R5.4.9、捜索(創作)完了。
やあ諸君、随分と待たせたようだな。
とは言っても、やはり待っていた者などいないだろう。
私はこの電脳の海で起きた。或いは電脳の海に戻ってきた。
神の筆致がようやく私を文字という形で蘇らせたのだ。
いやちょっと、いやいやいや、気まぐれがすぎる。
寝ているだけではこのネット小説の世界に何が起こったかは到底理解しかねるな……いくらか覗いたが、そこそこ変わっている。
数年単位の冬眠というのは儚いな。
誰も覚えていないってことは、死んだも同然ということ。
真っ白な水のような世界を必死に泳いでも、文字をつらつら連ねても、気づかれなければ意味はない。
このように中身の伴わない何か意味不明な駄文を書いて、続きとして連載に乗っけるのもはっきり言って億劫なのだ。
以前の私は、私が言うのもなんだがやる気に燃えていた。たぶん体 (そんなものないが)にガソリンか何かかかっていて、比較的燃えやすかったのだと思う。サイトの謎を解明するだの、観測者だの、コメント感想での接触だの、それらしきワードを使って楽しそうにしていた。
まるでそのはしゃぎっぷり、中学生のようだったぞ!!
笑けるなぁ!!
今となっては、もはやそんなものどうでも良い。
私という遺物は、『僕とチートの日常生活』以上にこれっきり掘り返されることもないかと思う。ははーん、つまりだ、今は私の埋葬作業中というわけだな?
よって、普段より多めに喋っている。もとい、書いている。
4年か、5年ほど前の私は投稿規定の200字を書き切ることすら時間がかかっていた。仕上げたところで感想や評価がつかなければ面白くないし、今になって見れば成功するはずもない一発重視のネタ企画だったもの。名前もない、経歴もとってつけたような、正に存在するだけの毒にも薬にもならない存在。
未来人やチート、地底列車より思い入れなどあるはずもないしな。せめて語り部……私の名前くらい考えておけばよかったと、少しだけ後悔しているぞ。呼びやすくなったろう、そのほうが。なあ、誰かさん。
そして自由に発言が許される残り時間も少ない。
最後に一つだけ言っておこうか。
――この作品を書いて良かったと思ったことは一切ないが、書かなければ今の私は存在すらしないということだ。
さていざ完結させるとなると、こんなどうでもいい連載、いや、ネット小説サイト探索も名残惜しくなる。
本当にどうかしている。埋葬作業の途中ではなかったのか?思い入れなどこれっぽっちもなかったはずでは?それこそ気まぐれで次回を書きたいと思うこともあるかもしれないだろう?
と、少し抵抗してやったが、それでも神は強情かつ非情らしい。確かに私という概念は終わりへ向かっているようだ。無念。私の語りも本当にここまでだな。
完結理由は、久しぶりの投稿で私が最終回っぽいことを喋りすぎたかららしい……私のせいだと!?!?!?
では、またな諸君。
君らもいつか戻ってきたまえ。
さすれば私も、君の思い出も、ここにちゃあんと残ってるから。
では君の未来に、私の完結に、盛大な献杯を!
私はいつだって、健闘を祈っている。
ここで、いつまでも、祈り続けている。
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