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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode1/起:Phantom Pain
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Chapter004:激怒

「ふぇぇ!? ちょ、ちょっと待ってよう! 本気なのかな!?」


 渋い低音が幼女口調で耳元で喚くので耳障りで仕方がなかった。


「うるさいしつこい静かにしろ」


 カルタは音楽室からでるとすぐに屋上に向かった。

 まだ屋上にいるという山羊頭の怪物を殺すために。


 幸いにも道中に誰ともすれ違う事はなかった。


 もうすぐ昼休みも終わる。

 多くの生徒は教室に戻っているのだろう。


 次の時間には音楽の授業がないようで助かった。


「私達はカルタさんに死なれると困るんだよう。お願いだから素直に聖杯を探そうよう。そもそも悪魔は聖杯を壊さない限り……」

「その話は後でいくらでも聞いてやる。良いから今はあのクソ山羊について少しでも情報を寄越せ。まずはアイツを殺す。絶対にだ」

「いや逆に殺されかけてたのに何でそんなに自信満々なのかな? 信じられないよう」


 腰から聞こえてくる非難の声は無視した。


「あんな奴を野放しにできるかよ。絶対に殺すぞ」


 カルタは音楽室を出ると階段へ向かい、躊躇なく屋上へ駆け上がる。


「お前の魔法とやらで殺せないのか? 敵の息の根を止める魔法とかないのかよ」

「そんな便利な魔法ないよう。というかあったらさっき使ってるよう」


 確かにその通りだ。

 そんなものがあるなら先ほど使っていれば良かったのだ。


「それもそうか。じゃあ具体的にお前って何ができるんだ?」


「えーと、さっきみたいな透過とか、透視とか、浮遊とか、ちょっと物を動かしたりとか。あと念話もちょっとなら。あと擬態かな」

「なんか全体的に地味だな」

「うるさいよう!」


 ロナの魔法は魔法というよりはちょっとした超能力のようなものだ。


 効果時間は短く、連続での発動にも制限があるらしい。

 加えて至近距離で触れている対象にしか効果は発揮できない。


 例外的に触れることなく仕様可能なのが念力のように物体を動かす魔法だが、それも目視可能で手の届く範囲という極めて限定的な範囲だった。


「戦いにはあんまり使えないか」


 先ほどのように緊急回避の要領でなら透過や浮遊も使えるかもしれないが、有効な攻撃手段とは思えなかった。


「じゃあ悪魔とやらに弱点か何かないのか?」


 カルタは内ポケットから取り出した飴玉を一つ、口に放った。

 溶けだす苦味が、すぐに甘さに変わる。


「それは、わからない」

「わからない?」

「うん。悪魔は生まれてきた聖杯の影響を強く受けるから、その形も、力も、行動パターンも、宿主である聖杯によるんだよう」


 おっさんの声は泣きそうだった。

 だから聖杯ってなんだよ。


 話している間に屋上への扉に辿り着いた。

 ドアノブを捻るとすんなりと回る。

 鍵は開いている。


 西猫が開けたままにしていたのだろう。 


「新しい聖杯の情報は少ないから、生まれてきた悪魔の力も未知数。本当はまだ生まれてくるまでに時間がかかると思ってたんだけど、とにかく弱点を知るためにもまずは聖杯を……」

「そうか。わかった」


 説得するように捲し立てるおっさんを無視して、カルタはその扉を容赦なく開け放った。


 開け放った扉の目の前には、頭部を失った血まみれのクラスメイトの死体が転がっていた。

 濃厚な鉄の臭いに混じって、柚子の香りを嗅いだ気がした途端、カルタは自分でも分かるくらいに怒りが体に充満するのを感じ取った。


 その死体をぼうっと眺めるように、屋上のド真ん中で座り込んでいる異形の姿があった。

 地面に腰を下した姿でも、立っている方のカルタが見上げる形になる。


 表情のない瞳が侵入者の姿を認めるや否や、その巨体が動いた。


「死ね。クソ山羊」


 しかし、動いたのはカルタの方が先だった。

 その場から弾けるように容赦も躊躇も一切なく駆け寄って、その山羊の頭部を真正面から消し飛ばすくらいのつもりで蹴りあげた。


「ヴェエエッ!」


 消し飛びはしないものの、立ち上がる間もなく悪魔の体が仰け反って倒れる。


 完璧な先制攻撃に見えた一撃だったが、同時に悪魔の尻尾も動いていた。

 上質な鞭の瞬発力を持ってしてカルタの首を刎ねようと風を切る。


「カルタさん危な――」

「それはもう見た」


 パンと鳴ったのはカルタの掌の内だった。

 超高速で動いていたハズの尻尾の先端をいとも容易く捉えている。


 カルタの口内に飴の甘さがジワリと広がる。


「ウソ!? ……カルタさん、すごい!」

「少し本気を出せばこんなもんだ。見てろ」


 攻撃を防がれたことなど気にもせず悪魔が大口を開けて飛びかかっていた。


「芸がないな」


 尻尾の攻撃で体勢を崩し、噛み殺して止めを刺す。

 さっきと全く同じパターンだ。


 カルタは掴んだままの尻尾をグイと引き寄せ、自らも地面を蹴った。

 そのまま巨体の又の下を潜り抜けて噛みつきを交わす。


「頭が高い!」


 尻尾を引く力は抜かず、一気に引き寄せては三メートルを超える巨体を宙に浮かせ、そのまま地面に頭から叩きつけた。

 ブチンと尻尾がちぎれ飛ぶ。


「ヴェエエエエエッッ!!」


 野太い悲鳴を上げる悪魔の姿を尻目に、カルタは屋上に設置された給水タンクを駆け上がり、さらに高く跳んだ。


 青空に影を落とす。

 その落下地点には山羊頭。


 カルタの両足がその頭蓋を見事に捉えた。

 グシャリと水っぽい塊を何かに叩きつけた様な音と、バキンと硬い何かを粉砕するような音が混同して響いた。


 どす黒い体液が飛び散る中、表情一つ変えずにカルタはロナに問いかける。


「ロナ、コイツの心臓の位置は分かるか?」

「え、えっと、ココだよ!」


 瞬間、カルタの視界がピンぼけした写真のようにぼやけて滲んだ。

 それが収まると、カルタの見下ろす悪魔の体が透けていた。


 ロナが透視の魔法を共有してくれたらしい。


 不気味に揺れる黒い体毛に覆われた皮膚が透け、その内容物が見て取れる。

 胸の中央にその巨体の割に小さな心臓の鼓動が見えた。


「なるほど、便利だな。わかった」


 それはひどく機械的で、冷たい表情だった。


 カルタはその心臓を隠す胸の中心を、およそ人間らしからぬ怪力の一突きを持ってして貫いて、そして同時に握った心臓を完璧に潰して見せた。


「ザマみろ、クソ山羊。これで死んだだろ」


 悪魔の体がビクンと一度大きく跳ね、そして動かなくなる。


「カルタさん、もしかしてこの悪魔の弱点がわかったの? なんで!?」

「知らん。だけど生物の弱点なんざ、脳か心臓に決まってるだろ」

「えぇー……いや、悪魔は普通の生物じゃなく……」


 ロナの警告よりも早く、もう動かないはずの悪魔の口がグワと開かれた。

 カルタの足を食いちぎろうと閉じられる口を跳んで避け、カルタは一度距離を取った。


 血みどろのまま何事もなかったかのように立ち上がる山羊の顔は、砕いたはずの頭蓋ごと再生を始めていた。

 折れた角が生え代わり、胸に開いた穴も見る見る内に塞がっていく。

 千切れた尻尾もすぐに再生し、おびただしい体液の跡だけが屋上の床に残るのみとなる。


「ヴェェェ……!」


 再生能力か、等と思っている間に悪魔は元の通りの姿に戻っていた。

 カルタに散々攻撃されたお陰か、先ほどよりも殺意に溢れた鳴き声を溢している。


「ちっ。しぶとい野郎だな」

「悪魔は弱点を攻撃しない限り何度でも再生するんだよう」

「そうか。わかった。殺す」

「弱点もわからないのにどうやって殺すつもりなんだよう!?」

「弱点なんぞ知るか。死ぬまで殴れば死ぬんだよ」


 ロナの忠告などカルタはまるで気にもしない。

 カルタの表情に笑みなどはなく、ただただ冷たい怒りが張り付いていた。


 冗談などではなく、本気で殺せると、何が何でもぶっ殺すと、そう考えているのだ。


「ふぇぇ、コロネル助けてえ! やっぱりこの人頭おかしいよう!」

「ヴェェェェェェェエ!!」


 渋いおっさんと野太い山羊の悲鳴が交錯する中、異常と異形の戦いが再び始まった。

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