは語るまい。
── 生理欲求には勝てない、後に乳児期であったと判明するこの期間を表すなら、この一言で事足りる。
なんやかんやで1年か2年が経ち大分視界がクリアになり、分かったことがある。
まず、うすうす感づいていたことだが、どうやらぼくは転生してしまったようだ。それに伴い人間関係を中心に生前(?)を彷彿とさせる記憶もどこかに旅立っており、帰ってくる見込みは今のところ皆無である。
ところが不思議なことに、それ以外のことは苦も無く思い出せる。
インマヌエル・カント。彼はドイツの哲学者である。あらゆる権威の徹底的批判を根本精神とする批判哲学を大成し、近代哲学の祖とよばれる。
理性の理論的認識能力の批判によって客観的認識の可能な領域を経験の世界に限定して科学的認識の成立根拠を基礎づけると同時に、神・自由などの形而上学的対象を実践理性の要請として位置づけて、道徳的価値や美的判断の根拠をも明らかにすることにより、文化諸領域を基礎づけた。
著作に「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」などがある。
こ、これがスッと出てくるなんて。
いったいぼくはどんな人生を送っていたのか、謎しか感じないのだが。
次に、ぼくが生まれた世界は、地球とは異なる理で動いているらしかった。
月(と思われるもの)は余裕で2つぐらい夜空で煌々と輝き。
極めつきには、ある日突然太陽(と思われるもの)が忽然と姿を消し全世界が極寒に襲われたかと思いきや、次の日には何食わぬ顔して太陽(と思われるもの)が昇っていたりする。(『太陽の代替わり』や『太陽神の休日』と呼ぶらしい)
ここまでの事実を並べて見てみると、この世界の特徴に心当たりがあり過ぎることに気づいた。
ぼくが、生前(?)もっともやりこんだ、『fall into ruin ──この滅びゆく世界でなに思ふ──』というそんなに面白くなさそうなタイトルをもつゲームアプリの世界観と酷似していたのだ。
タイトルとは裏腹に、かなりやりこみ要素が多岐にわたり、飽きが来ないのだ。例えば、キャラクターメイキングのときには、与えられた数値の範囲内ならばステータスを自由に割り振れる。だから仮に与えられた数値を100とすると、STR:100であとは軒並み0にすることで本当の意味で極振りを実現できるのだ。更に忘れてはいけないのが複数の自分のサブアカでパーティーを組め、同時に指揮、育成が可能である。
まあ、他にも様々な機能があり語り出したらキリがない。とまれ、かなり自由度が高いのだ。
最後に、挙げなければならないのが母上がとっても美人であるということだ。
腰まである艶やかな金の髪に、見る人によっては冷ややかさえ感じる強い意志を湛えた怜悧なサファイアのごとき瞳。すっきりとした鼻筋に陶磁器のように白く透明感のある肌によく映える赤い唇。
母性を感じる豊かな胸に、きゅっと絞まったウエスト。
窓からチラッと魔王城らしきシルエットが見えたため、家の立地はラスボス前の最後の村であるという事実が霞んでしまうくらい文句なしに美人である。