Chapter025:解読
「ば、バカな……!」
ラテン語は古代ローマで生まれた古代言語だ。
そこから当時勢力を伸ばしていたキリスト教のカトリック教会の公用語として欧州諸国へと広まり、現在のフランス語やイタリア語の起源になったと言われている。
現在もラテン語を公用語として使用している地域は少ないが、西欧を中心としたルネサンス期における知識階級としての歴史を持つラテン語は今もなお学術的な分野で根強い人気を持っていたりする。
つまりは文法としては英語に近いわけである。
カルタはそれを無理やり日本語の文法に入れ替えたが、慣用句的な表現には文法の変換を無視してあえてそのままにしてあるし、今は使われていない古い慣用句への変換なども織り込んでいる。
そうして出来たオリジナルの言語だ。
ちなみに作るのが大変だったためまだ前半分しか修正できていないため、その先は普通のラテン語だ。
そのせいもあってカルタ以外が解読しようとしても一筋縄でいかない構成になっているはずだった。
「ま、ざっとこんなモノね」
「ののちゃんすごいですよー!」
それを見事に読み解かれた。
一ページ目にして難なくである。
普通、解読には膨大な情報量が必要となる。
沢山の文字列の中から規則性や別の言語との共通点を洗い出し、それをヒントに解読していくのだ。
だが、そもそもラテン語が使われている事から名詞や動詞を判別し、文法が日本語に似ている事をすぐに見抜いてしまった。
慣用句的な表現が例外であることまで、まるで超能力じみた直感で見抜き、他のページからも同じパターンを見つけてそれが正解である事を証明して見せた。
カルタからしてみれば、名探偵に犯行の手口を見事に答え合わせされる真犯人の気分だ。
解読開始からわずか一時間にして一気に解決編、怒涛のクライマックス展開である。
「あら、玄岸。どうしたのかしら? 自分に翻訳できなかった言語を初めて見たばかりの私にこんなに簡単に解読されたのがそんなに悔しいのかしら? あらあら?」
驚愕を隠しきれないカルタに、双葉目が愉悦の笑みを浮かべてくる。
女子であることを忘れて殴りたくなるような笑顔だが、それ以上に今は驚きが勝っていた。
「や、やるじゃないか……」
「仕方ないわよ、玄岸。これは素人が簡単に翻訳できるような代物じゃないから」
ポンと励ますように肩を叩かれた。
カルタは確かに落ち込んでいるがそうじゃない。
どれだけ頑張って書き直したと思っているのか。
「実際、この書物に使われているのはかなり不思議な言語よ。まるでラテン語と日本語が混じり合ったみたい。こんなの私だって見たことないもの。それに現代では一般的なものとしては使われていないハズの古の慣用句も含まれているみたいだから、恐らくはかなり古い時代に記された物ね」
そこまで読み解かれるとぐうの音もでない。
「だけど、それにしては綺麗な羊皮紙で作られているわね。ここまで古い言語体系なら、パピルスを使った巻物状の形を取っていてもおかしくないのだけれど……」
双葉目は思考がノリに乗ってきたのか、いよいよ言語解読から飛躍して本の出自を探り始めた。
このままでは危険だと、慌ててフォローを入れる。
「確かに、もしかしたら別に原本があるのかも知れないな。読み易い書物の形して写し直したのかもしれない」
「確かにそうね。それが一番しっくりくる。だけど、しっくりきすぎて逆に何だか腑に落ちない感じがするわね。何かを見落としているような……」
どこまでカンが鋭いんだ、この女は。
カルタは背中に冷たい汗を感じた。
これ以上は本当に危険だ。
このまま冷静に考えさせていたらすぐに偽物だとバレてしまう気がする。
最初から疑ってかかれば、自然と読み解き方もそうなってしまうだろう。
まずはこれが本物なのだと信じ込ませた方が良い。
それには手早くロナの魔法を使う段階まで持っていき、超常現象で度肝を抜いて黙らせるしかない。
「ロナ、手早く行くぞ。準備しておけ」
「わ、わかったよう」
「慎重に頼むぞ。双葉目は異常にカンが利くらしいからな」
「う、うん! 頑張るよう!」
このままでは完全に双葉目のペースに飲まれてしまう。
そうはさせじとカルタも反撃にでる。
「じゃあ、読めるならとにかく読み進めて見ようぜ」
本の一ページ目には特に意味のない魔法陣を描いたが、次のページにはこの本の概要を記した。
要するに前書きだ。
それは双葉目が容易く解読して見せたページである。
要約すれば「この本はどこかの経典のように悪魔の恐ろしさを知るための本ではない。悪魔など恐るるに足りぬ存在だと証明するものである」と書いてある。
「なんだか随分と現代的ね。初心者向けの教本ってだいたいこういう事を書いてる気がするわ」
「あ、私も子供の頃にやってたピアノの本に似たような事が書いてあった気がします。ピアノなんて簡単だよ、楽しもうね、って」
「先人の有りがたいお言葉だぞ。真面目に読みなさい」
双葉目が余計な事を言うので精一杯フォローした。
悪魔への恐怖心を少しでも減らそうと思って考えた導入部だったが、そういわれると確かにチープに聞こえるので悔しかった。
全然ペースを握れない。
「じゃあ次のページだな。双葉目、読めるか?」
「誰に物を言っているつもりかしら? 任せておきなさい」
今度はやる気満々の双葉目を有効活用する事にした。
うまく儀式に誘導する方が早そうだ。
ページを捲ると、そこには文章と一緒に小さな図が描かれている。
これもロナお手製の魔法陣だ。
下書きなしだったために緊張したせいだという震えた線がおどろおどろしい良い雰囲気を出している。
「良い仕事だ」
「そ、そうかな? えへへ」
内容は悪魔についての事前知識についてが半分を占め、その下には低級の悪魔を召喚して超局所的なポルターガイストを起こすという魔法陣が描かれている。
危険なので初心者は絶対にマネしないこと、と注意書きをつけながらも、しっかりと魔法陣の書き方と儀式の手順を書いておいた。
「えーと、そうね……悪魔についての説明が書かれてるわね。悪魔とは精霊の一種である。精霊とは人の意識に影響を受けて変化する性質を持つ。すなわち悪魔とは精霊が人の害意によって変化したものである……って所かしら?」
「なるほど、悪魔って精霊だったんですね!」
「精霊か。要は魂だけの存在って事だよな? 良いも悪いもないけど、その内の悪いやつが悪魔と呼ばれるってことか?」
カルタはそれっぽく話を誘導する。
「そういうことが言いたいのでしょうね。精霊は色々な魔術書にも出てくるわ。生物や物質に宿る中立的な存在として書かれている事が多い存在ね」
「ののちゃんは物知りですね~」
「当たり前でしょう。このくらいはオカルトに携わっている人間にとっては常識よ。ね、玄岸?」
「いや知らんわ」
当然のように同意を求めてくる双葉目。
生憎だがカルタはオカルトマニアではない。
事情が事情なだけに仕方がなくやっているのだ。
そんな数少ない理解し合える同志みたいな目で見られても困る。
「書物にはこう続いてるわね。この、人の意識に影響されるという事を利用して、低級の悪魔なら思い通りに生み出す事も可能だ、と」
「それがこの下の魔法陣の事か?」
ここまでは流れ通りだ。
改めて見ると急すぎる気もしたが、さっそく儀式の話になる。
「そのようだわ。ご丁寧にその手順も記されてる。危険だから絶対にやるなよ、とも書かれてるようだけど、これは……アレかしら?」
「フリってやつだな」
「フリですよね」
この儀式のポルターガイストをロナの魔法で再現する事が今回の目的だ。
もともと水瓶は悪魔の存在を認知している。
その上で本当にポルタ―ガイストが起これば、この本の力を信用せざるを得ないという算段である。
そうでなくともロナの魔法を目の当たりにすれば、よほどの否定派でなければ信用するしかないハズだ。
しかし素直すぎる水瓶ならまだしも、さすがにこんなあからさまな前フリで儀式をしてくれるほど双葉目は単純ではないだろう。
どう儀式までの流れを自然に作るかが、ここでのカルタの仕事だ。
「じゃあ早速やってみましょうか」
双葉目は単純だった。
「いや、ダメだろ」
思わず余計なツッコミを入れてしまった。
「平気よ。次のページにこう書いてあるわ。ポルターガイストの魔法陣は精霊を少しだけ刺激する程度だから、成功しても失敗しても、強力な悪魔が生まれることはない。ただし、大人数で儀式を行いう場合には注意すること、って」
「三人なら失敗しても大丈夫ってことか?」
次のページにはもしも水瓶が儀式を怖がった場合に備えて安全性を説いていた。
それが思わぬ形で役に立ったらしい。
我ながら良い仕事をしたと思うカルタだった。
「そう言う事のようね。面白そうじゃない」
「うん。確かに安全みたいだし、やってみましょう!」
良し! と心の内で頷きながら、カルタは渋々といった演技で儀式の実践を認めてやる。
「まぁ、そうだな……だったら、やってみても良いか」
ココまで来ると今日、双葉目と遭遇した事が不運ではなく幸運なように思えて来た。
「じゃあ準備しましょう。あら、ちょうどこの部屋には遮光カーテンがついているのね。暗闇はすぐにつくれるわ」
双葉目がカルタの思い通りに事を進めてくれる。
まるで出来の良い助手がついたようだ。
「よし、良い流れだ。後は任せるぞ、ロナ」
「うん!」
ロナも気合いバッチリの様子だ。
カルタは双葉目の指示に従う振りをしながら、水瓶と一緒に儀式の準備を進めた。




