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「ルーベンス様お茶は如何ですか?」
「ああ、じゃあ頼む」
彼女に入れてもらうお茶は、飲んだ瞬間の口に広がるすっきりとした香りが特徴的でとても気に入っていた。どうやら薬膳茶の様な物らしいが、苦くも不味くもないので、普段から割と好んで飲んでいる。
「ん。旨い」
俺が素直にそう褒めると、サーニャは照れた様子で少し居心地悪そうにしていた。
「それは良かったです」
結局、地下牢での出来事の後、サーニャは釈然としない様子でありながらも俺付きの侍女になる事を了承してくれた。
実を言うと、サーニャが此処に残ってくれるかどうかは半々だと思っていた。牢から出した後、忽然と消えてしまうのでは、とも考えていたのだがこうして俺の側に居てくれるのは純粋に嬉しい。
因みにあれだけ反対していたセバスはというと、あの後から急に忙しくなり子爵と共にバタバタと走り回っている様で、殆どその姿を見る事がなくなっていた。
子爵に連れられて城にも呼ばれたらしいし、何か事態が動いているのは間違いない。
一方俺はというと、謹慎処分が終わる日までしっかりと休養を取るように、とセバスから懇々と言われているので、再び部屋でまったりと過ごす日々が続いていた。
この一ヶ月である程度身体を鍛えようと思っていた当初の予定とは、真逆の生活を送る事になっている自分に、何とも言えない気持ちにはなったが、自分の身体はこれからでも作っていける。
今は『黒の試練』を無事に乗り越えられた事を素直に喜ぶ事にして、残りの謹慎生活を過ごす事にした。
そんな俺のまったりとした生活に変化が訪れたのは、謹慎生活も残りあと3日となった時だった。
セバスが久々に俺の部屋にやってきて、
「これから会って頂きたい御方がおります」
と言ってきた。
その上で、屋敷の外に出る事になるのだが体調の方は大丈夫かとも聞いてきた。
セバスの様子からして現在謹慎中の身であったとしても、これを断る事は出来ない相手の様だ。
「ああ、ここ最近は特にゆっくり過ごしてたからな、体調はそれ程悪くない」
「左様で御座いますか」
セバスも俺の体調が大分回復しているのが分かったのか、嬉しそうに目を細めて何度も頷いている。
「それで服はどうしたらいい?相手の身分が分からないから服はセバスが選んでくれると助かるんだが」
「畏まりました。直ぐにご用意致しましょう」
「ああ、よろしく頼む」
そうしてセバスの用意した服を着て少し髪を整えた後、約一ヶ月ぶりに屋敷の外に出る事になった。
俺は馬車の中で、俺に会いたいと言ってきた人物の事について考えを巡らせていた。
今、このタイミングで俺を呼び出したと言う事は十中八九『レウ』絡みの事だろう。
相手がどれだけの情報を得ていて、何を要求してくるか。
セバスが事前に注意する様に言ってこなかったところを見ると、『敵』ではないと思うが…
もし、サーニャの事がばれていて、俺が屋敷を離れている間にサーニャを捉えるつもりなら…
…いや、単純に『レウ』について聞きたいだけの可能性もある。ならば、『レウ』に狙われた家の一つか…?
いずれにせよ、こちらに一切情報が無い以上、様々な状況を想定しておいて損は無い筈だ。
相手の屋敷にどのくらいで到着するかは分からないが、出来る限りの事は対策を練っておこう……
……まったく、『此処』に来てから色んな事が立て続けにあり過ぎて、困ったもんだ。
この分だと、学園に戻ってからも色々と大変そうだな……
「ホント…困ったもんだ」
困った、と口では言っているものの、その口元は笑っていてどこか楽しんでいる様でもあった。
しかし、馬車の中にはそれを指摘する人間などいる筈もなく、その呟きは空気に溶けて消えていった。