最愛の人へと送る鎮魂の剣
それは巨大だった。
ただの鉄の塊といえばそうなのだろう。
幻想を叩き潰すためだけに砥がれ、磨かれ、打たれ、鍛えられた剣。
誰がなんと言おうと最高傑作と評するものができた。
この剣を打ち始めて早数ヶ月。わしの命ももうじき尽きようとしている。
「やっとできた」
それはわしの命を注ぎ込んで完成した命と魂の剣。
後は勇者がこれを取りに来てくれればいい。
使いは出した。弟子であるシオンには悪いがわしはここまでだ。
全ての命をこれに注ぎ込んだ。
全ての業をこれに注ぎ込んだ。
全ての魂をこれに注ぎ込んだ。
「ああ、ようやく叶った」
最期の力が抜けていく。この身を支えるものはもう何もない。
未練はあるが、それは悔いじゃない。いや、悔いなのだろうか? だがそれはもう諦めたものだ。
この剣を敬愛する勇者が振るい、そして、この世界を救ってくれるはずだ。
すでに何も見えない。ただ真っ白な光景が広がっている。
「まったく、本当に呆れるわ。あんな剣を打ちきるなんてね」
声は唐突に、だがしっかりと俺の耳に響いた。
真っ白な世界にふわりと浮かび上がるその姿には見覚えがあった。
俺の師匠であり、この剣を打つための業を仕込んでくれた最愛の妻。
「なんだ、お前迎えに来てくれたのか」
「迎えに来たわけじゃないわよ。あんたが私のとこにきちゃったんじゃない」
そうなのだろうか。俺は彼女と同じ域までたどり着けたのだろうか。
「辿り着けたからここにいるんでしょう。あなたは私と同じ“神剣打ち”に、神格持ちになっちゃったんだから」
神格持ちか。そんなものはいらんのだが。お前に会えたのだけは僥倖だな。
現世への未練は断ち切った。後悔もない。だがふとあの日の自分を省みて彼女に問いたい事はあった。
「なあ」
「なによ」
「俺、最期までお前の旦那として、弟子としてしっかりやれたかな?」
ああ、懐かしい。もう二百年近く前に最期を見たときと同じ表情<かお>。
「当たり前でしょうが! あんたは私の自慢の旦那で、最高の一番弟子なんだからね!」
ああ、報われた。
俺の全てはその言葉で報われたよ。
だから逝こう。死の先の道へ。剣を鍛え続ける永劫の世界へと。
勇者達が辿り着いたとき、彼は既に息絶えていた。
年老いて笑顔を忘れた彼の顔には、若かりし頃の笑顔が戻っていた。
満ち足りた笑顔だった。
傍らには剣が突き立っている。彼の最後の作品。
最強にして無類の剣。
数多の幻想を切り裂き、世界に人の光を指し示した究極の剣。
銘は無い。ただそれは勇者達の胸にだけ刻まれている。