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【番外編】Q.絶対に失敗しないキスの方法は?

「久しぶり」


 遥が、座っている俺の顔を覗き込んで、そんな風に話しかけてきた。


「そんなことはないだろ」

「それもそうだ」


 彼女はそう言って身体を伸ばす。手を後ろに組んだまま、飄々とした雰囲気でぶらぶら教室内を歩く。


「ちゃんと周りの描写をするんだぞ」

「何の話だ」


 今は放課後の教室だ。既にほかの生徒の姿はなく、遠くに部活動をしているであろう掛け声や楽器の演奏音が聞こえてくる。夕日が差し込む教室は少しだけ埃っぽくて、光の筋が見えるようにキラキラしていた。

 遥が言う。


「"先生"はどうしている?」

「さぁ?」

「一体何回の新学期を通り過ぎてしまったんだい?」

「どうだろうな」

「私達は部室に行かなくていいのかい?」

「もう少し後でもいいだろう」

「そうかい」


 俺は今日は日直で、日誌を書き終えたところだ。担任まで持っていって、それから部室に向かうことにしている。遥がここで待っている理由は……なんだろう、特にないはずだが……。


「翼くん」


 彼女がそう言って、また俺を覗き込むように首を横に曲げて迫ってくる。


「キスをしましょう」

「急だな」

「許可がいるだろう」

「飲食中と危ないときと人が見ているとき以外ならいつでもいいぞ」

「こまけぇな。それはいつでもとは言わないのでは」

「今はどれも当てはまらない」

「成程」


 至近距離のまま、そんな会話をして、予備動作無しで顔が近づいてきた。

 唇が軽く触れあって、すぐに離れる。


 遥が呟く。


「キスの仕方って分かんなくね?」

「してから言うことか?」

「どうやって覚えたんだろう?」

「恋愛小説でも読めば書いてあるだろ」

「いやいや、キスをする描写はあってもね、『どうすればいい、できる』という風には書いていないのですよ」

「こまけぇな……」

「世の中にはね! 人生で初めてできた彼女を家に呼んでベッドに座ってもらってもキスすらできない男子大学生がいたんですよ!!!!」

「それこそ何の話だ!」

「想い出は遠くの日々」

「遠くの日々って言うなら蒸し返してやんなよ可哀想だろ」

「それもそうだな。今は違うかもしれないし」


 遥が人の悪そうな笑みを浮かべる。


「魅了持ちの月城さんちには代々伝わるテク的なものはないんですか!?」

「なぃ…………こともなかったわ」

「ナニィ!? それを早く言いたまえ」


 遥ははしゃいで黒板下の一段高くなっているところに腰掛ける。


「さぁ! ここからどうにかなるんですか!?」

「テンションたっけぇ……。てかなぜ移動した」

「なるべくシチュエーションを寄せてやろうかと」

「じゃあ俺たちは付き合いたての大学生で、俺の部屋にいるていなのね?」

「飲み込みが早い!」

「しょうがないなぁぁ……」


 俺はおもむろに自席から立って、遥に近づく。


「遥さん」

「はぁい」

「隣、座ってもいいですか?」


 遥は曖昧に微笑んでいる。俺は遥のすぐ横に腰掛ける。遥が、居心地悪そうに呟く。


「なんだか近いデスネ……」

「嫌かな?」

「嫌ではないけどぉ……」

「けど?」

「うーん……緊張は、するかなぁ」

「そっか」

「え……。翼くんは緊張しないの?」


 そう聞かれて俺は顔を背け、すっと項垂れる。

 遥が慌て始めた。


「え? え!? どうしたの?」


 俺は口元を手で覆いながら、照れくさそうに呟く。


「さっきまで平気かなー、って思ってたけど、近くに座ったらめっちゃ緊張してきた……」

「えー、うっそーー!」


 遥がけたけた笑い出す。

 俺はぼそぼそ喋る。


「笑わないでよ……」

「翼くんも緊張するんだ?」

「するよぉ。家まで来てくれるとは思わなかったし」

「えー、翼くん何考えてるのー? やらしー」

「返す言葉もない……」

「やらしーんだー?」

「んんん、ナイショ」


 ぎこちない様子の俺に、遥が笑っている。

 彼女に、そっと聞く。


「手を握ってもいいですか?」


 遥が黙って頷く。

 手に軽く触れて、囁くように尋ねる。


「嫌かな」

「嫌じゃないよー」


 ゆっくり手を握って、指を絡ませる。

 彼女がクスクス笑う。


「恋人つなぎじゃーん」

「だって……」

「なにー?」


 目を見て囁く。


「かわいいな、って……思って」


 遥が、ぉぅぉぅ、と言うような声にならない溜息を漏らす。

 続けて囁きかける。


「もうちょっとだけ……触りたい」

「えっと…………」

「嫌だったら、言って」


 固まっている遥の頭を、髪の流れに沿って指で梳く。

 目を合わせる。瞳が潤んでいるが、逸らされることはなかった。

 頭を撫でていた手で、髪を耳にかけるような動きをして親指で耳の縁をそっとなぞる。

 そのまま手を顎の下まで移動させて、少しだけ顔をこちらに向かせる。抵抗は無い。

 ぼんやりしている唇に、唇を合わせる。


 ゆっくり離れて、……まだぼんやりしている彼女から手をパッと離す。


「はいおわりー」

「え? あ、え?? は?」


 俺はよっこいしょと言わんばかりに立ち上がってぼやく。


「おつかれさまでしたー」

「いやいやいやいや、え? あれ?」

「部室行くぞー」

「ええええっ。もいっかいやってーー!!!」

「やらねー」

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