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真は「しん」と読みます。もしよければ暇つぶしにどうぞ。


 8月31日に思い出と宿題に決着をつけ、布団にくるまる時には過ぎ行く夏休みと迫りくる9月1日に腹をくくる。朝になれば、一か月とちょっと見なくなっていた制服姿が通学路を埋め尽くす。真が多くの生徒に紛れ、白いイヤホンからお気に入りの洋楽を聴きながら長い坂道を登っていれば、横から唐突に近づく人影を感じた。


「悠斗、おはよう」

「ああ」


ひょろりとした痩躯で近づいてきたのは上村悠斗、真の友人の一人である。真はイヤホンを引っこ抜き音楽プレイヤーに巻き付けた。途中で横を通り過ぎた女子生徒の集団に悠斗は声を掛けられていたが、真に返したようにぶっきらぼうに返事を返しただけだった。


「誰だ?今の」

「お前が知らなくて俺が知ってるわけなくないか?委員会とか体育祭の団が一緒とかじゃねえの?」

「よくもまあ、そんな小さいこと覚えてんな、女子って」


俺はこんなに愛想のないやつがなんで女子に人気あるのか全くわからん、と真は内心思っていたが曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。そのまま二人で他愛もない話をぐだぐだとしていれば、二年生の教室の前までたどり着いていた。ここに来るまでにかいた汗で真の背中には白いワイシャツがべっとりと張り付いていた。


「あーづい、あーむり」

「じゃあな」


ひらり、と音がしそうなほど軽やかに手をふり涼しげな顔で2年A組の教室に入っていく悠斗を横目に真もB組と書かれた自分の教室に足早に入っていった。28度に設定された教室は夏休み明けで少し火照ったクラスメイト達によって真には一層暑く感じた。


「お~石田、ひさしぶり。おはよ」

「んあ、おはよー」


黒板に張り出された席表を見て、自身の席を探し席に着く。時折交わされる挨拶は、どこか浮足立っている。

(この雰囲気苦手なんだよなー。早く「いつも」が戻ってきてほしい)

窓際二列目後ろから三番目、なかなかいい場所、と思いながら彼はリュックを乱雑に机に置いた。ほどなく担任教師が教室に顔を出し、クラスメイトたちへ席に着くよう促した。


「はい、移動ー。施錠しないから貴重品は自己管理なー」


簡素に連絡事項だけ伝えると、HRは終了し教室中は頓に騒がしくなる。真もまた制服の尻ポケットに財布を突っ込み移動しようとすれば健康的に日焼けした肌の大男が寄ってきた。


「焼けたなー司。部活はどうよ」

「まあな、俺は部活しかしてなかったからな!学校来ねえからほんとに真とは会わねえよなー」


山岸司は真の高校入学後では最も親しい友人である。褐色の肌に、制服の上からでもわかるがっしりとした体躯は鍛え上げられた運動部のそれである。運動部に所属しているわけでもなく、どちらかと言えばインドアな気質の真と特別親しくなったのは司の持つ生来の人徳やその明るさによるだろう。


「まあ久しぶりの友情に乾杯ってことで」


にやついた笑みを浮かべながら真は握った拳を軽く突き出した。エーイと飲み会の掛け声のような声を発しながら司も軽くその拳を当てた。



 体育館では教師陣がなかなか指示通り動かない生徒たちを整列させている。古いマイクに向かって大声で指示を飛ばすせいでキンキンと不快な音がこだまする。司と真が壇上でいら立つ各学年の主任教諭を見てにやにやしていると、突然真だけが後ろから襟首を掴まれそのまま人込みに消えて行ってしまった。


「なっ、おい誰だよ!」

「ああ?俺だよ、俺」

「どこの詐欺だよ」


力ずくで襟首を掴む手から逃れれば、その正体は悠斗であった。

「そのうち素行不良って呼び出されるぞ、お前」


迷惑そうに顔を顰めながら乱れたワイシャツの襟を正すと、悠斗はその発言を無視し至って真面目な顔で話し始めた。


「さっき言いそびれたから言っとこうと思ってな。お前、『ホトリ』って女の噂知ってるか」

悠斗は少しだけ顔を寄せ、喧騒に紛れるくらいの声量でそう切り出した。

「ホトリ?なんだそれ」

「知らねえか。じゃあ、言っておく。夏休みに入ってから大通りのラブホ街で援助交際を繰り返してるホトリって女がいる。このホトリって女は援助交際の見返りに金銭じゃなくて自殺の手伝いを持ち掛けてくるらしい」


そこで一度悠斗は言葉を切り、真の反応を伺っているようだった。しかし、真には唐突にそんな噂話をされて目を白黒させるばかりであった。


「おいおい、お前そういう類の話信じるようなやつだったのかよ」

上村悠斗は真の知る限りでは非常に口が悪く、愛想も皆無。それでいて、鋭利な刃物を思わせる冷静で鋭い思考の持ち主である。噂やスキャンダル、神さえも「くだらない」の一言で一蹴してしまうような人間だ。


「うるせえな、俺も信じてなんかいなかった。でも、実際に会ったやつが近くにいるんだから信じる以外ねえだろバカ」

「近く?」

真は思わずといった調子で周囲にきょろきょろと視線を泳がせた。


「小学校時代に通ってたサッカーのチームで一緒だった先輩がエンコーしようとしたのがそのホトリだったんだよ。それ以外にも高校生で接触したやつがいるかどうかは知らねえが、二、三上のやつらで関係を持った奴らなら俺たちのそばにもごまんといるみたいだ。そんでもってお前、特に気を付けろよ」

低い声で念を押すように言われ、真はなぜここまで自分が言われるのかわからなかった。

「なんで俺が気を付けるんだよ、エンコーなんかする気もねえよ」

「よく聞けよ」


徐々に周囲にはクラスごとの列ができ始めていた。悠斗は周りから浮かない程度に列の間を移動しながら耳打ちした。


「その女、こめかみから耳たぶの付け根にかけて三つ並んだほくろがある」


真はその言葉に、全身を緊張させた。そのまま、え、と小さくこぼした。彼は喧騒が遠く離れ、自分だけ時間が止まってしまったんじゃないか、と錯覚していた。


「こめかみから耳たぶの付け根にかけて、直線を描くように三つ並んだほくろ・・・?」

悠斗は無言だったが、彼もまた緊張した瞳で真を見つめていた。


「青山渚、お前の幼馴染が『ホトリ』の正体じゃねえのか」


尋ねているようでそれは断定だった。それでも、真は首を縦に振ることは出来なかった。生まれたときから中学で引っ越すまで毎日のようにそばにいた存在、渚が欲望蠢く夜の街で死に場所を探している。反射的に強く握った手のひらをゆっくりと開いてみれば、汗がにじみ弱弱しく湿っていた。


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