Chapter024:図書
カルタの通う学校の図書室はとても小さい。
狭いスペースを限界まで活用しようと並べられた背の高い本棚に囲まれて、窓は小さく最低限の青空を切り取るにとどまっている。
「相変わらず暗いですねー。蛍光灯くらい増やしたら良いのにですよね」
元々は倍の広さがあったらしいが、利用者の少なさから縮小されたという。
そのせいか蛍光灯の配置がバランス悪く、明かりをつけていても部屋全体には薄暗い印象が残り続ける。
「あら、そうかしら? 良い雰囲気じゃない。ねぇ玄岸」
一時期は学校OBから寄贈されてた古い漫画が多く置かれていたお陰でこの図書室も賑わっていたらしいが、今度はそのせいで室内でのマナーが悪化したという経緯をうけて、それらは全て難解な専門書に置き換えらえれた。
今は寄贈された漫画達の全てが蔵書室といういわゆる倉庫に押しこまれている。
「確かに、オカルト話には持って来いかも知れないな……」
言いながら最後に図書室の扉を潜り、勝手に表に「閉室」の札をかけ、内側から鍵をかける。
後はさりげなく事前に付け替えておいた遮光カーテンを閉じれば、これで外から図書室の中の様子は完全に遮断される。
「ロナ、打ち合わせ通りにだ。これで魔法を使っても外から見られるような事にはならない。後は状況に応じて俺の指示通りに頼むぞ」
ロナの魔法を使う準備はひとまずこれで良い。
「わ、わかったよう。だけど、良いの? 関係ない人を巻き込んじゃうよ?」
「大丈夫だ。お前の存在自体を誰も知らない。魔法を見られても、それがお前のものだとバレる事はないさ」
自分に言い聞かせるようにロナと念話する。
魔法は魔法とは思われないハズだ。
少なくとも、ロナの存在を知らなければ、これから起こる事はカルタの本が作り出した怪奇現象と見なされる。
そういう手筈だ。
もともとオカルト好きの双葉目なら、恐らくはカルタの思惑から大きく外れるような事にはならないだろうと想像がつく。
後はペースを乱されないように、出来るだけロナと打ち合わせ通りにやるだけだ。
念話という専用の会話方法もある。
そう思うとイケる気がしてきた。
「さて、それでは始めましょうか!」
「はーい!」
なぜか双葉目が仕切り始めていた。
水瓶がノリノリなのは良いことだが、思わぬ伏兵に早速ペースを乱されている。
「玄岸、例の書物を」
「そう焦るな事もないだろう。丁重に扱えよ……」
「あれ? 玄岸くん、なんかキャラ変えました?」
鞄の奥から古びた風の書物を取りだし、机の上に広げる。
「前回の続きからですよね?」
「あぁ、そうだな」
カルタにとって二度目の悪魔の出現から二週間が経とうとしている。
一週間が経つころには悪魔の出現に備えて忙しくしていたカルタだが、結局は一週間が過ぎても次の悪魔は現れなかった。
コロネルに聞いても何の反応もないという。
九郎も何も感じていないようで、それは母体本人である水瓶の同じだった。
最近は体の不調も治まっているらしく、早退することもない。
カルタにとっての一番の問題は悪魔の弱点が効果を失っていた事だ。
コロネルと話してみて、恐らくは水瓶の無意識レベルでの悪魔への印象に変化があったものだと結論付けたが、どのような変化があったのは分からなかった。
水瓶にそれとなく話を聞いて見ても、悪魔に関わるような情報を新しく見聞きした覚えはないらしい。
この認識の確認はカルタにとって重要なものだった。
悪魔の弱点を新しく水瓶に刷り込むという作戦は、シンプルながら用意周到に行う。
それが無駄にならないように、現段階の水瓶の認識を理解しておく必要があったからだ。
そもそも、作戦を思いついた段階では最初の悪魔と遭遇し、銀や十字架という一般的な悪魔の弱点が通用するという知った所だった。
それはすなわち、水瓶の認識も一般的な情報に左右されているという事だ。
新しく説得力のある情報を与えれば、それが悪魔の弱点となって現れるという算段になる。
だが、いつの間にかその前提が揺らいでいた。
この理由が大事なのだ。
テレビや雑誌など一般的な情報と、悪魔関連での知人である九郎やカルタ達を除いて水瓶の認識に強く影響を与えるものがあるとすれば、そのせいでせっかくの刷り込みが無意味なものになる可能性がある。
現に、一度は通用していたハズの弱点が克服されている。
理由を明確にし、先に潰す。
それが出来れば良かったのだが、結局は原因不明のまま次の一週間が過ぎようとしていた。
「あ、ののちゃんには一応説明しておくね。この本は由緒正しい悪魔祓いの解説書で、すっごい古文書なんだけど……」
このまま分からないからと言って何もしないままでいても仕方がないと、今は少しづつ作戦を進めている。
本格的な作戦のその前準備として、週の頭に一度、水瓶には本を見せている。
まだ解読中であるという設定で、少しづつ一緒に見ていく約束を取り付けた。
当初は第一段階として「悪魔に効果抜群の弱点」を刷り込み、次第に「悪魔が出現しなくなる」という刷り込みへと誘導していく予定だったのだが、そこから少しペースを落とすことにした。
「それで、玄岸くんが頑張って翻訳してて、私も興味があったから内容を教えてもらってるんだけど……」
まずは「悪魔の弱点」を少しづつ刷り込み、悪魔が出現する度にその効果を確かめる。
効果がなければアプローチの仕方を変え、最も効果が高いと判断したもので「悪魔が出現しなくなる」刷り込みをかけるつもりだ。
一度効果があったとしても、次の出現でそれが無効化されていては意味がない。
それを確認しながら対策するための作戦構成だ。
「というわけで、なんとこの本には目次がなかったんです! さすが古文書だね!」
「なるほどね、良く分かったわ。要するに、まだ全然解読出来てないって事ね」
水瓶が前回のあらすじを説明すると、双葉目が鼻で笑いながら挑戦的な視線を向けてきた。
ラテン語には自信があるのだろう。
「ふっ、そう言う事だ」
だが、甘い。
確かに最初はラテン語だった。
だが、いまやラテン語の皮を被った古代文字という設定に変更済みである。
双葉目がこの本に興味を持った時から盗み見られる程度の展開は予想していたし、対策も怠っていない。
さすがに一緒に解読するとは思っていなかったが、何とか対策の範囲内だ。
前回は「こんな本がある」「信用できそうだ」という話をするために水瓶に本を見せただけだ。
水瓶と一緒に「まじか! 最初のページが目次じゃないなんて!」という程度の話しかしていない。
その他のページ内容にはいくらでも変更が効いた。
ちなみに最初のページは大きな魔法陣の図があるのみだ。
ロナの手書きだが、何とも言えない味があるように見える。
「でも安心しなさいよ。この私が来たからには……」
自信満々に双葉目がページをめくり出す。
教室では見たこともないキラキラな目をしている。
趣味の話になると元気になるあたり、双葉目は根っからのマニア気質な感じがする。
根暗というわけではないが、普段はクールキャラを装っているせいもあって静かな方だ。
最近は眠た気にしている事も多いが、基本的には真面目に授業を受けている姿を記憶している。
そんな双葉目の、珍しく楽しくて仕方がないと言った姿を見ながら、カルタはひっそりとほくそ笑んだ。
解けるものなら解いてみろ。
その鼻っ柱をへし折ってやる。
返り討ちだ。
と、なぜか喧嘩腰で双葉目に不敵な笑みを浮かべ返していた。
別に暗号を作ったわけでもないのだが、なぜか解かれたら負けな気がしていた。




