Chapter034:事故
翌日、カルタは教会の地下で目を覚ました。
「おいガキ。いつまで寝てんだ。起きろ」
暗い眠りを妨げたのはいつもとは違う野太い声だった。
「ん……九郎か」
自分の家だろうと他人の家だろうと、どうやらカルタはおっさんに起こされる宿命らしい。
「そうか……結局、泊ったんだったな……」
生活感のない地下室の光景を見渡して、カルタは九郎の部屋の床に寝ていたことを思い出す。
意識がすぐに覚醒し、次いで汗でベタつく体の不快感を思い出した。
「おはよ……シャワー借りるぞ」
「おう。場所は昨日教えた通りだ。浴びたら教会に出てこい。飯だ」
ペチンといつものブーメランパンツを渡される。
シャワーのついでに着替えろという事だろう。
朝食のメニューを察し、カルタは素直にそれを受け取った。
ブーメランパンツにも慣れたものである。
「わかった」
深夜の立ち合いのあと、一方的に汗まみれになったカルタはシャワーを借りようと思ったが、夜の地下には部屋の音がひどく響くらしく、シャワーを浴びるのは朝にしろと九郎から言われていた。
せっかく寝静まった双葉目を起こさないための配慮だ。
カルタも納得して眠りについた。
「おぉ、ここか……」
本当に教会の地下にシャワールームがある。
水瓶から話には聞いていたが、その目で見るまでは半信半疑だったシャワールームは本当にあった。
扉を開けるとなぜか更衣室風のロッカーが二つ並んだ脱衣所があり、その先に曇りガラスのドアがある。
その扉の先が実際のシャワールームだ。
「へぇ、中々風情があるな。この脱衣所に反響するシャワーの水音……今に惨劇の一つでも始まりそうだぜ」
悪魔対策と称してロナが一緒に見たがったホラー映画のワンシーンを思い出しながら扉を開ける。
扉を開けるその体に痛みはない。
昨晩、薬を使ったハズなのだが、反動がなかった。
なぜだ?
という疑問が、しかし別の疑問にかき消された。
「……ん? シャワーの音?」
気づいた時にはすでに遅かった。
扉は開け放たれ、カルタはその先の光景を目にしてしまっていた。
そこにあったのは双葉目が一糸纏わぬ裸体を水に晒している姿だった。
体つきは華奢だが、それでもしっかりと存在を主張する双丘は、やっぱり着やせするタイプらしい。
情弱そうな青白さを持つ肌は、意外にも健康的な張りを持って水を弾いていた。
「な、なな、く、な……くろ…玄岸っ!?」
体を隠す事も忘れて硬直する双葉目の青白い肌が、朝焼けの光を浴びるように朱に染まる。
カルタを捉えたその視線がつーっと下へ落ちていき、ピタリと止まった。
「よし、双葉目。これは事故だ。おちつ――」
「きゃ、きゃああああ!?」
「ですよね……」
予想した通りの悲鳴がシャワー室に木霊した。
カルタは慌ててガラスの扉を閉め、脱衣所に戻る。
「あっ、玄岸くん!」
そこに双葉目の悲鳴を聞きつけたスク水姿の水瓶が脱衣所に飛び込んできた。
「ダメですよ、今、ののちゃんがシャワー中……って、遅かったみたいですね!」
その後、水瓶が宥めてくれたが、楽しい朝のバーベキューパーティ中もカルタと双葉目の間には気まずい空気が出来てしまった。
双葉目がせっかく水瓶とお揃いのスク水エプロン姿になってくれていたのに、気まずくてあまり視線を向けられない。
その水着越しのシルエットに、シャワールームで見た双葉目の体を思い出してしまうカルタだった。
「じゃあ、片付けは任せるぞ」
「玄岸くん、ののちゃん、ありがとうです!」
朝食を終えると、水瓶と九郎は二人で買い物に出かける事になった。
昨晩、カルタが九郎に、双葉目と二人にしてくれるようお願いしていたからだ。
教会の地下への扉には鍵をかけるが、教会自体に鍵はない。
二人が不在でも、教会への出入りだけならいつでも自由だ。
今日は地下への合鍵を預かっているため、外出する時は鍵をかける事にしていた。
二人きりとなったカルタと双葉目は無言のままバーベキューグッズを片付けた。
無言故に作業も手早く進み、あっという間に手持無沙汰になってしまった。
「さてと……俺達は、どうしようか?」
カルタが聞くが、双葉目はカルタと目が合う度に顔を真っ赤に染め上げなが殺意に満ちた瞳で睨みつけて来た。
今朝からずっとこの調子だ。
色々と聞かなければいけない事があるのだが、とても話にくい。
そのために二人きりになるように取り計らって貰ったというのに、その状況を活かせそうになかった。
カルタの不注意が原因ではあるが、困ったものだった。
「えーと……とりあえず着替えようかな」
あまりにも気まずい空気に耐え切れず、せめてブーメランパンツ姿から制服にでも着替えようかと脱衣所へ向かおうとしたカルタを、双葉目の腕が引き留めた。
「……離れないで。一緒にいなさいよ」
その声は小さく震えていた。
昨晩の取り乱しように比べると随分と落ち着いたように見えるが、それでも双葉目の中にある恐怖心はまだ消えてはいなかった。
「……わかった。わかったからそこ引っ張らないで? 結構エグい感じで食い込むから」
他に掴む場所がないからなのだろうが、双葉目にブーメランパンツの端を引かれ、カルタはわりと大事な所が痛かった。
「~~っ!? あ、アンタがそんな恰好してるからでしょ!? 他に掴むところないじゃない!?」
「仕方ないだろ。これがこの教会での食事でのドレスコードなんだよ。お前だってスクール水着じゃん」
「わ、私だって水瓶が着ろって言うから、し、仕方なくよ!」
「俺だって同じだっての」
突っ込みあった勢いのまま、やっとまともに話が出来そうな空気になった。
気まずさは残っているが、和らいだ気がする。
今だけはその切欠になってくれたブーメランパンツに感謝したい。
「んでさ、とりあえず着替えて良い?」
さすがにこの格好ではさすがに外には出歩けない。
どちらにせよ着替えはしたかった。
「わ、私も着替えたい……」
双葉目もそうだろう。
さすがにスク水のまま外出する気にはなれないハズだ。
「じゃあ、先に着替えるか? 脱衣所の外で待ってるからさ」
そう言って脱衣所に向かおうとしたカルタを、再び双葉目が引き留めた。
「だめ!」
「ひぎぃ!?」
「あっ、ごめん。つい……」
「だ、大丈夫だ。潰れてはない。セーフだ」
危ない。
子孫存続の危機だった。
「……一緒に、いなさい」
「一緒って……」
双葉目は一人になる事にひどく怯えていた。
カルタが側から離れることを許さず、結局、二人は一緒に脱衣所に入った。
「絶対に振り向かないでよね! 私も振り向かないから!」
「お、おう……」
互いに小さな衣擦れの音を背に聞きながら、二人は一緒に制服に着替えた。
「お、おまたせ。着替え、終わったわよ」
着替えを終えて、二人は教会の外へでた。
双葉目はずっとカルタの制服の袖を掴んでいる。
「離れないから、そんなに心配するなよ」
「うん……」
赤みが引いた双葉目の顔色は蒼白その物だった。
血の気が引いて、まるで死人のよう。
活力と言うものそのものが抜け落ちているようだ。
「…………」
「…………」
双葉目が怯えている原因には察しがついている。
それでも、カルタはそれを聞く必要があった。
「なぁ、何にそんなに怯えてるんだ?」
できるだけ優しく問いかけたカルタの言葉に、双葉目は一瞬、ビクリと肩を震わせて、そして静かに答える。
その声が震えていた。
「お母さんが、私を探してる気がするの」
カルタはやっと、双葉目から聞くべき話を聞けそうだった。




