Chapter027:現象
カルタがこっそりと装着していた黒目のコンタクトを外すと、暗闇にならされた瞳が周囲の様子をそれなりに認識できるようになっていた。
定番のネタだが、本当にちゃんと効果はあるらしい。
ハッキリとまでは行かないが、十分に動けるレベルでは見える。
「双葉目、重いんだけど……」
そこまでは良いのだが、ほぼ腕にぶら下がっている状態の双葉目を支えながらカルタは困惑していた。
「こ、腰が抜けちゃったのよ……アンタが急に大声だすからでしょ!」
「お、おう。それはすまん……」
驚かすのは双葉目に効果抜群だったらしい。
「うぅぅ……」
暗くてハッキリとは見えないが、双葉目は完全に涙目のようだ。
明かりの消えた図書室はカルタが思っていたよりも不気味な物だった。
背の高い本棚が無理やり敷き詰められているせいか、部屋全体に妙な圧迫感がある。
ただでさえ小さな部屋が、暗闇に握り潰されるように余計に狭く感じられた。
「これは停電、でしょうか……?」
そんな中、水瓶が目を凝らして周囲の様子を冷静に見渡していた。
カルタの予想に反して、まったく怯える様子を見せていない。
それどころか、積極的に原因を探ろうとし出していている。
水瓶と双葉目のリアクションがカルタの予想の真逆過ぎた。
水瓶にはもう少し怖がって欲しいため、カルタ自身も暗闇に紛れてロナをフォローするつもりだったのだが、なにせ双葉目がくっついて離れないおかげで自由に身動きが取れない。
こうなればあとはロナに任せる他になかった。
残りの仕掛けが効くのを祈るしかない。
水瓶は入口のすぐ脇にある明かりのスイッチを確かめに、扉へ向かおうとしていた。
「ロナ、水瓶のウケが思ったよりも悪い。テンポ上げて次だ」
「わ、わかったよう!」
念話を受けて、ロナが動く。
その行動を邪魔するように、室内に高周波が響き渡る。
キーンと耳障りな音が鼓膜を揺らす。
通称、モスキート音と呼ばれる高周波だ。
若者にしか聞き取れない音として話題になったこともある有名な周波数だが、聞いているとひどい不快感を覚えるような音だ。
それを強めに流させた。
「きゃっ!?」
「ひゃあ!?」
水瓶と双葉目の悲鳴が重なった。
「どうした!?」
カルタは聞こえないふりをして大げさに驚いて見せる。
「な、何でしょう。これ……?」
「なんか、ヘンな音がする!」
一部の人間にしか聞こえないという実にオカルト的な演出だ。
恐怖の演出には間が必要だ。
ホラー映画などで良くある。
実際に何かが出てくる時ではなく、今にも何か出てきそうな気配を感じている間が一番怖い瞬間なのだ。
本当はもう少し間をあけて、暗闇に目が慣れ始めて「ただの停電か」と思わせたあたりでモスキート音を流すつもりだったのだが、水瓶の行動を邪魔するために間を抜いた。
若くてもモスキート音を聞き取れない人もいるが、水瓶に関しては事前に聞き取れる事を確認済みだ。
教会の近所の公園で、不良がたむろするのを防ぐために深夜に流れているのだという話を聞いていた。
水瓶もその音を聞いた事があるらしいと。
実際には耳鳴りのような音だが、悪魔を呼び出す儀式中という今の状況下では、より異様な物に聞こえるハズである。
一度聞いた事があっても、今は同じ音だとは思わないだろう。
「うぅ、気持ち悪い。カーテン開けましょうよ、カーテン!」
涙声で良いながら、双葉目がカルトの腕を引く。
「お、おい、双葉目。落ち着けってば。本には儀式を途中で中断するのは危険だって書いてあっただろ」
外部からの遮断を解くという事は、儀式を中断するという事になる。
本にはそれはやってはいけない事として書いていた。
途中で作戦を中断しないで良いようにとの設定だ。
「そ、そっか。って、なななんでアンタはそんなに落ち着いてるのよ!? 私達ほんとに悪魔を召喚しちゃったんだよ!?」
「いや、やろうって言いだしたの双葉目だろ」
「だ、だってほんとに出てくるとは思わないんだもん!」
「わかった、分かったから落ち着け。キャラ崩れてるぞ」
クールキャラはどこに行った。
あと腕に色々と当たっている。
双葉目は意外と大盛のようだった。
着やせするタイプなのかもしれない。
いつもしっかり上着を着ているし。
「大丈夫ですよ、ののちゃん。停電か、何かの拍子でスイッチが切れちゃっただけですよ。静かだから耳鳴りがするのかなぁ」
水瓶は毅然としていた。
いよいよ双葉目を励まし始める。
強い。
「ロナ、次!」
「う、うん!」
合図とともに今度は一斉に部屋中の本棚から本が飛び出す。
「ひゃああああああああ!!??」
「地震かな? いま揺れました?」
「ロナ、次!」
「うん!」
急に扉や窓ガラスがガタガタと音を立てる。
「ひぇええええええええ!!??」
「なんだか風が強いみたいですね」
「次!」
「うん!」
いくつかの本が浮き上がり、蝶のように羽ばたく。
分かりやすいように部屋の明かりを点滅させる。
「きゃああああああああ!!??」
「あれ、私ちょっと疲れてるのかな?」
「…………」
「…………」
仕掛けを発動させる度に双葉目が悲鳴を上げて泣き喚く。
胸が当たる。
しかし水瓶にはいまいち効いていないようだった。
双葉目の泣き声ばかりが図書室に響いた。
その後も、小さな火の玉が浮かび上がらせたり、ラップ音を出してみたりと仕掛けは続いたが、大きな戦果は上がらなかった。
全ての仕掛けが終わった後で明かりを戻し、次のページを軽く読み解いてから今日はそこまででお開きとなった。
この次のページが肝心で、呼び出した低級悪魔が中々帰ってくれなかった場合の対処法が今更ながらに書いてある。
その方法はシンプルに、十字架を握って祈る事だ。
そこから解説が続き、理由として悪魔は十字の形に弱い事を上げ、それは上級の悪魔が相手であっても通用する弱点だとそれまでのページをまとめている。
つまりはこれが本題で、悪魔の弱点として刷り込みたかった部分だ。
恐怖心を使って本の信憑性を上げ、その記述を刷り込んで悪魔の弱点として反映させたかったのだが、上手く行ったかはかなり微妙な感じがした。
双葉目がとても翻訳できる状態ではなかったのでカルタがなんとか解読したという感じで教え、水瓶はそれを真面目に聞いてくれていたが、果たして信じてくれているのか。
「それじゃあまた来週な」
「はい。玄岸くん、ののちゃんをお願いしますね」
「じゃあな」
別れ際、カルタは今日の作戦の最終ステップをさりげなく行う。
「あ、そうだ。これ、お前に渡しておくよ」
「それって……」
カルタが水瓶に手渡したのは小さな十字架だ。
「悪魔払いと言えば十字架だと思って買ってたんだけど、こんなもの効くかわかんないから渡すか迷ってたんだよな。でも、本にも効果あるって書いてあっただろ? だから持ってろよ」
「わぁ、ありがとうございます! でも、良いんですか? 玄岸くんだって、悪魔と……」
水瓶が心配そうな顔をする。
それくらい想定内だ。
「それは大丈夫。安物だけど、もう一個もってるから」
そう言って擬態したロナを見せた。
「ふぇ!? 安物ってひどいよう!」
水瓶は小さく笑ってその十字架を受け取ってくれた。
「わかりました。じゃあ、一生大事にしますね!」
「いや別にそこまで大事にはしなくてもいいけど……まぁ、なんかあったらお守り代わりに使ってくれよ」
これで今日の作戦は完了だ。
「じゃあ、今度こそ。またな」
「はい。また来週です!」
夕闇が夜の暗さに塗りつぶされ始める頃、カルタは双葉目を抱えて帰路についた。
水瓶を送ろうと思っていたが、偶然にも居合わせたと言う九郎と合流したので後を任せた。
「ふぇぇ、上手く行かなかったよう……」
「いや、お前のせいじゃないさ。作戦を練りなおそう」
ロナが沈んだ声で念話を飛ばしてきたので、さすがに慰めておく。
実際、ロナはちゃんと打ち合わせ通りにやってくれていた。
水瓶のメンタルが予想以上に強すぎたのだ。
逆に双葉目は予想以上にビビりだった。
泣き叫び疲れたのか、双葉目は子供のようにカルタの背中で眠っている。
「はぁ……」
思わず大きな溜息が出た。
準備にはそれなりに時間をかけたのだが、まさかの大敗である。
余計な相手はノックアウトしたのだが、意味はない気がする。
「おい、ついたぞ」
「……んぅ?」
双葉目の家の前で背中に声をかけると、寝ぼけ眼がハッと見開かれ、そして真っ赤に燃え上がった。
「くくく玄岸!? なにしてひゃあ!?」
そのままカルタから離れようとして背中から落ちかけたのを、カルタが支え直してやり、そのまま地面におろしてやった。
「なにって、お前が散々泣きつかれて寝るからだろ。ほら、鞄」
「あ、ありがと……」
カルタはクラスメイトの家くらいなら全部覚えている。水瓶が教会に住んでいることはさすがに知らなかったが、それ以外なら全部わかる。
それどころか街の施設も全て頭に入っている。良く使う近所のスーパーだけでなく、教会の場所も水瓶と出会う前から知っていた。
なぜかは良く分からない。
ただ知っているという事だけを知っている。
深く考えたことはなかった。
「じゃあ、また来週な。あ、今日の魔法陣で勝手に悪魔よんだりするなよ?」
「絶対しないわよっ!!」
今日の様子から考えればそんな事はしないだろうが、念を押しておく。
双葉目に見送られながら、カルタはそれから近所の専門店でドーナツを大量に買って家に戻った。
本来はロナへの作戦の成功報酬として約束していたものだが、今日はカルタもやけ食いしたい気分だった。
「ただいま」
家に戻ると部屋にコロネルが居た。
その表情が、珍しく険しく見えた。
最近は微妙は表情を読み取れるようになってきた。
笑顔なのだが、険しい笑顔なのだ。
いつものちゃぶ台には何かの地図が広げられている。
地図には、カルタの学校に赤い丸がついていた。
二重丸だ。
それを見て、カルタは何か嫌な予感がした。
「カルタさん、おかえりのところ急ですが、悪魔が出ました。たった今です」
「そういう事か」
その表情の意味を理解して、すぐに部屋の奥に向かう。
お手製の十字架を手に取って踵を返す。
「場所は分かるか?」
「えぇ、今回はいつもより東です」
言って、コロネルが地図に丸を新たに付け加えた。
「東……?」
地図を見る前から、なぜか漠然とした予感があった。
「クソ……! マジかよ!」
丸の場所を確認して、カルタは舌打ちをして家を飛び出した。
カルタはその場所を知っている。
つい先ほど、そこを訪れてきたばかりだった。




