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小話・苦楽を共に

 とある日、また唐突にはるかが語り出す。


「『二人なら、喜びは倍に、悲しみは半分に』って言うことあんじゃん?」

「まぁまぁ聞くな」

「あれ、おかしくね? 計算合わなくね?」

「いや、数学的な話でなく、経験則や良い話的なやつだろ」

「それにしたって、嬉しいや悲しいが、一緒にいる誰かによって増えたり減ったりしたらおかしいだろ」

「うーん」

「たとえばねオニイサン」


 はるかがふいに、近くに置いてあった保冷バックから透明なプラスチック容器に入ったショートケーキを取り出し言う。


「ケーキをご用意しました」

「はぁ」

「一つだけです」

「見れば分かる」

「さぁ殺し合いだ」

「なんでだよ。お前が食えば良いだろ」

「なんでだよ。二人で仲良く分け合えば良いだろ」

「そうしたいなら最初からそう言え。殺し合いとか言うから話がややこしくなる」

「しかしね、おにぃ。一つの幸福ケーキを分け合っても、幸せは増えないのだよ。『一つ全部食べられた一人』を『半分食べた』×(かける)二人は超えられない。『やっぱり一個食べたかったなー。二個あればなー』ってなると思わん?」

「それを語るにあって、大事なことを見落としている」

「ナンデショ」

「俺、お前ほどケーキ貰っても喜ばない」


 しばしの沈黙の後、はるかがしかめっ面で叫ぶ。


「分けあったらどうやろうとも幸福量……? 減るやんけ!」

「だからお前一人で食えばいいって言った」

「ううう……つばさくんは高級菓子店の品しか喜ばない模様……」

「あ、それはある」

Schei**e(しゃいせ)

「ほら、いつまでも大事そうに手で持ってるとクリームが溶けるぞ」

「うーん……」


 はるかうめきながら机に向かい、ショートケーキのパックを開け、プラスチックのフォークを取り出す。

 俺はその間に、カップ二つに保温瓶に入れてあった紅茶を注ぎ、一つをはるかに差し出す。


「ありがとう。つばさくんは気が利くね」


 はるかの感謝を黙って受け取り、隣に座った。


 先ほどまで色々言っていたはるかだが、ケーキを一口食べ、紅茶を飲むうちにみるみる頬が紅潮し、御機嫌な面持ちになっていく。

 俺はその様子を、紅茶を飲みながら眺める。


「ハッ! つばさくん、結論が出てませんヨ!」


 口の中のものが無くなったはるかが叫ぶ。


「ん?」

「私ばかりが食べていてはいけないのではないかという!」

「ようは罪悪感かよ」

「そうとも言う。ともかく、ケーキに代わるつばさくんの幸福を見つけねば」

「うーん……」


 俺はゆっくり一度瞬きをして呟く。


「いや、幸福は増えている」

「そのこころは?」


 はるかに尋ねられ、……ありのまま伝えるのはむず痒いので、言葉を選びながら話す。


「日々、色んな出来事がある。起きて、食事をして、勉強したり仕事したり、誰かと話したり。その中で、各々(おのおの)の嬉しさや悲しさがある。通り過ぎれば何でもないことばかりだけど、それは誰かにとっての幸福だったりする」


 はるかがケーキを咀嚼しながら静かに耳を傾けている。


「皆価値観が違うし、一人の一生で感じられることは限界がある。他者の……特に、自分のことのように感じられる他者の、自分の持っていない価値観に触れることで、新しい幸福を知ることができるから、『二人なら、喜びは倍に』なる」

「ふむ。でもそれだと、『悲しみは半分に』はどうなる? 他者の喜びを自分のことのように感じられるなら、悲しみも倍にならないかい?」


 はるかのもっともな指摘に、今しがた思い至った考えを話す。


「それは、喜びと悲しみは感じ方に違いがあるからだ」

「ほう?」

「出来事そのものには喜びも悲しみもなく、ただあるだけだ。その出来事が嬉しいことだった場合、誰かに話したり或いは独占したりして、喜びを享受する」

「喜びを受け入れるとか、噛み締めるとかいうやつだね? 『良いことあったなー』って」

「そう。対して悲しみは、ずっと感じていたいものじゃない。誰かに話したり或いは黙ってたりってのは一緒だけど、それはなるべく早く尚且(なおか)つ痛みを少なく『処理』するために行うことだ」

「悲しみを処理……、愚痴を聞いてもらうとか助言を求めるとか、全然関係ないことして気分転換するとか、努めて忘れようとする、とかかな? 最後は時間が解決する」

「うん。そして、独りの場合、『処理』を孤独に行わなければならない。悲しみの原因を取り除くにしても忘却するにしても……」


 彼女は思案する顔で俺の言葉に耳を傾けながら、てっぺんの苺を摘まんで口に運ぶ。

 そしてふと思い至ったように呟いた。


「この辺なら美味しい気がするゾ」


 そして半分ほど食べたケーキの真ん中辺りをフォークで掬って俺に差し出す。


「ん」


 確かに、クリームが多い側面と違って、間に苺が綺麗に挟まれているが……。


「あ」


 幼子おさなごが母親に自分のおやつを食べさせる絵面を思い出しつつ、差し出されたケーキを口に入れてもらう。

 そんな俺の様子を満足そうに見ていたはるかが話し出す。


「悲しいことや辛いことに、孤独に立ち向かうのは大変だよね」

「そうだな。やっぱり、一人の一生で得られる知見には限界があるわけだから」

「違う人生を歩んでいる者同士で、自分の抱えている悲しみや苦悩を共有することで、独りでは思い付かなかった解決策を見つけられたり、或いは悲劇が起こる前に避けられたり。どうにもならないことでも、状況や感情の整理を助けることができるね」

「ああ。辛いのは当人だし、代わってもらうことも代わってやることもできないけど」

「独りぼっちじゃないというだけで、楽になったりするのだー」

「だから、『悲しみは半分』だ」

成程成程なるほどなるほど


 はるかが何度も頷きながらケーキを口に運ぶ。


「御納得して頂けましたか?」

「うむ」


 彼女はそう言って、最後の一口を呑み込む。


「御馳走様でした」

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