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放課後の幻燈と心の歌(2・終)

 十数分後、机と椅子が隅に積まれた空き教室で、はるかと向かい合って立っている。

 言われた通り、癒術に使う諸々の道具持参で、だ。どれも学校の備品なので、こっそり持ち出すのが地味に大変だった。


 向かい合ったはるかが持っているものを見て、思わず呟く。


「ってそれ使うんかい」

「いいでしょ? お互い、手に馴染んだものを使うんだから」


 はるかはそう言いながら、その手に持った小さな扇を自分の眼前で広げて畳む。


 その扇ははるかの私物で、それ自体は何の効果もない安物の扇子でしかない。

 しかし、ひとたび彼女が振るえば、普段の何倍もの速さと強さで魔術を紡ぎだしてくる。


「たまには使ってあげないと寂しがるしね」


 彼女はそう呟いて扇に頬を寄せる。その顔はいつものふざけてる時とは全く違う、憂いと鋭さを持っていて、こちらも持ち手に力が入る。


「じゃあ、かまえて――」


 はるかの声に合わせて、機器の電源を入れる。


「さん、にー、いち……」


 こちらの道具が起動し始めたと同時に、はるかが扇を持った手を振り上げ声を張る。


「【ご照覧あれ――】」


 はるかの詠唱が始まった途端、彼女の背後から様々な柄の反物が噴水のように噴き出し、教室の壁や天井を覆っていく。

 なすすべもないままに、俺の周りは和柄の布で作られた繭のようになった。はるかの姿は、どこにもない。


「なんだこれ」


 幻術なのは分かっている。問題は規模だ。


 今までは、大砲で打ってくるとか、虎が出てくるとか、いわゆる「一つの物」をそこにあるように見せかけるのが、俺が見たことのある幻術だった。

 何が出てこようとそれは幻なのだから、一回受けてから反撃しようというのが今回の俺の作戦、だった。


 魔術はどんな物でも、形成中は術者がそれにかかりきりになる。そして、幻術は幻を常に出し続けている必要があるので、術者本人は無防備になる。

 たとえはるかの詠唱が速くても、連発はできないから、初弾と次弾には時間差ラグができるわけでその隙を狙えばいい。


 まさか、術者本人を隠し、フィールド全体を攪乱かくらんさせる規模のものを、一瞬で紡ぎだしてくるなんて。


 ともかく、この幻術から醒めなくては。


 幻を見せられている俺も、そしてかけているはるか本人も、この惨状あくむを見続けるわけにはいかないのだ。




「しっかし、どうすんだこれ……」


 ずっと歩いているのに、端にたどり着く気がしない。おそらく同じところをぐるぐる歩かされているんだろう。無論、はるかの姿も見えない。


 癒術にできることは主に二つ。魔具を使った治療と、歌を用いた魔力制御。


 ここで言う「歌」というのは一般的に呼ばれる歌と大して変わらない。違うのは、旋律や歌詞に魔力を込めて、歌の対象者(今回使う場合ははるか)の気分や魔力の流れを変えることができるというところ。

 うまくいけば、はるかの展開させている術を解くことができるかもしれない。


 俺は足元の機械に視線を落とす。小さめの金属製スーツケースのような外見。それの蓋を開けると、沢山のボタンやツマミのあるDJミキサーに似た物が顔を出す。

 俺が癒術用の歌を紡ぐのに使う物だ。対象者や周辺の、精神波や魔力を読み取り、歌に変換する。

 これが無くても歌は紡げるが、特に今回のような既に展開された術を上書きしようとする場合、あるに越したことはない。


 電源を入れただけだった歌調整機ミキサーのツマミを回し、フィールドと対象者の波動を入力する。風のような音と、微かなアコーディオンの音色が流れ出す。

 次に、俺自身の魔力を足していく。曲が変われば、魔術的主導権がこちらのものになる。

 しかし。突然、合成音声のようなひび割れた叫び声が辺りを震わせた。


『アハハハ!! ムリムリ!!!』

『キカイマカセ! インチキッ! インチキ!!』

『ジブンデヤレヨ!』


 慌てて電源を落とす。

 どこも壊れていないか確認して、俺は小さく悪態をついた。


 これは、おそらく……俺の声だ。

 予期せぬ状況で、うまく動いてくれないらしい。


 あまり気が進まないが、手元のナイフで布が切れないか試すことにした。

 手を伸ばした途端、布の合わせ目から墨汁のような液体が噴き出し慌てて手を離す。

 息を落ち着かせながら確認するが、落としたナイフにも自分の手にも、何もついていなかった。


 時間の感覚も分からないが、極彩色の空間に、精神がだいぶ参ってきているように思えた。


 術が解けない場合、単なる根比べになるが、その場合無理矢理見せられているこちらが圧倒的に不利だ。


「なぁはるか。そろそろ出てきてくれねえ?」


 そうぼやいてみるが反応はない。


「何が望み……」


 言いかけて、背後に気配を感じてすぐさま振り返るが、何もない。


「おい……」

「【ねぇ、歌って?】」


 すぐ耳元で声がするが、やはりはるかは姿を見せない。


「歌……」


 歌調整機ミキサーは最近の機材であり、歌は本来、術者の声と演奏する楽器の音で作るものだ。

 今、楽器は持ってきていないから、声だけ(アカペラ)しかないが。


「即興でバシバシ魔術組める誰かさんと一緒にしないでほしいんですがね」


 虚空に向かって言うが、反応は返ってこない。


 俺は目を閉じて何度も深呼吸をする。


 さっきからずっと、はるかは明確な攻撃をしてこない。

 ずいぶんなめられたものだと思うが、ご希望に添うなら邪魔されてはかなわないから彼女も空気を読んでるんだろう。多分。


 ――彼女が構築した魔術世界を塗り替え解かす歌。


 かかとでリズムを刻みながら、テンポを決める。

 そのテンポに合わせて鼻歌で大体の調キーを定める。


 意を決し、ゆっくり腕を振り上げ、天井を撫でるように手を動かす。

 俺の真上から、暗雲が立ち込め布を覆っていく。

 少しずつ広げていくのをイメージしながら歌いだす。


「♪【雨降る中 君は一人 歩いている

 傘は差してない うつむいて――】」


 彼女の姿を思い浮かべながら、即席で歌詞を考える。

 俺はその場でゆっくり回りながら、雲を教室全体に広げていく。


「♪【灰色の世界 僕は君へ手を伸ばすけど

その姿は揺れて 霞んで消えた】」


 極彩色が消え、一面雲の中になる。

 一度に色んなことをして、うまく息継ぎができない。

 胸に手を当て、絞り出すように歌う。


「♪【君の太陽になりたいと 伝えても 君は無理だと言うのだろう

それなら僕は 傘を持って君を迎えに行く

例え君がどこに行っても】」


 徐々に、ぼんやりと、はるかの姿が浮かび上がる。

 駆け寄りたくなる衝動を抑え、はっきり見えるようになるよう念じながら、最後まで歌い切る。


「♪【その雫が 頬を伝う前に】」


 はるかが目の前に立っていた。

 悲しそうにも嬉しそうにも見える顔で、肩を落とし、両手を広げて立っていた。

 俺は彼女の額を優しく小突いて鎮静の呪文を囁く。


 彼女の身体が力なく崩れるのを、しっかりと抱きとめた。



 眠っているはるかは席に座らせて机にうつ伏せになるように、しばらく寝かせておいた。

 放課後のチャイムが鳴りだす前に、もぞもぞ動いて目を覚ます。


「おはよう」


 一応挨拶すると、寝ぼけまなこでこちらに微笑み、寝起きのかすれ声でぼやいた。


「簡単に『きみ』とか使わないの」

「相手が分かりきってるからいいだろ」


 俺がそう応えると、満更でもない顔で笑った。

 はるかは気分を切り替えたのか、大きく伸びをしてすっくと立つ。


「じゃあ帰りますかー」


 俺は満身創痍なんだが、とか、宿題忘れんなよ、とか言いながら、寮の前まで送っていく。

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