Chapter029:夜襲
部屋を飛び出したカルタはそのまま真正面へ、夜空を目がけてマンションの手すりを蹴った。
「ロナ!」
「まかせて!」
ロナが浮遊の魔法を使ってその動きをサポートする。
浮かせるのではなく、軽くする程度でも十分に効果はあった。
文字通りひとっ跳びで背の高い建物を駆け上がる。
それらを足場に、目的地までの最短ルートを真っすぐに駆け抜けた。
「カルタさん、聞こえますか?」
繋いでいた無線のイヤホンからコロネルの声がする。
「おう、コロネル。感度良好だ。悪魔の様子は何かわかるか?」
「悪魔は出現地点に留まっています。かなり近くに人間の気配があります。急いでください」
やっぱりか、とカルタは舌打ちした。
「わかってるっての! 電話はこのまま繋いでおく。何か変化があったら教えてくれ!」
「わかりました。カルタさんも、何かあったらすぐに教えてください。一緒に戦う事は出来ませんが、こちらでも出来る限りの事はします」
「あぁ、頼りにしてる」
道中、いつもの教会の十字架が見えた。
水瓶は大丈夫だろうか。
悪魔が現れる時、水瓶はいつも体調を崩しているようだ。
少し気になったが、水瓶の事は九郎に任せて今はただ体を加速させる事に集中した。
「その付近の民家です。人の気配が一つ、消えかけています」
「見えてる! このまま突っ込む! ロナ、頼むぞ!」
「うん!」
カルタは一度地面に降りたつと、その地面を蹴った勢いで目の前の壁に突撃した。
そのタイミングに合わせてロナが透過をかける。
壁を抜けた先はキッチンだった。
料理の途中だろうか。
やわらかいシチュー香りに、鉄臭い臭いが混じっていた。
キッチンの隅には首のない体が一つ転がっていた。
胸元が食い破られたそれはすでに生きているハズもない。
多分、家族なのだろう。
母親か、それとも姉だろうか。
「クソ……!!」
今はそれを確認している暇はない。
キッチンから奥へ進むと、リビングに繋がっていた。
大きめの液晶テレビ、ゆったりとした大きなソファー。
そんなくつろぎのスペースの先に、場違いで見覚えのある悪魔の姿があった。
山羊頭が見下ろすその足元に、双葉目が倒れているのが見えた。
「双葉目っ!」
カルタは十字架を槍のように構えて猛然と悪魔に突っ込んだ。
「邪魔だっ!!」
背中から、一寸の狂いもなくその心臓に十字架を突き立てる。
「ヴェエエエエエエ!!」
悪魔の絶叫を無視し、そのまま凪ぐように悪魔の体を吹き飛ばした。
「おい、双葉目っ!」
倒れ込んだ双葉目を抱え起こすと、まだその体に脈があるのを感じた。
心臓の鼓動が感じられ、小さいが呼吸もある。
よく見れば額に腫れがあるが、他には傷もない。
「なんだよ、気を失ってただけか。はぁ、心配かけやがって……」
目の前で悪魔を見た恐怖で意識を失ったのだろう。
今日の儀式の時の様子を思い出せば仕方がないと思う。
「ったく、呑気に寝てる場合じゃないが、今はその方が良いか。説明は後だよな」
「カルタさん、悪魔が再生するよう!」
「わかってる」
カルタは双葉目を抱き上げると、近くのソファーに寝かせ直した。
背後に向き直ると、貫いたハズの悪魔の心臓は再生し、天井まで届く巨体がのっそりと立ち上がっている所だった。
「やっぱり効いてないか。この十字架じゃダメみたいだな」
そもそも手応えがないと感じていた。
カルタお手製の十字架では悪魔の心臓を焼くような感覚が一切ない。
「しかし、本当に室内に居やがったな。お行儀よく玄関から入ってきたのか? それともそもそもここに生まれた?」
「ヴェエエエエエエエッ!!」
憤怒に揺れる横長の瞳がカルタを睨みつける。
「答えるわけないか。まぁ良いけどな。死ね」
今度は正面から十字架をぶち込んだ。
返り血に塗れるのも気にせずそのまま抱き着くように肉薄し、さらに押し出すように前に進む。
「ロナ、場所を変える! コイツごと透過してくれ!」
「わかったよう!」
ガラスをすり抜けて、カルタと悪魔な寒空の下に躍り出た。
「上に行く! 浮遊たのむ!」
「うん!」
地面を蹴った勢いで、軽くなった体が悪魔の巨体を抱えてふわりと舞う。
地図は把握している。
街の東には随分前から使われなくなっている廃工場がある。
そこなら学校の屋上よりもさらに広く、周りに高さのある壁が広がっているおかげで周囲の目にも触れ難い。
以前から誘い込むなら都合の良い場所だと思っていた。
そのど真ん中に悪魔を下敷きに落下する。
そのまま墓標のように十字架を突き立てた。
何度やっても再生するのは分かっている。
そのうえで、いったん距離を取る。
悪魔はすぐに再生して自力でその十字架を抜き取ると、何事もなく立ち上がった。
「じゃあ次はコレで死ね」
カルタが取り出したのは、水瓶に渡したものと同じ小さな十字架だ。
水瓶が今日の最後の話を信じてくれていらば、すぐにも弱点として現れるハズだ。
「実験開始と行こうか」
ヒュン、と悪魔の尻尾が風を切る。
それを悠々と搔い潜り、カルタは十字架を悪魔にめがけて突き刺した。
戦いとしては一方的だ。
ただ、最後の決め手に欠けるだけ。
それを克服するために試行錯誤を繰り返している。
この攻撃もそうだ。
作戦は進めているが、弱点の刷り込みとしてはまだ準備段階。
だからまだ効くハズがない。
カルタはそのつもりだった。
「ヴェヴァッ」
十字架が心臓を貫いた瞬間、今までになく奇妙な声を残して悪魔の体が弾け飛んだ。
「なっ……!?」
まさか、効いた?
「すごいよう! 効いてるんだよう!」
「いや、違う!」
はしゃぐロナの声を制し、カルタはすぐにその異変に気付いた。
バラバラになった悪魔の体がそれぞれ結びつき、再生していた。
いつもと違うのは、それが四体もの小さな姿に変わった事だ。
それはカルタを囲むように立ち上がる。
ダメージがあるようには見えなかった。
「うわわ、増えたよう!?」
「増えたのか? ロナ、透視たのむ」
「ふぇ? わかったよう」
分裂した悪魔たちはカルタの腰くらいの背丈で、まるで子供の様な大きさだが姿は同じ山羊頭だ。
小悪魔とでも言ったところだろうか。
そういう女子は嫌いじゃないが、山羊頭では納得できない。
チェンジだ。
「確かに増えたみたいだな」
小悪魔それぞれに心臓が見える。
体の一部が形を変えた、なんてワケではなさそうだ。
「コロネル、聞こえてるか?」
「はい、状況は分かりませんが、気配が膨らみました」
「それって、どういうことだ?」
「率直に申し上げますと、良く分かりません」
「だと思った!」
だいたいいつもこうだ。
悪魔について詳しいのか詳しくないのかはっきりして欲しい。
「ヴェエ!」
少し高くなった鳴き声と共に襲い掛かってきた。
四体がそれぞれに小さな爪をギラリと光らせる。
四方から襲い掛かられるとさすがにマズい。
目の前の一体に意識を集中し、突破を試みる。
どうせ攻撃しても死なない相手だ。
カルタは回避に専念し、駆けた。
すれ違い様、チリとその爪先がカルタの頬を掠める。
「うぉ!? いつもより速いぞ!」
カルタの意識はしっかりと集中していた。
正面からの攻撃なら回避できない速度ではないハズだったが、体が小さくなったことで速度が増しているようだ。
リーチは短くなっているハズの攻撃を避けきれない。
「幻の類ってワケでもないみたいだな!」
包囲を抜けたカルタを小悪魔たちが追う。
カルタは手製の巨大な十字架を拾いなおし、牽制するように振るった。
当りはしないが、羽虫が散るように小悪魔がバラける。
羽があるのは知っていたが、実際に飛んでいる姿は初めて見た。
いつもは逃げる事も逃げられる事もなく決着がつく。
そもそも相手の方がデカいのだ。
こうして飛ぶ必要はなかったのだろう。
「小さくなっても不死身かどうか、試してみるか」
カルタはロゼを思い出す。
巨大な大槌で粉砕した悪魔は、その後も再生しなかった。
ロナは悪魔は不死身だという。
カルタもそれを信じかけていたが、ロゼの攻撃を見たせいで、もしかしたら再生能力にも限界というものがあるのかもしれないと思い直した。
心臓だけじゃなく、全身くまなく、ミンチにしたらどうだろうか。
巨体を相手では再生速度が上回る。
だが幸にも相手が自ら小さくなってくれた。
試してみるにはこれ以上の好機はない。
仲良く迫ってくる小悪魔たちを分断するように十字架を振り回す。
一体だけを近くに誘い込み、その首をひっ捕らえた。
抵抗するように素早く尻尾が跳ねるが、カルタはいとも簡単にそれも捕らえた。
速いが、いつもより少し速い程度だ。
わかっていれば対処できる範疇だった。
首を握りつぶして地面に叩きつける。
十字架で頭部を潰して張り付けにし、そのまま全力で踏みつけた。
豪快なタップダンスでも踊るように、何度も何度も何度も何度も。
他の小悪魔たちに邪魔される前に完全なペーストに変える。
脳内でシミュレートした通り、機械的に迅速にそれを行う。
山羊の悲鳴すら上がらずに、カルタの足元には小悪魔一体分の血だまりが出来た。
まるでどちらが悪魔か分からないような光景だ。
「これで、どうだ……?」
度を超えた無酸素運動はさすがに疲れるが、そのかいもあって悪魔が再生される様子はない。
「なるほどね。なんだ、簡単じゃないか」
「……死んだ、の?」
「多分な。残りも片付ける」
カルタは同じ要領で小さな血の池を作っていく。
一つ、二つ、三つと、最後の一体を捕らえて頭を潰した時、背後から風を切る轟音が聞こえた。
「なんだっ!?」
咄嗟に屈んだカルタの頭上を通り過ぎたのは、一本のさび付いた鉄柱だった。
それは廃工場に残されていた廃材だ。
辺りにはいくらでもある。
「……おいおい、嘘だろ?」
鉄柱が飛んできた方向には血まみれの小悪魔が居た。
血だまりから生えるように、ひどくゆっくりだがその体が再生している。
「……何が違う?」
ロゼには殺せてカルタには殺せない。
ロゼもカルタと同じようにただぶっ潰しただけだった。
それとも同じように見えて違うのだろうか。
潰しただけではない?
「だったらそっちの限界まで、何度でも試してやろうじゃねぇか!」
次にロゼにあったら何とかして聞き出してやる。
そう決めて再生しかける小悪魔を潰しにかかる。
近くには何の廃材もない。
飛び道具に気を付ける必要もないだろう。
と、そこで気が付いた。
そもそも、あんなボロボロの体でどうやって巨大な鉄柱を投げつけてきたのか。
血だまりの近くにそんなものはあったのか、と。
「カ、カルタさん、これって……」
その小さな疑問はすぐに解けた。
目の前で相手が実践してくれたからだ。
小悪魔が、手を触れることなく周囲の廃材を浮かび上がらせる。
錆びた鉄柱が、腐った木材が、潰れたネジが、割れたガラスが、一人でにカルタに襲い掛かる。
「……これって、ポルターガイストか!?」
物体の浮遊。
儀式でロナがやった事と同じことだ。
小悪魔本体ほどの速度はない。
だが、圧倒的な物量がある。
今度は避けるだけで精一杯になるほどに。
「クソ! どうなってる? 前はこんな技つかわなかっただろ!?」
「そんなの私に言われてもわかんないよう!」
変化のキッカケがあるとすれば、カルタに思いつくのは今日の儀式くらいしかない。
「まじかよ……だから悪魔の動きが変わったってのか?」
今日の儀式を再現する様なポルターガイスト。
そうとしか考えられない。
水瓶がどこまで信じているのかわからなかったが、それでも確実にその意識に変化をもたらしたのは間違いない。
「成功、といえば成功だな?」
水瓶の意識に作用したという点では確かに成功だ。
「ふぇぇ! だからって悪魔を強化しちゃ意味ないんだよう!?」
「俺だって予想外だっての!」
ふぇぇと泣きたいのはカルタの方だった。
おかげで今まで以上に苦戦している。
「とにかく本体を潰していったん黙らせるしかないなっ……!」
動かしているのは小悪魔だ。
ポルタ―ガイストは小悪魔が再生してから起き始めた。
もう一度血だまりに変えれば、少なくとも一時的には収まると予想がつく。
「もういっぺん死んどけ」
まだ再生が完了していない小悪魔の目の前まで迫った時、カルタの体がふわりと浮いた。
「……は?」
それがロナによるものではないとすぐに分かる。
まるで感覚が違う。
見えない何かに無理やり持ち上げられているみたいな感覚だった。
「しまっ……」
カルタの足が地面を離れる。
それはつまり、避けるという事が出来なくなるという事だった。
鉄柱がカルタの横っ腹を目がけて突っ込んできた。
慌てて手にしていた十字架を間に挟むが、簡単にへし折れる。
それもそのハズだ。
見えないとはいえ、数十キロはくだらない鉄材を振り回すほどの力なのだ。
それが非力なハズがない。
「カルタさん!」
頭の中にロナの悲鳴が聞こえた。
鉄柱に押されたまま、廃工場の壁まで吹き飛ばされる。
受け身も取れずに思いっきり背中を打ち付けた。
「うぐっ、かはっ……!!」
口の中が甘ったるくて気持ち悪い。
小悪魔はこの機を逃す気などないらしく、追い打ちをかけるように次々に廃材がカルタを目がけていた。
すぐにでも回避行動に出たいが、体が動かない。
金縛りにでもあっているかのようだ。
「ロナ、透過……」
「か、かけてるよう! でもうまくいかない!」
ロナの焦った声が聞こえる。
急にどうなってるんだ。
何とかしないといけないが、体の自由を奪われてはどうにもならない。
「クソ……!」
とにかく今は目の前のこの攻撃を耐えるしかない。
カルタは口内の飴玉を噛み砕こうとした。
幸にも顎は動くようだ。
ロゼと接触して以降、できるだけ使わないようにと思っていたが、それでもこうなっては他に方法が思いつかない。
悪魔の力を上回る出力を出す。
単純な答えだ。
飴を砕けば、薬の効果は一気に高まる。
舐めながら少しづつ摂取するのとは桁違いだ。
そしてその分、力のコントロールには体力を使うようになる。
ロゼとの戦い以降、カルタは自分をコントロールできなくなる恐怖が脳裏にこびりついていた。
それでも、と顎に力を入れる。
その時、不意に体から金縛りが解けた気がした。
目の前で廃材が音を立てて地面に落ちる。
その先に小悪魔の姿がバチンと弾けて輪切りになるのが見えた。
空から、甘ったるい声が落ちてくる。
「あはぁ♪ こんばんわですの、お兄様♪」
真っ赤なトレンチコートの少女がカルタの目の前に降りて来た。




