Chapter007:教会
古びた教会に肉の焼ける香ばしい匂いが充満していた。
匂いの根源を取り囲むのは三つの人影だ。
「はい、お肉焼けましたよ~」
「お、いただきー」
「待てガキ。これは俺の育てた肉だ。その汚い箸を離せ」
「いやいや、こいつは俺が先に狙ってましたんで。もう箸つけましたんで」
「お肉はまだまだ有りますから、仲良く食べて下さいね~」
バーベキューである。
なぜか三人ともが水着にエプロンという開放的なスタイルだった。
「あ、メリーさん。ちゃんとお野菜も食べて下さいね。お肉ばっかりじゃダメですよ」
「断る。俺は肉だけで生きていけるからな」
「子供か」
「そう言う玄岸くんも食べて下さい。そこピーマン避けないで。健康に悪いです」
「ぐぬぬ」
「子供かよ」
向かい合ってバチバチと火花を散らす男二人を尻目に、水瓶は手際よく食材を切りそろえて金網に並べていく。
肉も野菜も平等にだ。
金網の上では肉を奪い合う一方で野菜の押し付け合いが始まっていた。
巧な箸捌きで戦況はカルタ優のようだ。
「この人はメアリー九郎さん。この教会の神父さんなんです」
水瓶の部屋に突然現れたヤクザ風の男は神父だった。
厳ついスキンヘッドの男だ。
左目に走る大きな切り傷の跡がサングラスからはみだしていて、とても堅気の人間には見えなかった。
それも海外のアクション映画俳優顔負けの筋肉隆々の肉体で、しかも黒いブーメランパンツ一丁で出てきたのだ。
このインパクトでまさか神父とは思うまい。
当たり前のように紹介されてもにわかには信じがたいぞ。
「お邪魔してます。水瓶さんのクラスメイトで玄岸剣一です」
「知っている。良いからさっさとコレを着ろ。その粗末なモノを隠せ」
ペチンと顔に向かって投げつけられたのは黒いブーメランパンツだった。
そして、バーべキューである。
危ないので、と始まる前に水瓶からエプロンを渡された。
水瓶が付けているものと同じものらしい。
いつの間にかメリーさんとやらもお揃いの格好になっていた。
部屋を出て階段を上がると、確かにカルタが意識を失ったあの教会にでた。
本当にここに住んでいるのかと謎の感心を覚える。
「というか、何で水着……?」
「何でって、バーベキューは水着でやるものなんですよ。本場じゃそうらしいです。メリーさんが教えてました」
絶対嘘だろ、それ。
起きてからずっと気になっていたが、水瓶が水着姿だったのはこのためのようだ。
どうせならスク水よりもビキニタイプの方が似合う気もするが、いや、これはこれでアリだな。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
数時間の間も意識を失っていたらしく、カルタが目覚めた時にはちょうど夕飯時だった。
たわわに揺れるおっぱいを眺めながらのバーベキューを満喫したところで、改めて自己紹介された。
「俺はこの教会で神父をやっている。メアリー九郎だ。九郎と呼べ」
エプロンを脱ぎながら改めて言われても、やっぱりヤクザにしか見えなかった。
というか何人だ。
日本人なのか、ハーフなのか。
「これ、お前のだろう」
差し出されたのは真っ赤な十字架のネックレスだった。
ロナだ。
ずっと擬態したままだったらしい。
十字架をグロテスクに染め上げていた悪魔の血はすでに綺麗に拭われている。
「意識を失ってもしっかり握りしめていたからな。大事な物なんだろう?」
「……あぁ、確かに大事な物だ。ありがとう」
手に絡めていたハズだが無くなっていたため気にはなっていたが、やはり制服と一緒に洗われていたらしい。
握りしめていたつもりはなかったのだが。
他の人間がいるからか、ロナは無言を貫いている。
こうしているとまるで本物のネックレスのようだった。
「玄岸くん。制服、乾いてましたよ」
水瓶が洗い終わった制服を持ってきてくれた。
バーベキューしながらその横で干していたせいで微妙に美味しそうな匂いがする気がするが、それは気にしない事にしよう。
血は綺麗に落ちている。
「悪いな。食事まで用意してもらって」
「いえいえ、疲れた時はお肉に限りますから」
「そうだな。おかげで元気でたよ」
「それは良かったです」
天使のような笑顔を見せる無防備な少女。
カルタのクラスメイトであり、ロナが探していたターゲットだ。
スクール水着にカフェ風のスマートなエプロンのみという煽情的にもとれる格好、というか煽情的でしかない格好のおかげで、その豊満な胸の隆起は制服姿の時よりも一層自己主張が激しいものとなっている。
まさかこんな形で接近する事になるとは思っていなかった。
なにせただのクラスメイトだ。
窓際最後列のカルタの席からは水瓶の席は遠く、普段はあまり交流がない。
だが、学校でなら会おうと思えばいつでも会える存在だ。
午前の授業の間、カルタはロナと一緒にずっと水瓶の様子を伺っていたが、何もおかしな所は見つからなかった。
おっぱいが大きい極普通の良く笑う明るい女子という印象だ。
同じクラスになってからカルタが最初に抱いた第一印象と変わっていない。
ロナに確認しても「多分あの子だと思うんだけど」と自信なさ気な返事しか返ってこなかった。
ロナは最初、そのおっぱいが必要だと言った。
カルタはそのおっぱいを特に注意して見ていたが、隣の席の西猫が怒りにも哀れみにも似た侮蔑的な視線を向けてきたので止めた。
水瓶のおっぱいは確かに大きいが、他に妙な所は見当たらなかった。
今、こうして間近で見ても何も見つけられない。
しかし確かに大きい。
朝は結局、時間が足りなかったせいもあっておっさん達からは十分な説明すら聞けていないのが現状だ。
ロナの説明下手が大きな要因でもあるが、殺して欲しいなどと言いながらその理由すらハッキリしていないのだからどうしようもない。
ひとまず今日は様子見するだけのつもりだったのだが、悪魔だとか言う妙な怪物の登場からややこしいことになってしまった。
「というか、意外だな。水瓶ってもっと真面目なタイプだと思ってたけど」
「え、どうして? 私は真面目だよ?」
「いやいや、だったらあんな時間にここにいるわけないだろ?」
山羊頭の悪魔が現れたのは昼休みの事だ。
それからすぐにこの教会まで来ている。
通常なら、まだ学校にいるべき時間帯だ。
そもそも、下校までの間は学校の敷地内からの外出を禁じられている。
昼休みに近くの定食屋に駆け込んだりコンビニで立ち読みしたりする生徒はいるが、それらはちょっとした不良行為と見なされるものだ。
午前中は教室で水瓶を見かけたことから、昼休みに抜け出したのだろう。
昼休みの間に教会に行くのが不良行為というのも何だか妙なものだが、そこが自宅と化しているのならば、やはりサボりのような物だと受けとれる。
カルタの考えを察したのか、水瓶が慌てて手を振りながらそれを否定した。
「ご、誤解です! 私は具合が良くなかったので……」
「聖、そこから先は俺が説明する。その方が分かりやすい」
遮ったのは神父、九郎だった。
「お前にもわかりやすいように簡単に説明してやる」
いつの間に取り出したのか、というかブーメランパンツ姿でどこから取り出したのか、火のついたタバコを加えていた。
本当にどこから取り出したんだ、それ。
「俺の本業は、悪魔祓いだ」
「……は?」
思わず間抜けな返事をしてしまった。
普段だったら冗談にも聞こえる言葉だが、今ばかりは悪魔という単語のせいでそうとも笑えず、何か不意を突かれたような気分だった。
九郎の顔は真剣そのもので、そもそも冗談を言うようなタイプの男にも見えない。
助けを求めるように水瓶に視線を向けると、その少女も真面目な表情のまま結んでいた口を開いた。
「私の体には、悪魔が宿っているんです」
おっさん達の依頼の答えは、意外なところから判明しそうだった。