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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode1/起:Phantom Pain
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Chapter005:十字

 三度ほど脳を破壊した。心臓も同じだけ破壊した。

 頭部を捩じ切ったり、心臓を引き抜いたりと工夫も凝らしたが、それでも絶命させるには至らなかった。


 角をへし折り頭を砕かれ、四肢を捩じ切り心臓を抉られた姿の悪魔が、それでもなお再生しようとしている。


「あーもう、しつこい! 死ね!」

「だから無理なんだよう。不死身だってばぁ!」


 悪魔とやらは本当に不死身なのかも知れない。

 さすがに殺し切る自信がなくなってきた。


「あー、何か弱点に心当たりないのか? アレだ、過去の実績とか。そういうの何かあるだろ?」

「え、えーと、実は私、実物の悪魔を見るのは初めてだったりして……」


 テヘ☆ と赤マリモが照れる。

 赤パーマの白塗りお化けが赤面する様が脳裏に浮かんでしまって吐きそうだった。


「見るのは初めてでも誰かに聞いたりとかさ、ほら、なんかあるだろ?」

「うーん、毎回違うって事くらいしか……」


 肝心なところで使えないおっさんだった。


「あの白髪メガネとは連絡つかないのか?」

「白髪メガネって、コロネルのこと? 確かにコロネルなら何か知ってるかも知れないけど、今は無理だよう。私たち、離れすぎると連絡取れないんだよう」

「便利なのか不便なのかわからん魔法使いだな。明日から携帯もたせるか」


 そもそも悪魔って何だ。

 怪物なのか、幽霊なのか、それとも呪いのようなものだろうか。


「悪魔……弱点……と」


 困った時はスマホで検索に限る。


 身体が重たくなってきた。

 残り時間もあまりない。


 薬の効果が切れる前に止めを刺さなければさすがにマズい事になりそうだ。


「えーと、光属性? いやゲームじゃなくて本物の悪魔の話なんだっての」


 光属性が有利、ダメージ二倍などという検索結果の上位に出てきたゲームの攻略情報を飛ばして、当てになりそうな情報を探る。


 聖なる光、強い信仰心、結界、清められた聖水、上位天使の加護、神、教会、十字架、正しい呪文、日光、ニンニク、銀の弾丸。


 なんだか良く聞く吸血鬼の話と混同されているような気がするが、大丈夫なのだろうか。

 他には悪魔は招かれざる場所へは侵入できないなど、これも悪魔だか吸血鬼だか分からない話だ。


 結果として概ね光属性っぽいものばかりが出てきた。

 これではゲームとあまり変わらない。


 そして意外とハッキリとした情報が出てこなかった。

 冷静に考えたなら、それもそうだろう。


 まさか悪魔が本当に実在するとは思わない。

 どの情報も神話や聖書、あるいはそれらを基にしたフィクションの中の話だ。


 実用的であるかどうかなど、誰も試したことがないに違いない。

 試す機会がなければ試せないのだから。


「だが、試してみる価値はあるか」

「ヴェェェ……!」


 ちょうど悪魔が立ち上がって来るところだった。

 再生を繰り返しても弱っていく様子は見られない。


「なんか聖なる光とか魔法で出せないの?」

「なにそのフワッとした魔法。無茶ぶり過ぎるよう」

「じゃあ銀の弾丸とか十字架とか。最悪の場合、ニンニクでも可だけど」

「全部無理だよう。そもそもニンニクを出す魔法なんて聞いた事ないよう」


 カルタにとっては悪魔の実在自体が初耳だ。

 わがまま言わないで欲しかった。


「擬態で十字架の形になるとかはどうだ? ほら、ネックレスとか」

「あ、それなら出来るかも?」


 ポンと、瞬時に赤いマリモの姿形が変わった。

 カルタの提案通り、十字架のネックレスだ。


「ほう、上出来だ」

「えへへ」


 相変わらずの真っ赤な色は気にしないでおこう。

 どうせすぐに似たような色に染まる。


「よし、行くぞ。擬態を解くなよ?」

「ふぇ?」


 カルタは十字架となったロナを握りしめ、悪魔の胸元に突撃した。

 振り下ろされる鋭い爪も鞭のようにしなる尻尾も、人間の域を超えた動きで搔い潜り、十字架を握りしめた拳を振り下ろす。


 ズグン、と十字架が悪魔の心臓を貫いた。


「ヴェェェェェ!」

「ふぇぇぇぇぇ!」


 野太い悲鳴が二つ、重なって汚いハーモニーを奏でた。


「さぁ、どうだ?」


 ジュウと熱した鉄板で生肉を焼くような音がした。

 焦げ付くような臭いが鼻をつく。


「なるほど、確かに効果があるじゃないか」


 肝心なところで使えないロナよりはインターネットの方がよっぽど役に立つらしい。

 それでも絶命には至らないようだ。


 肉を焼く音が次第に止み、焦げ臭さもすぐに薄れていく。


「だったら、試せるだけ試してやろうじゃないか」


 黒血にまみれたロナを引き抜き、手首に絡める。


「ふぇぇ、くさい……ひどいよう」

「後で洗ってやる。我慢しろ」


 飴玉はもう溶けて消えかけている。

 これが最後のチャンスだ。


 そう覚悟を決め、全身に力を込めた。


 心臓を焼かれて苦悶する悪魔の四肢を、人間離れした腕力を持ってして強引に引き裂き、その胴体のみを空へ蹴りあげた。

 もうすでにどちらが化け物か分からない光景に、ロナは唖然とするしかなかった。


「ロナ、浮遊の魔法は何秒いける?」

「えーと、三秒……くらい……」


 ロナは自信なさそうに答えた。

 あまり得意ではないのだろう。


「上等だ。合図したら頼む」

「わ、わかった!」


 悪魔には中心部がある。


 幾度とない再生の様子を見てカルタが感じていた事だ。


 常に心臓部を中心として悪魔の体は再生している。

 千切られた手足は灰のように崩れて消え、血液もすぐに干上がって残らない。


 心臓が正確な弱点ではないらしいが、不死身の要因ではあるのだと推測していた。

 だからこそ、弱点を攻めるならばこの胴体からだと決めていた。


 抵抗もできない悪魔の胴体を追って地面を蹴ると、その体に追いついてしっかりと掴んだ。


「浮遊、頼む!」

「うん!」


 途端にフワリと体が軽くなった。

 重力から解放される、なんとも奇妙な感覚だ。


 身に着けている衣服だけでなく、髪の毛の重さすら感じなくなるのは初めてような、懐かしいような不可思議なものを感じた。

 高速で落下するのとは似ているがまた違う感覚だった。


「移動できるか? このまま真っすぐ」

「な、なんとか~……あ、やっぱ無理かも。落ちそう」


 さすがにカルタが焦る。

 この高度からまともに落ちればそれはさすがに痛い。


「待て待て待て! じゃあ物体を動かす要領で空気を固定したりとかできないか? 一瞬で良い。小さくても良いから足場を作ってくれ!」

「わ、わかった。いくよう!」

「おう!」


 グンと重力が戻ると同時、足元に確かな感触を感じた。

 地面のような硬さはない。出来の悪いクッションのような、力が逃げていくような不安定な足場だ。


 それでも、確かに指示はこなしてくれている。

 足場としては十分だ。


 カルタは力一杯に足場を蹴った。


 空に投げ出された身体は重力に絡めとられて放物線を描き落ちる。


 蹴りあげた時から目的は決まっていた。

 この街の中で、もっとも近い位置にある教会だ。


 八百屋やスーパーよりも近く、手っ取り早く一目にも付かないと睨んだ場所だ。


 位置は全て把握している。


 カルタ達が落ちていくその先に、古びた教会の屋根が見えた。

 屋根の上の中央にはシンボルでもある巨大な十字が屹立している。


「悪魔と礼拝とシャレ込もうじゃないか」


 狙い通りに落ちていく。

 その十字架に、悪魔の心臓を叩きつけるように突き立てた。


「ヴェェェェエエエエエエエエッッ!!」


 一際大きな叫び声が響いた。


 焦げ付くような音も臭いも一段と大きく広がってその効果を証明していた。

 断末魔の叫びも長くは続くことなく弱々しく途切れ、再生の途中だった出来損ないの四肢が崩れ落ちて灰になっては消えていく。


「さすが教会だな。形だけの模造品とはワケが違う」

「ふぇぇ、いっぱい協力したのに何かディスられてるよう……」


 手首で血まみれのロナが泣きそうな声を上げていたが、それはすぐに感心の声に変っていった。


「でも、すごいよう。本当に倒しちゃったよう。やっぱりカルタさんを選んで正解だったよう!」

「当然だ。殺すと言ったら殺す」

「ふぇぇ、なんか素直に喜べないよう」


 灰となったそれらが再び禍々しい姿を形取る事はなく、悪魔は完全に消滅したようだった。

 屋根の上には血に染まった学生服姿のカルタと、同じく赤黒く汚れた十字架だけが残った。


「あー、コレ、壊れなくて良かったわ。意外と頑丈なもんだな」

「本当だね。血みどろにはなってるけどね……」


 ギリギリの所で何とか決着がついてくれた。

 口の中には飴の苦みが戻り始めていた。


「不可抗力だ。仕方ないだろ。それより透過を頼む。下りようぜ」

「はーい」


 ロナの返事と共に屋根の感覚が消えると、重力に引っ張られてカルタの体が教会の中へと引っ張られた。

 教会の三角屋根の頂点から床まで約十メートルほどの高さがあったが、カルタは何事もなく着地した。

 飴の甘さはもう感じられない。


「ふぅ、間に合ったか」


 ひとまず、目下の問題はひとまず解決だ。

 後はおっさん連中から色々と聞きたいこと、というより聞き出さなければならない事がある。


「……あの、玄岸くん?」


 こいつらの透過能力がやっかいだが、何とかして尋問の準備をしないといけないな。

 などと考えていたカルタに、思いもよらない声がかかった。


 振り返れば、教壇のそばに見知ったクラスメイトの姿があった。


「……水瓶?」


 薄暗い教会の中、汚れたステンドグラスから差し込む微かな光だけが、その少女を照らしていた。


「あ、」


 唐突に、カルタの視界にノイズが走った。


 反動が来た。


 そう認識する間もなく、視界を覆う砂嵐に飲み込まれるようにして全身から力が抜けていく。


 駆け寄る少女のそのたわわな胸に沈みながら、カルタはあっさりと意識を失った。

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