【番外編】サンタクロース理論
確か、中等部の頃だったと思う。
師走の街中は電飾で彩られ、浮かれたカップルがくっついて歩いている。
俺の隣には遥が歩いているが、何とも言えない距離だった。まだ照れがあったんだと思う。
「サンタクロースって、いつまで信じてた?」
遥がそんなことを言い出した。
俺は少し思い返しながら言う。
「うち、サンタシステムじゃなかったわ。婆ちゃんが普通にリクエストを聞いてきた」
「合理的だ。何をもらったんだ?」
「え? 普通にゲームとかねだってタイトルによっては断られたりしたな」
「そっか」
そっちは? と促す前に、彼女が話し出す。
「クリスマスの朝に、枕元にプレゼントが置かれてる系だった。今思えば、お母さんに聞かれてたな。でもサンタだって信じて疑ってなくて、窓際でお願いしたりしてた。……急に寮生活になって、初めてのクリスマスになってもプレゼントが来なかったから、察した」
「親から連絡は」
「来たから普通にリクエストして送ってもらった。だいぶ甘めだったな」
彼女はニヤリと笑ってピースする。続けて呟く。
「うちはね。もともとお父さんがなんか買ってくれるようなうちじゃなくてさ。誕生日プレゼントでも、欲しい物をもらうのに交渉が大変で」
ふと見ると、よそのカップルが、ツリーの前で告白の真っ最中だった。男から渡された包みを、女が困ったような顔で受け取るか考えているようだった。
遥の話が続く。
「物心ついてからの一番古い記憶のクリスマスプレゼントがね、ポケモンのゲームだったんだよね。タイトルなんだったかな……。とにかくポケモンだった。でもね、お父さん」
遥が一瞬言葉を考えて、呟く。
「ポケモン嫌いなんだよね」
「今時ポケモンアンチなんかいるのか?」
「なんか知らないけど、『れいとうビームとかってビームで光ってるのに冷えるなんてありえない』とか『高電圧の生き物に触るのにゴム手袋で耐えられるか』とか」
「ファンタジーにそれを言っちゃあおしまいだろ」
「ホントに」
遥がクスクス笑う。
「私と弟はまぁありがちにポケモンが好きで。アニメだけじゃなくてゲームが欲しくなるわけで。プレゼントが来て嬉しかったなぁ。だから、」
ツリーの男はプレゼントを受け取ってもらえたようだ。
「あれはね、サンタさんだったんだよ」
ツリーのカップルがいなくなった。近くで電飾を眺める。
「遥」
「なにー?」
もっと気の利いたことを言おうとしたが、吹き飛んでいた。
俺はポケットから小さな包みを差し出す。
「これ」
「えーっ? 用意してたのー!?」
「別に」
「開けてみてもいい?」
俺は黙って頷く。中身はさっき買ったキャンディがいくつか入ってるだけの袋だ。
でも、遥は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「えへへー。大事に食べるねぇ」
ポケットにしまいながら、ボソボソ言う。
「私、なんにも用意してないよ」
「そんなんじゃ」
「えー?」
彼女が俺の顔を覗き込んでくる。
「な、なに」
「下心があるように見えるなぁ〜?」
「なにもない」
「そう?」
彼女がすっと離れて、ホッとするような、ちょっと残念なような……。ち、違うぞ。
遥が宙を見てうんうん言ったあと、ポンと手を叩く。
「せや」
そして手を組み、
「【紡ぎしは氷雪――】……」
「えっ?」
遥が小さな声でボソボソ呟き続ける。詠唱だ。
「ちょ、誰が見てるか分からないから」
「…………【――降り注げ】」
彼女がゆったり両手を広げる。
「何をした……?」
彼女はにやにや笑っている。
「あれ?」
往来のカップルが空を見上げ手を広げている。
ちらちらと、雪が降り始めていた。
「え? え? マジ??」
「超局所的だし、すぐ止んじゃうと思うけど」
「そういう問題か!? 誰かに見ら」
「そう思う?」
遥がかすかに指を周りに振る。周りを見渡しても、カップルか、お一人で足早に去っていく人か、ともかく年の瀬は皆自分のことで手一杯のようだ。
「まぁまぁ……。心配なら撤退しますか。寒くなってきたし」
彼女はそう言って、……俺にすすっと近付いてくる。
そして世のカップルと同じように手を繋ぐ。
「帰ろっか」
誰が飾ったか知らない光を見ながら歩く。
彼女が早速袋を開けてキャンディを舐めている。同じ色のキャンディを口に放りこまれたが、味を忘れてしまった。
「翼くんは、私のサンタさんになりたかったのかなー?」
「それは、ちょっと、荷が重い」
「アハハ〜」
気が緩むと解けそうになる手を、なるべく繋いでいようと握り直す。可能なだけ、さり気な〜く……。
どこからか、鈴の音が聞こえた気がした。




