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「君がルーベンス君だね?ああ…良いよ挨拶なんかいらないよ」
国王は俺が慌てて席を立ち、深く礼の形を取ろうとすると片手を上げてそれを制し、自らも適当な席にさっさと着いてしまう。
俺がどうしたら良いか分からず立ち尽くしていると、『座らないの?』と首を傾げられた。
俺もそのまま立っていても仕方がないので、素直にそれに従う事にした。
「それじゃあ改めまして、僕がこの国の王をやっているジギスムント・ディ・サングリアというものだよ。ルーベンス・ボドリー君?…いや、今はルーベンス・ネヴィル君だったかな」
「は、はい。此度は国王陛下に御目見得出来ました事、心より…」
「ああ〜良いから良いから、これは別に公式な謁見じゃないしねー」
「はぁ…」
今日は挨拶を遮られてばかりな気がする。
「ちょっと君を直に見てみたくてね。まあトーマスが気に入った時点で問題ないとは思っているけどね」
「国王陛下…一体何を…」
「うんうん、何を言いたいのか分からないって顔をしてるね」
「いえ、決してそんな…」
めっちゃ思ってます。
「僕達は今回の件で、結果として君を見捨てる選択をしてしまった事に対して非常に申し訳ないと思っているんだ。まだ成人すら迎えていない子供に『黒の試練』など乗り切れる筈もないのにね。しかし、分かって欲しい。『黒の試練』は当人だけでなく周りの人間も試される。君を助ける為にその者たちを危険に晒すわけにはいかなかったんだ」
「では、今回『黒の試練』を受けたのは…」
「そう、君一人だけだ。僕達は君の『噂』がレウによるものだと分かっていた。分かっていて君を公爵家から除籍し、マトゥン子爵家に送ったんだ。君一人に全て押し付けてしまった為に、君は全てを失ってしまったというのに。………………それでも、我々は『レウの悲劇』を繰り返す訳にはいかなかったんだ」
申し訳なかった…と国王が俺に頭を下げる。
俺は静かに首を振る。
「国王様、どうぞ顔をお上げ下さい。レウが私を狙ったのはレウの都合です。その事で国王様が謝る必要など御座いません。寧ろ少しの犠牲で多くを助けるその判断はとても英断だったと思います」
顔を上げた国王の目をしっかりと見つめてそう告げる。
多分俺でも同じ判断をしたかもしれない。『陛下』を守る優秀な人材を失う事は、貴族の子供が一人いなくなる事よりも余程重大だ。
国王は暫く俺の顔を見つめていたが、はぁぁ…と盛大に溜息を吐いた。そして片手で顔を半分覆ったままこう零した。
「僕も耄碌したなぁ…こんなに判断を見誤ったと思うのは初めてだよ。事前に君と話す機会を設けておくべきだった。君を中央から遠ざけてしまったのは、国にとって酷い損失だ」
「いや?会っても分かんなかったと思うぜ?実際俺も分かんなかったしな。コイツいきなり化けやがった。前見た時とはまるで別人だぜ。…偶に居んだよなぁ、窮地に立たされて覚醒する奴」
伯爵はニヤニヤと笑いながら俺の方を見る。
「トーマスと一緒にしないで欲しいなぁ仮にも僕は国王だよ?人を見る目はあるつもりだ」
「いーや、絶対分かんなかったって」
まるで子供の様に分かる、分からないと言い合う二人の大人に俺は内心溜息を零す。
それにしても伯爵、国王に対して気安過ぎるだろ……まてよ、友人って
「あの、もしかしてお二人は…」
「ああ、ダチだぜ」
「うん、もう悪友と言った方がいいレベルだけどね」
そのまさかでした〜…
どうやら、俺の事を伯爵に頼んだのは、まさかの国王陛下だった様だ。
「あ、そうそう、一番大事な話がまだ出来ていなかった。……ルーベンス・ネヴィル君」
「はい」
やっと本題に入ってくれる様なので自然と俺も姿勢を正す。
「君、マトゥン子爵領引き継がないかい?」
…………………。
「…………………はい?」
まさかの衝撃発言に、俺の思考は完全に停止した。
陛「随分と彼を気に入ったみたいですねぇ」
ト「ん?ああ…まぁな。俺は犬は嫌いだが、狼は嫌いじゃねぇからな」
陛「へぇ…じゃあ彼は狼、という事なのかい?」
ト「さぁな」
陛「それはまだ分からない、という事?」
ト「そうだな。…ただ、まぁ…一つ言えるのは『前』の彼奴は、『犬』ですらなかった。って事だな」
陛「……へぇ…それは、興味深いですねぇ」
ト「だろう?…ククッ……さて、『アレ』は一体誰なんだろうな?」




