18(ルーベンス視点→子爵視点)
ブクマありがとうございます!
これからも宜しくお願い致します!
更に評価もしていただけたら、私は空でも飛べてしまいそうです!
数日ぶりに会う子爵は、すっかり暗い陰が抜け落ち、耳と尻尾をしょぼんと垂らした大型犬の様になっていてちょっとびっくりした。
セバス……お前これじゃお仕置きじゃなく調教に近いんじゃないか…?
俺は、底知れない恐怖を感じセバスだけは本気で怒らせない様にしよう、と心に誓った。
子爵は俺と二人だけで話がしたい。と、少し俯きがちになりながら言った。
セバスやサーニャ達は反対したが、俺も子爵と二人だけで話したい事があったので俺からもお願いすると、しぶしぶではあるが了承してくれた。
そうして、いつも通り夕食を共にする事となった。
数刻後…
今ではもうすっかり見慣れた重厚な扉を開けると、子爵はいつもの席ではなく扉に近い方の席に座っていた。
つまり、いつも俺が座っていた席だ。
どうやら本当に毒気が抜けてしまった様だ。もしかしたらセバスから何か聞いたのかもしれない。
当然俺が暖炉の前の席に座る事になるのだが、なんだか逆の状態に慣れてしまってどうにも落ち着かない。
「すまなかった」
俺が席に着くと同時に子爵が席を立ち深く頭を下げた。
「セバスから聞いたのだ。君がしたのではない、と」
「…………」
「セバスに言われてしまったよ『真実を何一つ知ろうともしない愚か者だ』と。確かにその通りだった。私は自分で何一つ調べる事もせずに犯人は君だと思い込み、その憎しみをぶつけてしまった」
目を伏せ、謝る姿は本当に己の所業を悔いているようだった。
俺は軽く溜息を吐くと、
「………子爵はどこまで『真実』をお聞きになりましたか?」
と、静かに問いかけた。
セバスが教えてくれた『お嬢様』の件。
まぁ正直その事実にもびっくりしたが、しかし、この件は実はそんなに簡単な話ではない。俺も、セバスの話を聞くまでは確信が持てなかったが、今はまず間違いないと思っている。
子爵が真実を知っていて『アレ』を飲ませていたとは考えられない。
だとしたら、このままでは子爵が危ない。
彼は『真実』を知り、今まで以上に罪悪感に苛まれるかもしれない。しかしこの事件の深層に気付かなければ子爵は………………
だから、
俺は全て話そうと思う。この事件の『真実』を。
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(子爵視点)
「………子爵はどこまで『真実』をお聞きになりましたか?」
そう問う彼は、凪いだ海の様に静かな目をしていた。不思議なものだ、冷静になって見る彼はとても穏やかで理性的に見える。そんな事にも気付かないとは…今までの自分は随分と自分を見失っていたらしい。
「…娘の事に君は何一つ関わっていない、という事はセバスから聞いた。…だが、君のその言い方だとそれだけでは無い様だな」
溜め息混じりにそう言った途端、突然彼の纏う空気が変わった。
「……!!」
存在感が跳ね上がったのだ。他者を圧倒する程の存在感。
これでまだ齢15歳だというのだから末恐ろしい。
かの一族に、これ程までの存在が居ようとは……いや、もしかしたらまだその非凡さに気づいていないのかもしれない。でなければ彼を廃嫡するなどありえない。
「子爵」
私はそう呼ばれ、息を飲んだ。
ただ、呼ばれただけだ。
なのに何故こんなに緊張するのだ?
まだ子供だというのに、彼はなんていう空気を纏わせるのだろう。
まるで歴戦の将の様な……『将軍』でも相手にしているかの様な威圧感を感じる。
私はこの子の何を見ていたのだろうか。
「……なんだね?」
そう答える事が出来た自分を褒めたい。
「『真実』は貴方が思うよりもずっと複雑で残酷だ。それでも『真実』を知りたいですか?」
彼の目はとても澄んでいて、私が彼にした所業など歯牙にも掛けていない様だった。
………これが、『器』の違いか。
素直にそう思う事が出来た。いや…格の違いを魂に刻み込まれた、と言った方が正しいのかもしれない。
それ程までにこの…今、目の前にいる少年には敵わない、と本能的に思わされてしまった。
「私は今まで無知を晒してきた。知れる事も知ろうとしない情けない人間だった。だから……『真実』を、教えてくれないか?」
「知らない方が幸せである可能性もありますよ?」
「それでも」
私はここで一旦言葉を切り、目を閉じた。
「それでも、私は知らなければならない。だから……頼む」
もう、子爵の目に迷いなど微塵もなかった。
「分かりました。全てお話ししましょう」
彼は軽く目を伏せ、静かにそう告げた。しかし、
「けど、とりあえず先に食事にしませんか?あまり楽しい話ではないですし…私は食事は楽しく食べたい人間なんです」
先程までの厳かな雰囲気を綺麗に収め、彼はニッコリと笑う。
彼の言葉で、初めて自分が緊張し知らず拳を握り締めていた事に気づく。
「…ああ、では直ぐにでも持って来させよう。今まですまなかった、今日は何も入っていないので安心して食べてくれたまえ」
……彼に気を遣わせてしまった様だ。
食事が運ばれてくる間、彼と他愛ない話をした。
そういえば…と彼はふと思い出した様に聞いてくる。
「食事に入っていたアレ、子爵が自分で用意した物ではないですよね。誰かに貰ったんですか?」
「ああ、友人と飲みに行った時に意気投合した男なんだが、懲らしめたいなら丁度いい物がある、とコレをくれたんだ…君にも大人気ない事をしてしまった…すまない。」
「………ちなみにソレは何処にありますか?」
「?あのクムの樹液の事か?あれはまだ厨房にある筈だが……もしかして私に使うのかい?……いや、その位は当然受け止めるつもりだが…」
クムの樹液とは家具などの防腐剤によく使われる物で稀に食品にも使われる事もあるのだが、あまりに強烈な苦味がある為原液で使われる事はまず無い。うっかり原液を口に入れようものなら3日は舌が使い物になら無くなるだろう。
そんな物を入れた食事を私は彼に食べさせていたなんて。…本当にどうかしていた。…それでなくとも子供は大人に比べて味覚が鋭いのだ。彼の苦しみはどれ程のだったろう…
だからこそ、彼がそれを望むなら、私はしっかりとそれを受け止めよう。
「……………クムの樹液って(ぼそり)」
「ん?何か言ったかね?」
「…いえ、何も言ってないですよ?」
「そうか?」
そうしている間にも食事は整えられ二人は食事を始める。
そして、
彼は『スープ』を一口飲んだ後、
ゴフッ…と噎せて…血を、吐いた。