Chapter030:双子
「よう、久しぶりだな……」
カルタは体の感覚を確かめながらゆっくりと立ち上がった。
金縛りは抜け、しっかりと力も入る。
目の前の少女、ロゼを視界から外さないまま、輪切りになった小悪魔が再生しないのを見た。
「カルタさん、だいじょうぶ?」
「あぁ、なんとかな。平気だ」
心配そうなロナの声に強がりで答える。
状況は悪い。
何をしたのかは分からないが、ひとまずはまたロゼに助けられた形になる。
やはりロゼは悪魔を殺すための何かを知っている。
あるいは、持っている。
「ロナ、魔法はどうだ?」
「ダメ、みたいだよう。理由はわからないけど、急に……」
まだ調子が悪いらしい。
今はロナの魔法は頼れない、か。
「ロナ、もしもまた戦いになったら……コイツをよく見ててくれ。悪魔狩りの正体を探りたい」
「わ、わかったよう!」
恐らくはまたロゼとの戦いになるとすでに分かっていた。
悪魔を殺しに来ただけでもないだろうし、話をするだけで帰るつもりなんて事もないだろう。
「おひさしぶりですの♪ お会いしたかったですのよ、お兄様♪」
ゆっくりとカルタに歩み寄りながら、ロゼが偽りなく笑う。
それは年相応の少女の可愛らしい笑顔だ。
こうして見るだけなら均整の取れた顔の美少女に思える。
「あぁ、俺も会いたいと思っていた所だよ。どうしても聞きたいことがあったんでな」
カルタは本心でそう返した。
聞きたいことが山ほどある。
できるなら、ロゼのスイッチが入る前に。
「あはぁんっ♪ お兄様っ♪ やっぱりお兄様はお兄様ですのね♪ そうですのね♪ 私の体が忘れられなかったのでしょう♪♪」
カルタの言葉を聞いた瞬間、ロゼが恍惚の表情で自身の体を抱きながらくねらせた。
「いや、待て。違っ……」
ロゼは全くもって話を聞いていなかった。
「わかりますのっ♪ わかっておりますのっ♪」
「いや、わかってないだろ。聞けよ」
「いいえ、もう言葉は不要ですのよ♪ 最初からそうですの♪ だって私達は……」
ヤバイ、とその瞳のギラつきを見ただけで直感した。
「聞け! そして答えろ! 悪魔の弱点は何だ?」
ロゼの戦いのスイッチが入りかけているのを、カルタは何とか先回りさせた言葉で抑えようと早口に言い切る。
「悪魔の、弱点……ですの……?」
ロゼがポカンと不思議そうな顔をした。
蝋燭の火が消える様にロゼの瞳のギラつきが収まる。
「そうだ。知ってるんだろ? でなきゃ悪魔は殺せない」
カルタの言葉の意味を考える様に、ロゼは瞼を落として首を傾げて見せた。
「そんなものは知りませんの♪」
そして笑顔でそう答えた。
「だったらどうやって悪魔を殺した? お前に潰された悪魔は再生しなかった」
知らないハズがない。
以前は完璧に潰して見せ、どうやったのか分からないが今回は輪切りにして見せた。
そこに何か共通点があるハズだ。
それを理解していなければ殺せるハズがない。
悪魔祓いの九郎は常に専用の銀の武器を使うと言っていた。
何が違うのか分からないが、九郎の銀は必ず効くと言う。
だがロゼが前回使っていたのは銀とはまるで別の金属で出来た大槌だった。
今回はそれすら手にしていない。
「そんなの当たり前ですの♪ だって、殺そうと思ったから潰して差し上げたんですのよ♪ それを再生されては困りますの♪」
意味の分からない事を言う。
そんなのただ精神論だ。
それで殺せるならカルタだってこんな苦労はしていない。
とっくに家に帰ってロナとドーナツを食べてる所だ。
「だから、どうして再生しないんだよ? 気持ちの問題なワケがない。悪魔は弱点をつかないと何度でも……」
「弱点なんて関係ありませんの♪ 私たちが本気で殺そうと思えば、殺せないものなんてこの世にありませんのよ♪ お兄様だって知っているじゃないですの♪」
「俺が、知ってる……? 何の事だ?」
「何って、全てですのよ♪ お兄様と私たちは同じですの♪ 私に出来る事がお兄様にできない理由がありませんの♪」
全く意味がわからない。
会話になっているようでまるで話が噛み合わない。
「俺とお前の何が同じだって? 俺にとって大事な事なんだ。頼むからちゃんと話してくれ!」
ブルリと、ロゼがその身を震わせた。
何だ、と思う前にロゼが顔を上げる。
そのトロンと蕩けるような表情に、カルタの本能が警笛を鳴らした。
「……ダメですのよ、お兄様♪ お喋りも楽しいのですけれど、やっぱり私、もう我慢できませんの♪♪」
会話で止められるような相手ではない事は最初から分かっていた。
少しでも情報を聞き出したかったが、どうやらそれもここまでのようだ。
「そんなに聞きたければ、どうぞ好きなだけ私の体に聞いて下さいですの♪」
高ぶる感情が抑制できないというような狂気的な笑顔で、ロゼが一歩、踏み出す。
地面を抉る爆発的な推進力を伴って、急激にカルタの元へと接近する。
「私の全て、お兄様に教えて差し上げますのよ♪♪」
「結局そうなるんだよなっ……まったく!!」
カルタもそれに応えるように踏み出していた。
「あっはぁ♪」
二人の体がぶつかり合うように肉薄する。
ロゼがそれに歓喜の喘ぎを溢した。
ロゼがギュっと握りしめた拳を振るうのを、カルタは体全体で回避する。
そしてそのまま、脇目もふらずに走り去った。
「あらあら…………♪」
このまま戦っても敵う相手でない事はよく分かっている。
だからと言って飴を砕くつもりはなかった。
戦いに勝ったとして、その後の自分がどうなるか分からない。
そもそも触れられただけでまた意識が飛ぶかも知れない。
だったら、逃げれば良い。
悪魔はロゼが倒してくれた。
その時点でもう、この場に留まる理由がカルタにはない。
「もう、お兄様ったら……♪」
ロゼが笑う声を背に、振り返らずに全力で走る。
その足首に何かが絡まった。
「カルタさん、地面!」
「んなっ!?」
地面を突き破って出てきたのは、植物の蔦だ。
ロナの声よりも先に、意思を持つ生き物のようにカルタの足首に絡みついてそのまま釣り上げる。
「なんだ、こいつ……!? 植物……!?」
カルタが千切ろうと腕に力を込めるが、荒縄のように固い。
手こずる間に別の蔦が伸び、その手首すらも絡めとる。
「ダメですのよ、お兄様♪」
ロゼが余裕の笑みを浮かべ、十字に逆さ釣りになったカルタにゆっくりと歩み寄ってきた。
「お逃げになろうだなんて、そんなの私、傷ついてしまいますのよ♪」
笑顔のままでそんなことをのたまう。
「だから、逃がしませんの♪」
「……お前の仕業、なのか?」
一体何の仕掛けだ。
まさか、ロナのような魔法の類か。
「それは違いますのよ♪ 実はもう一人、お兄様に紹介したかったですの♪」
吐息がかかるほどの距離まで接近し、ロゼがカルタの頬を指先でツツと撫でた。
「おいで、シャム」
ロゼが呼びかける闇の奥から、もう一人のトレンチコート姿が現れた。
「はじめましてだねぇ、お兄様ぁ……」
ロゼと同じ背丈。
ロゼと同じ顔。
髪は赤毛でサラサラとしたストレートのロゼとは対照的に、頬に向けて丸みがかる肩ほどまでの長さの緑のパーマ。
トレンチコートも色は違うがお揃いに見える。
コートは髪色よりも深い緑色をしていた。
「この子はシャム♪ お兄様のもう一人の妹ですのよ♪」
シャムと呼ばれた少女が、ペコリと小さく頭を下げる。
「これが実物のお兄様なんだねぇ。私もずっと会いたかったよぉ」
ハッキリとした口調のロゼとは真逆で、シャムはのんびりとした様子で話す。
シャムはペタペタとカルタの肌を触りまくり、その後にはチロリと小さな舌でカルタの頬を舐めた。
「や、やめろって! 知らねぇぞ、俺に妹はいない!」
カルタは太い蔦に押さえつけられ抵抗も出来ない。
やられたい放題だった。
「優しいお兄様のことだから、戦いは避けるだろうって、ロゼちゃんが言ってたんだ。だからこうやって隠れて待ってたんだよぉ」
シャムも全く話を聞いていなかった。
余計なところでロゼによく似ている。
「最初からお兄様に本気で来られたら、私達では捕まえるのも一苦労ですの♪」
「うん。本当に、優しいんだねぇ」
今度はスリスリと頬を寄せてくる。
「こ、こら、やめろっ」
「もう、シャムったら♪」
「お兄様ぁ」
楽し気に話す二人だが、カルタとしては状況が全く理解できない。
「……んで、どんな手品か知らないが、人を逆さ釣りにしてどうするつもりだ?」
精一杯の抵抗として出来るだけ強気な表情を作って目の前の二人を睨みつけては見たが、やっぱり逆さ釣りされたままでは迫力も何もあったものではなかった。
ロゼとシャムは互いの顔も見合わせ、クスリと笑った。
「もちろん、死んで頂きますの♪」
「そうだよぉ。私たちはそのために生まれて来たんだからねぇ」
何を言っているのかとでも言うように、当然のように二人の返事が重なった。
「…………は?」
ロゼが近くに落ちていた鉄パイプを手に取る。
ロゼが触れた途端に、ただの廃材だった鉄パイプの形状が見る見る変化し、見覚えのある大きな槌に形を変えた。
「シャム、はじめましょう。ですの♪」
「うん。はじめよっかぁ」
蔦に捕らわれたままのカルタを目がけ、ロゼが巨大な大槌を振り抜いた。




