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俺は今、この白い空間を只管歩いて探している。(感覚的なものだが)
何故なら、此処には『アイツ』が居る筈だからだ。
始めはもう『あの時』に壊れて消えてしまったのかと思ったのだが、
人間そんなに簡単に精神崩壊なんかしない。
完全に壊れたと思っても、時間が経つとある程度は回復してくるものだ。
俺が再びこの空間に来た時にも、確かに『アイツ』の気配を感じる事が出来た。
しかし、
気配はあるのに何処にもいないんだよなぁ…
困った事に、気配を見つけて近付こうとすると、気配が遠ざかってしまうのだ。
それを何度か繰り返した後、
いや、これって別に近づかなくても良いんじゃないか?
という事に漸く気付いた。
此処は『アイツ』の精神世界なのだから、何処から声を掛けても聞こえる筈だ。
……まったく、世話のやける奴だ。
「おい、ルーベンス。居るんだろ?」
返事はない。
「お〜い、傲慢で高飛車、性格最悪のルーベンス君〜?恐い事はしないから出ておいで〜」
『ッぼくは!傲慢でも高飛車でも、勿論性格だって悪くない!』
速攻で反論してきた。いや、お前チョロ過ぎるだろ。
「はいはい、そうですね〜」
『君は僕をバカにしてるの!?』
「いや?俺はお前に聞きたい事があったんだ」
『何だよ!聞きたい事があるなら聞けば良いじゃないかッ…そうしたらもう、僕を放っておいて…』
「お前は『身体』を取り戻したいか?」
『な…………』
「俺は、お前が戻りたいならそれでも構わない。俺は既に死んでいる筈の人間だし、コレは元々お前の身体だ」
『……………死んでるって…「君」は、一体誰なの…?』
「ん〜?俺は俺だよ」
『…………』
「で、どうしたい?」
『そ、それは確かに戻りたいけど…僕はもう公爵家ではなくなってしまったし…あの方にも…………そんな事、直ぐには決められないよ』
「ふ〜ん、そういうものか?」
俺なんか公爵家が嫌すぎて家を飛び出したんだけどな。
「あ。そういえばお前ってどの公爵家なんだ?」
『なっ…何で今まで僕の身体使っててそんな事も知らないの!?』
「いや、そう言われてもなぁ…結局家の名前なんか使う事なかったし、自分で自分の家の名前教えてくれって言うのもおかしいだろ?」
『それはっ…そうだけど、…僕の家は………あ。そうだ今なら僕の記憶と繋げるんじゃないかな』
良いことを思い付いたとばかりにそんな事を言うルーベンスに、どんでもなく嫌な予感がする。
「え?ちょっと待て、それは」
マズイと言おうとして、言えなかった。
突如として頭の中に膨大な量の記憶が入り込んできたのだ。
まるで濁流の様なソレに俺は本能的に危険を感じていた。
これはやばい…神経が焼き切れそうだ。
俺は何とか無理やりに回路を断ち切る。が、それでもかなりの量の記憶が流れ込んでしまった様で、頭がぐらぐらする。
流石にルーベンスもこれは駄目だと気付いたのだろう。おずおずと、
『……大丈夫?』
と聞いてきた。
「大…丈夫、じゃねぇっ………お前…いい加減にしろよ…?……これ下手したら脳の神経焼き切れて廃人になってたぞ…」
マジでやばかった。
『ご、ごめん』
ルーベンスも悪いと思ったのか素直に謝ってくる。
「はぁ………でも、まぁ俺の知りたい事は大体分かったからいいか」
溜息を吐きながら、俺がそう言うとそれに合わせたかの様に空間が歪み始めた。
どうやら目覚めの時らしい。
「ルーベンス。戻る覚悟が出来たら言えよ?」
俺はそれだけ言うと、今度は無駄に抵抗する事なく、その渦に身を任せてそのまま飲み込まれていった。




