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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode1/起:Phantom Pain
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Chapter002:事変

「おーら、授業始めるぞー。お前ら席に着け―」


 そう声を荒げながら扉を開けば、騒がしかった生徒たちが慌てて各々の席に戻って静まり返る。


「出欠とるぞー。愛生ー」

「はい!」


 教壇に立ち、名簿を確認しながら順番に名前を読み上げて行けば、生徒たちからハッキリとした返事が返ってくる。


「居上ー」

「はーい!」


 まだ若く見える女教師だが、生徒たちからナメられているような様子は全くなかった。

 むしろ怯えているとも思える従順さだ。


 この学校に着任したての頃は当然ながら苦労した。

 生意気な盛りの高校生達を相手に、新任の若い女教師が威厳や信頼を勝ち取ることは並大抵の苦労ではない。


 そんな事は最初から理解していたし、むしろその過程にこそやりがいを感じていた。

 生徒たちとガチで真正面からぶつかり合い、共に苦難を乗り越えてこその教育だと意気込んでいた。


 上等だコラと気合い十分だった。

 だが、隠していたハズの元レディース総長疑惑がどこからともなく流出して以来、状況は一変した。


 それ以降の生徒たちは目に見えて素直になり、今ではこの有様だ。

 本人が目指していた教師生活とは何か違う。

 どうしてこうなったのか。


「植尾ー」

「はぁい!」


 今は昼休み前の最後の授業だ。

 生徒達のどこか気だるそうな顔を見渡しながら出欠を確認していく。


「玄岸ー」


 教室一の問題児の名前を呼ぶが、返事がない。


 席を見ても空席だった。

 返事がないのも当然だ。


 学校は優秀な進学校としてそれなりに有名だ。

 当然、生徒の質もそれなりに高い。

 ハズなのだが、どこから紛れ込んだのか、このクラスには問題児が一人。


「またあの秘密エージェント野郎か……西猫、玄岸は?」

「さぁ? てか、何でアタシに聞くんですか……」

「なんとなく、だ。見つけたら後で私のところに来るように伝えといてくれ」

「はーい」


 あとでタイマン説教かます。

 と心に決め、授業を始める。


「じゃあ授業始めるぞー」


 騒ぐような生徒もおらず、いつも通りの平和な授業だった。


 いつも通りに時間は過ぎ、授業を終えるチャイムが鳴った。







「君のクラスメイトを殺してほしい」


 要約するとおっさん達の依頼はそういう事になる。


 午前の授業の終わりを告げるチャイムが聞こえてきて、カルタは一度思考を中断して顔を上げた。


「うん。理解不能だな」


 人気のない校舎の屋上でカルタは誰にともなく呟いたが、抗議するような返答が腰のあたりから湧いてきた。


「言葉の意味のままですよう」

「……おい、おっさん。部屋に戻るまでは俺から話かけた時以外は俺に話しかけるなって言っただろうが」


 カルタの目線の先には真っ赤なマリモの如き物体がある。

 腰からチェーンで下げたその物体は、赤パーマ頭のおっさんこと、ロナである。


 口調は幼女だが相変わらず渋くて良い声だ。


 カルタは現役の高校生だ。

 そして今日は月曜日であり、高校生であるカルタは当然ながら学校へ来ている。


 部屋への不法侵入だけでも迷惑極まりない行為なのだが、ロナは外出先へも着いてくると言い出した。

 つまりは学校へも常に付きまとってくるらしい。


「私には君を巻き込んだ責任があるんだよう。それに安心して欲しい。私の姿はちゃんと目立たない格好に擬態するから!」


 その結果がこの赤マリモである。

 せめて色を変えられないかと頼んでみたが無理らしかった。


 曰く、擬態魔法の熟練度が足りないらしい。

 ゲームかよ。


 一方でコロネルはカルタの部屋を二十四時間体制で守ってくれるらしいが、それはそれでなんか嫌だ。


 そもそも、まだそんな依頼を引き受けるなどとは一言も言っていないというのに、おっさん達はカルタがそれを引き受けてくれるものだとばかりにグイグイと生活圏に侵入してくるのだ。


 迷惑極まりない存在に間違いなかった。


 この赤マリモも今すぐ投げ捨てたい気持ちだが、都合が悪くなると透過能力を使ってくるため下手に手を出せなくなる。

 自称、魔法使いらしいが、これは幽霊にとりつかれているのと何が違うのだろうか。


「え、今の私に話しかけたんじゃないの? 他に誰も居ないよう?」

「今のは独り言だ。秘密を抱える若者とはこうして人気のない場所で独り言を呟くって決まってるんだよ。分かれ」

「年頃の男の子って難しいよう」


 念のために授業をサボって屋上に来ているから今は良いが、人のいるところでは絶対に喋らないように調教した方が良い気がする。


 カルタは赤マリモを無視して制服のポケットから一枚の写真を取り出した。


 今朝、ロナがカルタに渡した物だ。

 そして、殺すべきターゲットとして告げられた相手であるらしい。


 バカバカしいとは思いながら、その人物を改めて確認する。

 その写真には確かにカルタのクラスメイトの姿が写っていた。


「へぇ、玄岸君って水瓶さんみたいな子がタイプなんだ?」

「ぬぉう!?」


 突然、第三者の声がカルタの背後から飛んできた。

 思わず振り返り、写真を背に回して隠してしまう。


「……何よ、そんなに驚く事ないじゃない」

「西猫か……音もなく背後を取るんじゃない」


 声の主はカルタのクラスメイトである女子だった。


 西猫始。


 カルタとは席が近く、比較的よく話す事のある相手だ。


「そっちが隙だらけなのが悪いんでしょ? 秘密エージェントならもっとそれらしくしなくちゃね。私、入口から普通に近づいただけじゃん」


 今は昼休みの時間になったとは言え、この屋上は過去に飛び降り自殺事件が起きて以来、立ち入り禁止になっている場所だ。


 普通は人が入ってくる事がないため油断していた。

 というか鍵がかかっていて入れないはずだった。


「フフン♪」


 訝しむカルタのその一瞬の表情を読み取ったのか、西猫は鍵を一つ、取り出して見せた。


「勝手に学校の合鍵作るって、お前それ犯罪だろ」

「ピッキング犯が良く言うよ」

「ぐぬぬ」


 それを言われると言い返せないカルタだった。


「……っていうか」


 ズイと西猫が接近し、人差し指で鼻っ柱を突いてきた。

 綺麗な黒髪がサラリと揺れて、かすかに柚子のような良い匂いがする。


「もう、授業サボっちゃダメじゃん。ルミちゃん先生、すごい目してたよ?」

「何? 今日の四限って出井門先生の授業だったか?」


 西猫が呆れ顔で指を離した。


「今更なにいってるんだか。月曜の四限は数学って決まってるでしょ?」

「そうだった。しまったな……」


 出井門瑠美。


 元ヤン教師として有名な数学教師だ。

 ついでにカルタ達のクラスの担任でもある。


 カルタはロナから渡された写真について、一人で静かな場所で少し考えたかった。

 そのために少しだけ授業を抜け出したが、担当の教師など考えずにサボってしまったのは失敗だった。


「後でルミちゃん先生の所に会いに来いってさ。玄岸君に伝えてって」

「くっ、油断した……」


 致命的なミスである。

 なにせ出井門先生の説教は長い。

 しかもくどい。

 ついでにたまに良く分からない言葉が出てくる。

 恐らくレディース時代の古代ヤンキー語だと生徒たちの中では噂だが、翻訳できる生徒は今の所いない。


 こうなると、できるなら放課後は忘れたふりをして即帰宅したいところだ。

 そのせいで西猫にとばっちりが行くような事はないだろう。


 西猫は出井門先生とも仲が良い。

 というより西猫は誰とでも仲良くなってしまう明るいタイプだ。


 派手なタイプではないが、人との付き合い方を心得ているというべきか、距離感が絶妙に上手い。

 出井門先生にしても、理不尽な八つ当たりをするようなタイプではないと認識している。


 帰りのホームルームさえ凌げば行ける。

 よし、今日は真っすぐに帰ろう。

 決まりだ。


 あとは後日に向けて何とか弁解の用意をしておこうと、カルタの脳内に新しい議題が追加された。


「それより……また屋上のフェンスから外を眺めたりして、黄昏ごっこでもしてるかと思ったけど、まさか玄岸くんがそんな青春しちゃってるとはね~。そんなに恥ずかしがるなよ~」


 西猫はいつもの人懐っこい笑顔に戻ると再びカルタに近寄ってきて、今度は肩をツンツンと叩いてきた。


「ん? 何のことだ? 別に恥ずかしがってなんかいないぞ」

「やだ、とぼけるつもり? じゃあその写真は何かなぁ? 別に隠さなくて良いじゃない。私はもう見ちゃったんだしさ~」

「こ、これは極秘任務用の極秘データなのだ! 一般人には開示できん!」

「はいはい。でも、なんか意外だね」

「……何がだ?」

「その写真の事。水瓶さんのどこが好きなの?」

「なに……?」

「もう、誤魔化す事ないでしょ? 水瓶さんの写真を見ながら何やら悩んでたじゃない」


 確かにカルタは悩んではいたが、二人の話はどこか噛み合わない。


「……その、……好き、なんでしょ?」


 そこまで言われて、カルタはやっと盛大に勘違いをされている事に気が付いた。


「ちょっと待て、西猫。お前は何か勘違いしているようだ」

「勘違い? 何を? 人気のない場所で女子の写真を見つめて思いつめる少年……どこからどうみても恋する男の子の姿ですよ?」

「違う。この写真を持つに至った経緯はお前には説明できないが、俺は水瓶に恋愛感情など抱いていない。これだけは断言する!」


 カルタは妙に演説めいた口調で、しかしはっきりと言い放った。

 本当の事だ。


 事情を正直に説明したところで頭がおかしい奴だと同情されるだけだろう。

 自分の普段の行動を考えれば、それが当然の結論だ。


「……本当?」

「本当だ」

「……本当に、本当?」

「しつこいぞ。絶対に本当だ」


 心の内を見透かそうとするような、試すような視線を向けていた西猫を、カルタは真正面からの視線で制した。


「そっか。なら、別に良いんだけど……」


 なんとか理解してもらえたようだ。

 誤解は解けたらしい。


 だがこの事態、たとえ噂としてでも広まるのは避けたいと思った。


「本当に恋愛感情なんて微塵もない。これは極秘任務のための極秘情報なのだからな。だから西猫、俺が水瓶の写真を持っていた事は誰にも言わないでくれ。任務遂行に支障がでるかも知れないからな。頼む!」


 カルタの頼みに西猫は人差し指を唇にあて、少しだけ考えた。


「うーん……わかった。秘密にしておいてあげる」

「助かる」

「……ただし、交換条件よ」


 西猫は悪戯っぽい笑みで付け加えた。


「……良いだろう。条件は?」

「カラオケ、おごってよね」

「わかった。約束しよう」


 妙な噂が広がるよりはよっぽどマシな条件だ。


「……い、いつ?」

「俺はいつでも良いが……そっちは都合あるか?」

「わ、私もいつでも良いけど……」


 何やら歯切れの悪い様子だ。

 西猫は急にもじもじとして落ち着かない。


「だったら早い方が良い。今日の放課後は空いてるか?」


 カルタはあまり借りなど作りたくない性格だ。

 作ってしまったなら、出来る限り迅速に返しておきたかった。


「きょ、今日!? よ、用事はないけど、こ、こ、心の準備が……!」


 今度は人差し指をツンツンと合わせて何やらゴニョゴニョしている。


「何を大げさな。お前は戦場にでも行くつもりか。何をビビってるんだ?」

「ビ、ビビってないわよ! 失礼な! 君とカラオケに行くくらい何てことないんだからね! 勘違いしないでよね!」

「お、おう……」


 急にズビシと指をさされてカルタは思わずたじろいでしまった。


「じゃあ授業が終わったら放課後、校門で待ち合わせよ! 良いわね? すっぽかしたら許さないからね!」


 一方的にそれだけ告げて、西猫は慌ただしく屋上から去っていく。


 長く艶やかな髪に隠れてほのかに上気した西猫の頬の色に、カルタが気付くことはなかった。


「なんなんだアイツは」

「なるほどなるほど。カルタさんも意外とやりますねぇ」


 腰から楽しそうな声が聞こえてきたので無視しておいた。


 そして屋上の扉へ向かうその途中、西猫が不意に振り向いた。

 その口が何かを告げようとして動いたが、それが言葉になる事はなかった。


 西猫の頭蓋はその頭上から落ちてきた何かによって地面に叩きつけられ、内容物を派手にまき散らして割れた。


「……は?」


 一瞬前までそこにあった少女の笑顔の代わりに、巨大な獣の異形な笑みがそこにあった。

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