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21(セバス視点)

 





 熱で浮かされるルーベンス様を痛ましく思いながら、温くなってしまった布を一度額から外すと、水を張った桶に入れてそれを絞り、再び額の上に戻す。


『あの時』は、少しは旦那様の吐け口になれば良いと思っておりましたが、今はそんな自分をボコボコに殴りたいですね。


 あんな風に食事の度に責められていたのでしょうか…?


 しかし、それにしても何故自分でやった訳ではないと言わないのでしょうか。言えばあの様に責められる事もないでしょうに……


「う……」


 セバスの思考の渦に沈みかけていた意識は、ルーベンス様の苦しげな呻きであっさりと浮上する。


「ルーベンス様、起きられたのなら…」


 わたくしは声を掛けようとして、その言葉を途中で飲み込んでしまいました。

 …何故ならルーベンス様は何事かを口にしながら、スーっと涙を流していたのです。



「……ん…な……ぜ………」


「ルーベンス様。起きて下さい」


 わたくしはルーベンス様を起こしに掛かりました。寝ている間とはいえ、このままこの様な顔をさせておく訳にはまいりません。


 何度か声を掛けると身じろぎが徐々に大きくなってきました。そして…



「へいか!」


 と、そう口にしながら目覚められました。


 …『へいか』とは『陛下』の事でしょうか……?


 いや、そんな事よりも、


「目が、覚めましたか?」


「セバス…」


 普段よりも弱々しいその声に、胸がズキリと痛みます。


「熱が大分高くなっております。水は飲めそうですか?」


「……ああ、問題ない」


 わたくしは様々な聞きたい事が頭の中を錯綜し、ルーベンス様に水を渡した後は、何も言えなくなってしまいました。


 こんな事は今まで生きてきて初めての事です。


「……………」


 ごくごく…


「……………」


 ごくごく……


「……………」


 ごくごく……


 暫くルーベンス様の水を飲む音だけが響く。


 その音は私の混乱した思考を落ち着いたものにしてくれました。


 唯の水を飲む音ですら、わたくしをこんなにも落ち着かせてくれるとは…


「貴方は……」


「…………?何だ?」


 ごくごく……


「何故本当の事を話さないのですか?」


 ブッー……!!


「な、何をだ?」


 ルーバンス様は瞳がこぼれ落ちそうな程に目を丸くして、こちらを見ました。


「本当は、貴方がお嬢様を襲わせた訳では無いのでしょう…?」


「…………」


 やはり、ルーベンス様は何も言いませんでした。わたくしはその事に少し腹が立ちました。


 まだ、わたくしを信用してくれないのでしょうか。


「何故そんなに驚いているのですか?わたくしはそんなに人を見る目が無い訳ではありませんよ。貴方が噂通りの方では無い事は、以前から気づいておりました」


 少し咎める様な口調になってしまったわたくしは、未だ未だ未熟者でございます。


「いや……」


 まだ誤魔化そうとしますか。


「その事に気付いてから私は貴方の噂を色々とを調べ直しました。すると驚くべき事に噂の半分以上は貴方とは無関係だという事が分かりました」


「けど、それだと約半分は俺がやったって事なんだろう?だったら俺がその『お嬢様』の件に関わってないと言い切るには弱いんじゃないのか?」


 何故そんなに自分へと疑惑を向けたいのでしょうか。


「いえ残りの噂は、ほぼ出処自体不明なモノばかりでした」


 出処不明。


 その言葉を聞いた途端、ルーベンス様の周りの空気がガラッと変わりました。


 わたくしは訳も分からず、息を飲んでルーベンス様を見つめる事しか出来ませんでした。


「出処不明……セバスは貴族の間でのソレの示すものが何か知っているか?」


「い、いえ……」


「だったら、それ以上関わらない方がいい、消されるぞ」


 端的にそう言った後はルーベンス様から放たれる圧倒的な威圧感がなくなり、わたくしはホッとして漸く力を抜く事が出来ました。


「……わたくしでは力不足という事ですね」


 知らない間にギリッ…と奥歯を噛んでいた事に気付き慌てて力を抜く。


「ああ。無駄に死ぬ事は無い」


 そんなわたくしの心情を慮ってか心なしか口調が優しくなった気が致しました。


 わたくしは貴方に…


 しかし、わたくしはその言葉を飲み込むと、深く息を吐いて気持ちを切り替え『お嬢様』の件について話しました。





 ルーベンス様は『お嬢様』の話をしても、怒りを露わにする事はありませんでした。代わりに


「そうか。成る程な…それで」


 と、何かを納得したかの様に何度か頷いておりました。


 ルーベンス様の思考に着いて行けない自分が情けなく、ルーベンス様に着いて行くのなら自分はもっと努力しなければならない、とそう感じました。





『…ああ、彼に見合う様に努力しなければと思っている』





 いつか聞いたあの言葉は、今の自分と同じ様にこんな気持ちだったのでしょうか…?







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