表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode2/承:Nightmare Strikes Back
20/34

Chapter020:金杖

 真夜中の冷たい風が、背の高いビルの間の狭い裏路地を吹き抜けて、ヒュウとかすれた口笛のように音を立てる。


 街は寝静まり、明かりも消えて薄暗さを増す夜の細道の奥に、真っ赤なトレンチコートを翻して一人の少女、ロゼは静かに降り立った。


「もう、シャム。アナタったら、またこんな所にいたのですのね」


 薄暗い裏路地の中、さらに影になった暗闇の中に声を落とすと、微熱を湛えたおっとりとした返事が返ってきた。


「あらぁ、ロゼちゃん」


 声の主はロゼと同じ背丈の一人の少女だ。

 シャムと呼ばれた半裸のその少女は、影の中で熱っぽく荒い呼吸を繰り返している。


「ごめんなさぁい、私お腹が減っちゃってぇ」


 シャムの下には植物の蔦のようなもので、ミイラのようにグルグル巻きに縛り付けられた男の姿があった。


 抵抗しようとしたあとなのか、蔦が激しく食い込んで出血している場所もある。

 顔には布のようなものが巻き付けられていて、口の部分が凹んだり膨らんだりしているのが見える。


 とても元気なようには見えないが、死んではいないようだ。

 瀕死といった所だろうか。


 シャムはそんな瀕死の男に上に跨って一心不乱に腰を振っていた。

 ロゼはその様子を一瞥し、小さく溜息を吐いた。


「それは良いんですの。だけど一言くらいは伝えてくれないと……」


 ロゼはシャムに歩み寄ると、シャムの顎を引き、その口元にこぼれる涎を優しく拭った。


「アナタが急に居なくなったら、私、心配してしまいますのよ?」

「ん、わかってるぅ。ごめんねぇ、我慢できなくってぇ」


 どちらともなく二人は唇を合わせ、自然と舌を絡めあった。

 小さな舌を通じてお互いの熱を感じ合う。


「もう良いですのよ、こうしてちゃんと無事で居てくれたから」


 布にくるまれた男の顔はわからないが、きっとシャムの好みの顔なのだろう。

 背丈や筋肉の付き具合もシャムの好きそうなものだ。


 大方、街で見かけて我慢できなくなり、そのままここへ連れ込んだのだろうと予想はつく。

 こんな時に自分たちの容姿が便利な事を、シャムは特に良く理解している。


 唾液の糸を引きながらシャムがゆっくりと唇を離し、蕩けるような表情の頬をよりいっそう赤らめた。


「あん、ロゼちゃんからお兄様の匂いがするよぉ」


 シャムがロゼの右手首を見つめる。

 一度はカルタに砕かれた手首は、すでに何の怪我も残っていない正常その物だ。


 やっぱり気づいた、とロゼも悪戯をする子供のように笑みを浮かべた。


「もぉ、ロゼちゃんったら、ずるいよぉ。お会いする時は一緒に、って言ったのにぃ」


 小さく頬を膨らませながら、シャムがカルタが触れたそこに舌を這わせる。

 シャムの不意打ちにピクンとロゼの体が跳ねた。


「ん、ごめんなさいなの。でも、ワザとではないのよ? 偶然居合わせてしまったんですもの」

「それはわかってるけどぉ。んっ……これがお兄様の味なんだねぇ」


 シャムの腰の動きが激しさを増す。


「ねぇ、ロゼちゃん。お兄様、どうだったぁ?」


 上目遣いに聞いてくるシャムに、ロゼは興奮した様子で答えた。


「えぇ、それはもう、とっても素敵でしたのよ♪」


 会うのは初めてだったが、一目見た瞬間に彼だと分かった。

 消えたはずの記憶なのか、それとも本能か遺伝子か。


 どちらでも良かった。

 ただ間違いなく、彼だと分かった事が嬉しかった。


「一目見ただけで分かりましたの♪ この方が私たちのお兄様なのだと♪」


 そしてロゼは、自分達と同じか、あるいはそれ以上の戦闘機能を持ちながら、それを自覚していないカルタのその深淵を覗いて来た。

 そしてその姿に、自分達の兄として相応しい存在だと認めるに値するものを見た。


 まだ目覚めには程遠い。

 本質は隠れたまま、ロゼが見たのは深淵の上澄みに過ぎない程度の代物。


 それでもなお素敵な力だと思った。


 今はまだ枷に囚われているが、それもすぐに外れるだろう。

 その時は、きっと自分たちの願いを叶えてくれるに違いないと、そう確信できるほどに。


「さすがは私たちのお兄様ですのよ♪」


 ロゼは手首の砕ける感触を思い出し、それだけで体が火照ってくるのを感じた。


 その火照りを共有するように、シャムの唇を荒々しく奪う。

 シャムも素直にそれを受け入れた。


「それに、お姉様の匂いを思い出しましたの」

「あぁ、それは素敵ねぇ」


 兄と、姉。

 ロゼとシャムにとって、願いを叶える力を持った数少ない存在だ。


 姉の行方はわからないままだが、出来る事なら兄であるカルタと共に再会したいと願っていた。

 それが叶わずとも、カルタ一人の力でも十分に願いは叶うと知りながらも。


「早く私も会いたいよぉ」


 シャムがおねだりするようにロゼを見上げる。

 ロゼはその頭を優しく撫でた。


「焦ることはないのよ。でも、もう私も我慢できないの♪」


 もうその匂いは覚えた。

 いつでも会える。


 何より、出会ってしまった。

 枷が外れてしまったのは、きっと自分の方だ。


「だから、次は二人で」

「うん。一緒にねぇ」


 二人はそのまま絡み合い、暗闇の中に倒れて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ