22(セバス視点)
時間軸漸く追いつきました。
それから5日後、わたくしの教育の成果もあってか屋敷に戻ってきた旦那様は、随分とルーベンス様に対しての態度が柔らかくなりました。
何か意図があっての事かもしれないと告げるのを我慢していたのですが、どうにも堪えられずに旦那様に『ルーベンス様はお嬢様の事には全く関わっておりません』と告げてしまいました。
あの時のまるで絶望した様な表情は、嫌味を言っていただけにしては大袈裟ですが、元々小心者の旦那様だけに今更我に返って青褪めたのでしょう。
二人だけで話をしたい。と旦那様だけでなくルーベンス様もおっしゃるのでしぶしぶながら了承したのですが、先程から気になってドアの前をうろうろしてしまいました。
給仕をする者に、邪魔なので居るならせめて厨房の方にして下さい。と言われ厨房まで来てみると、なにやら料理長の不満げな声が聞こえてきました。
…どうせ今はする事もないですし、屋敷で働く者の不満は取り除いておく事にしましょう。
「どうかしたのですか?」
「セバスさん!…あ、いや、執事長。何で此処に?」
仕事の時は執事長と呼ぶ様に皆に教育してあるので皆そう呼ぶのですが、目の前のこの男だけは何年経ってもこうして時々言い間違えるので、最近はいちいち言うのを止めました。勤務態度さえ良ければ基本問題ない、という事で折り合いをつける事にしたのです。
「…いえ、ドアの前でうろうろしていたら給仕の者に此処に回されてしまいました」
「ああ…セ…執事長は特に一緒にいた時間が長いから心配ですね。旦那様って全然懲りてないですし」
「………どういうことですか?」
知らず顔が険しくなる。
「え?あ、その……俺だって旦那様の悪口が言いたい訳じゃないんだ。今までだって貴重だっていう『あの』調味料をあの坊ちゃんのにだけに入れてくれって。公爵家で出される物とはどうしても差を感じてしまうかもしれないから、私との食事の時くらい満足してもらえる様に…って。色々あの坊ちゃんには言いたい事があるだろうに、そうやって気を配ってたんだ」
そう言ってから男は顔を顰める。
「けどよぅ、今日の食事はある意味仲直りの食事だろ?今日こそ『あの』調味料が必要だろうに、今日は入れなくていいって言われたんだ。だから、俺は怒られるのを覚悟で最後の一滴を入れたんだ、けどよぅ……今更不安になってきたんだよなぁ………俺、クビとかにならないかなぁ」
「その調味料を見せてもらえませんか?もしかしたら、種類によっては今後も調達出来るかもしれませんし」
セバスはそんな万能な調味料ならば多少高額でも定期購入出来ないかと考えを巡らせる。
「え!本当ですかい!?………コレなんですが。どうです?買えそうですかい?」
瓶には特に変わった特徴もないので、蓋を開け匂いを嗅いでみる。
「…………………これを、毎食ルーベンス様の食事に入れていたのですか…?」
「え?はい。旦那様との食事の時はいつもこれを入れてましたよ?」
わたくしは男の言葉を聞いた瞬間、
まるで自分の身体が爆発してしまうのではないかと思う程に、怒りで身体が熱くなりました。
この微かな刺激臭。これは間違いなく『毒』です。
こんな物を、ルーベンス様の食事に、『毎食』も入れていただなんて……
わたくしは夢中で廊下を走り、食事の間の扉を開けました。
そこには、
顔を真っ青にして固まっている旦那様と、
血を吐き、倒れそうになっているルーベンス様の姿がありました。
「ルーベンス様!!」
わたくしはルーベンス様に向かって駆け出しました。
折角見つけた、わたくしの『主』。
…決してッ、こんなところで亡くしたりなど、致しませんッ。




