Chapter032:侵略
洗いたての制服を着て、カルタは教会を出た。
夜の通りに誰も居ないのを確認し、十字架に擬態したまま静かに眠っているロナに念話ではなく直接に声をかける。
「おい、ロナ。起きろ。おい」
「んん……んぁ?」
「んぁ、じゃねぇ。おはようだ」
「あ、カルタさん……おふぁよぅ……」
「呑気に挨拶してる場合じゃねぇ。おい、お前は九郎が戦ってる所を見たのか?」
「あっ! カルタさん! 大変だよう! いきなり現れた九郎さんがあの女の子たちを、こう、すごかったんだよう!」
一気に意識が覚醒したらしいロナが捲し立てるが、まったく状況が伝わってこなかった。
九郎はあまり自分の力を語ろうとしない。
カルタは九郎が現れる前に意識を失ってしまったが、ロナは教会に入るまでの意識ならあるハズだった。
「おちつけ。もっと具体的に教えてくれ。あの二人をどうやって撃退して見せた?」
悪魔祓いとして、九郎は悪魔には銀の武器を使うとかなんとか言っていたが、それ以上の事は聞けていない。
そもそも銀の武器とやらがどんな武器なのかすら教えてくれなかった。
曰く、それ以上は企業秘密だとか。
「銀色の、剣? なのかなぁ。長い棒みたいなのと、あと鉄砲も使ってたよ。真っ黒なやつだよう」
剣に銃。
まるで漫画のような話だ。
「あとは?」
「それで、こう……ズババッ! バンバン! って」
「全然わからん」
「だから、こう……って、カルタさんどこに行くの? お家に帰らないの?」
教会を出たカルタが向かっているのは自宅ではなかった。
「ちょっとな。双葉目の事が気になる。九郎も何も言ってなかったし……」
九郎はカルタが廃工場へ向かう所を目撃して駆けつけてくれたらしく、双葉目宅の事は知らないらしかった。
カルタが駆け付けた時点で双葉目は無事だったが、家族は既に殺された後だった。
すでに時間が経っているが、その後の事が気になった。
この街には、悪魔の存在した証拠を消し去る謎の存在がいる。
ならば、悪魔を目撃した双葉目はどうなる?
それが気がかりだった。
双葉目の家につくまでロナの話を聞いていたが、結局は九郎の戦いぶりは何もわからなかった。
ロナに言わせると「とにかくすごかった」らしい。
双葉目の自宅には夜中だというのに一階に明かりが灯っていた。
ちょうどカルタが突入したキッチンのあたりだろう。
その明かりが玄関まで漏れている。
二階建ての箱のような四角い家の二階には灯りはない。
カルタが悪魔を追って駆け付けた時には二階の電気もついていた気がしたが、誰かが消したのだろうか。
だとしたら、双葉目か、それとも別の家族か。
それともあの時、カルタが気が付かなかっただけで二階には別の誰かが居たのかもしれない。
どちらにせよ双葉目はもう意識を取り戻しているのだろう。
「……だったら、なんかおかしいな」
「ふぇ? なにがおかしいの?」
双葉目か、それとも誰か別の人物か、とにかく誰か居るのならば、死んだ誰かの遺体に気付いているハズだ。
警察の車の一つでもなければおかしいだろう。
カルタとてキッチンの隅に倒れていた遺体をじっくりと観察したワケではないが、それでも救急車を呼ぶなんて悠長な判断をするような状態ではなかったハズだ。
一目見て死体だと理解せざるを得ないほどに損壊していた。
なんとなく抱いた違和感が気になり、カルタはそのまま玄関の門を叩く気にはなれなかった。
足音をたてないようできるだけ気配を殺し、そっとキッチンの窓へ近づいてみる。
壁に耳を当てるようにして澄ませると、小気味の良いリズムが耳朶を打った。
トントントンと、何かを叩くような小さな音だ。
キッチンと言う場所もあり、すぐにそれが包丁がまな板の上に踊る様子を連想させた。
誰かが料理をしているらしい。
確かにキッチンからは食欲をそそる匂いが漂っていた。
そういえば、とカルタはキッチンに突入した際にシチューの匂いがした事を思い出す。
今は別の匂いがする。
「こんな夜中にお料理?」
ロナが不思議そうに念話で聞いてくる。
確かにあまり一般的ではない時間だが、明日のお弁当や朝ごはんの仕込み、あるいは夜食など、必ずしも異様な物とは言い切れない。
カルタがチラと窓を覗くと、キッチンには一人の女性が立っていた。
手元に視線を向けているせいだろう、俯いている顔は影がかかって見て取ることはできない。
なんとなく見覚えのある姿に見えたが、ハッキリとはいつの記憶かは思い出せない。
もしかしたら思い違いだろうかという程度の、それくらいの既視感だ。
手元も見えないが、トントンと包丁がまな板を打つ音が続いていた。
カルタの違和感は強まるばかりだった。
角度的に見ることはできないが、このキッチンの隅に死体が転がっていたハズだ。
死体はもう運ばれたのだろうか。
だったら警察の現場検証などはないのか。
それともそんなものはすぐに終わるものなのか。
いや、そもそも、そんな場所で料理など、一晩も明けぬ間に平然と出来るものなのだろうか。
「俺の考えすぎか……?」
「うーん、わかんないよう」
一度気になると、その違和感を振り払う事は難しかった。
とにかく双葉目の様子を見ておきたくなった。
カルタは一度、キッチンの壁から離れ、さらに双葉目宅からも少し距離を置いた。
携帯電話を取り出し、登録された番号の一つを選ぶ。
短いコールの後、すぐに相手が出た。
「カルタさん? ご無事ですか?」
繋がった瞬間から心配そうな声をかけてきたのはコロネルだ。
「おう、無事だ」
「それは良かった。急に通話が切れたので心配しましたよ」
いつ切れたのだろうか。
切った記憶はないが、そもそもロゼとシャムに出会ってからは意識すらなかった。
「心配かけて悪かった。なんか色々と立て込んでてな……それより、一つ頼みがあるんだ」
コロネルに聞いてみると、双葉目宅の座標には二つの気配があるらしかった。
一人は先ほどのキッチンの女性だろう。
つまり、もう一人は家の中に居ることになる。
「わかった。ありがとう。帰ったらまた詳しい話はするよ」
「わかりました。お気をつけて……あ、ごはん食べられました?」
「あ、俺は食ったわ。けどロナがまだだからなんか作ってやってて」
「わかりました。では材料が余っていますのでハンバーグにしますね。ロナに伝えておいてください」
「わかった。じゃあまた後でな」
「はい、ではまた」
なんだかお母さんみたいになってきたコロネルとの通話を切り、再び双葉目宅を見やる。
「晩御飯、ハンバーグだってよ」
「ほんと? わーい!」
コロネルの言うもう一人の気配とやらが双葉目なら、キッチン以外で人の気配を探れば会えるだろう。
カルタは目に付いた二階の窓から侵入してみる事にした。
「ロナ、浮遊で二階のあの窓まで行けるか? 音は立てないように」
「たぶん、いや、ギリギリ? 行けると思うよう?」
「……じゃあ軽く跳ぶから、サポートしてくれ」
「わかったよう」
カルタが軽く地を蹴ると、ふわりと軽くなった体は簡単に二階の窓際までたどり着いた。
その後はロナの浮遊に任せ、ゆっくりと静かに屋根に着地する。
二階の部屋には相変わらず電気は付いていない。
ここが双葉目の部屋だとしても、時間帯を考えても恐らくは寝ているだろう。
そう考えてそっと窓を覗くと、ベッドの隅で膝を抱く双葉目と目があった。
「……あ」
「……玄岸?」
双葉目が目を見開いて、ベッドから弾けるように飛び出した。
部屋の灯りもつけずに鍵を開け、音をたてないように窓をそっと開く。
「よう、まだ起きてたんだな。えーっと……」
まさか本当に双葉目の部屋だとは、それも起きているとは思わず予想外の展開に言葉を選ぶカルタの声には返事もせず、双葉目は窓から身を乗り出して抱き着いてきた。
制服の時とは違う胸の柔らかさが肩に当たる。
「うおっ!? ちょっ……」
危ないと言いかけた口を双葉目の手のひらが塞いできた。
「静かに……!」
ほとんど部屋から飛び出した状態の双葉目を抱えたまま、カルタは何とか窓の縁を掴んで体勢を戻した。
部屋に双葉目の体を戻そうとするのに抗うように、双葉目はグイとカルタに顔を寄せる。
その目には涙が滲んでいた。
「おい、どうした……?」
一目見て異常だとわかるくらいに双葉目は怯えていた。
冷え切った体が小さく震えている。
「お願い、私をここから助けて!」
必死な形相で双葉目はそう言った。




