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「それでは食事をする部屋へご案内致します」
夕食の時間になり迎えに来たセバスにそう言われ後に付いて部屋を出た時、ふとそういえば此処に来てから一度も部屋から出てなかったな、と気づいた。
客間だけあって不浄もお風呂も必要なものは全てあの中だけで揃っている。
よく考えたら、数ある部屋で敢えて客間に通されたのもそれが理由だったのかもしれない。
「迂闊だったな…全然気が付かなかった」
誰にも聞こえないほどの声でぼそりと呟く。
鍵こそ掛かってはいなかったが、あの部屋は『隔離』と『監禁』を兼ねていたのだろう。
いつもなら真っ先に思い当たる筈なのに、ここまで来るまで全く気付きもしなかった。
思った以上に動揺してたのかも…な。
この時代に飛ばされた事や、
違う人間の中で目覚めた事、
『陛下』もどきに罵倒された事も。
おまけにこの身体が虚弱過ぎてベッドの上にいる事も多かったからな。
この部屋を選んだのがセバスならまだいい。世話がしやすいとか、そんな事だろうしな。
但し、ここを選んだのが『当主』だった場合、
ちょっと気を引き締めないとヤバそうだな……
そんな事を考えている内に、ある重厚な扉の前まで来た。
「旦那様、ルーベンス様をお連れしました」
セバスがノックの後、そう声を掛ければ中から少し低めの声で
「中に入って貰いなさい」
と、入室の許可が出る。
中に入ると、真ん中に大きな暖炉とテーブルが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
しかしどこか暖かみを感じる部屋でもあった。きっと此処は普段家族と食事をする為に使われているのだろう。素朴な装飾が家主の人柄を表しているようで少しホッとした。
だからこそ、余計にショックだった。
マトゥン子爵の瞳に『彼ら』と同じ感情を見つけてしまった事に。
マトゥン子爵は入ってきた俺に、
「すまないが少々腰が痛くてね、このままで失礼するよ。どうぞ好きな席に腰掛けてくれ」
と軽く手を上げて挨拶をしてきた。
……………。ふむ…なるほどね、そう来るか。
マトゥン子爵が座っているのが、丁度暖炉の前にある席。
そこはこの部屋で一番格が上の席となり、本来ならばそこは主客である俺が座るべき席である。
そしてその反対側に主人が座るのだが……
最初から席を乗っ取りやがった。
おまけに、席を立たずに片手だけの挨拶。
つまり全てを総合すると、
『公爵家の後ろ盾のない今のお前は子爵でしかない自分が、これ程失礼な事をしたとしても全く問題ない程に脅威ではない』
といった感じだろうか。
最初からやってくれる……
これは貴族にとっては最大の侮辱行為なので、そうゆう意味でもかなり効果的ではあるだろう。
相手が俺じゃなければな。
俺も『前』は公爵家に生まれた次男だった。
けど俺はその地位が大嫌いだった。だから軍人になったのだ。
だから『此処』に来て、真っ先に爵位継承権が剥奪されたのは俺にとっては僥倖だった。
伯爵家での爵位継承も無いみたいだから、将来は冒険者をしてみるのも良さそうだ。
そんな突拍子もない事を考えながらも、顔には極上の笑顔を浮かべ、小さく首を振る。
「いいえ、お気になさらずマトゥン子爵、お身体大切にして下さい。此度は不肖な私の身を預かって頂き感謝致します。子爵に光の神の加護があります様に…」
俺がそう言うと、子爵が僅かに目を見開く。俺が紛れもなく本心でそう言っているのが分かり、困惑しているようだ。
他の貴族だったならば間違いなくそれを指摘して席を変わらせる事だろうに、あっさりと受け入れた俺の真意を測りかねているのだろう。
言っては何だが、この人は策略に向いている感じでは無いな。
表情も言動も簡単に読めてしまう。今までそういった駆け引きをする機会が少なかったのだろう。
そんな人物にあんな目をさせる程、『コイツ』は一体何をした…?
……その時俺は、何か言い様の無い不快なざわめきが身体の奥底から湧き上がって来るのを感じ、知らず拳を握りしめていた。




