Chapter019:信頼
「お肉ぅ……お肉ぅ……」
呪詛のようにその言葉を繰り返しながら、ロナが薄っぺらい鮭をかじる。
「仕方ないだろ、もう店は閉まってるしよ……」
ロナは強く肉を所望していたが、水瓶を送った帰り道は近所のスーパーも既に店を閉めている深夜だった。
しかたなく二十四時間営業のコンビニで弁当を買って帰ってきたが、ご不満の様子だ。
水瓶と一緒に勝手に買い出しに行ったらしいコロネルも、その水瓶があんなに食べる子だとは思ってなかったらしく、ロナの分として用意して肉まで全部たべてしまった。
「明日はちゃんと肉を買ってやるからさ」
「絶対だよう? 約束だよう?」
そういって小指を突き出してくるロナ。
「あぁ、約束だ。そんなことしなくてもちゃんと約束は守るっての」
「ダメだよう! 守るなら指切り、出来るはずだよう!」
「はいはい、わかったわかった……泣くほどかよ」
おっさんと指切りなんてしたくなかったが、そのおっさんが泣きそうな顔になったので仕方なくカルタも小指を出してそれに絡めた。
「嘘ついたら張り付け火炙り串刺しの刑、だよう!」
「怖いわ!」
ロナが満足そうな笑顔で物騒な事を言う。
水瓶が帰ったあと、コロネルはまたどこかに行ってしまった。
悪魔の弱点が効かなくなっていた事と、ロゼと名乗った少女の事を聞いてみたが、やはりコロネルにも何も分からなかった。
対策が必要だろうという話を少しだけして、その後は笑顔のまま「調べてみます」とだけ言って、街へ繰り出して行った。
「ったく、コロネルのヤツ、余計な事しないと良いんだが」
外で何をやっているのか、コロネルはあまり話さない。
悪魔の出現状況を確認したりしているとは言っていたし、確かに悪魔が発生した時にはすぐに連絡をくれた。
だが、それ以外に何をしているのかは良く分からない。
もっと常識ある行動を取っているものだと思っていたが、今日の一件もあってかなり不安になってきた。
余計な騒動が起きないと良いのだが、大丈夫だろうか。
ロナに聞いてもコロネルの事はあまり知らないらしかった。
「大丈夫だよ。コロネルの事だもん」
それでもロナはいつもそう言う。
コロネルの行動に何の疑問を抱かないし、コロネルに言われた事は全て素直に信じている。
ロナはコロネルに全幅の信頼を寄せている。
「だと良いけどな。……なんか信用ならないんだよな」
普段から自分の事を語らないせいもあるかも知れないが、特にいつも張り付けたような笑顔が気になっていた。
カルタにはそれがコロネルの本心を隠すような仮面に思える。
「お前は何でそんなにコロネルを信用してるんだ? 名前すらわからない相手だぞ」
ロナはコロネルの本名すら知らない。
知っている事は出会ったばかりのカルタと大差ない程度だ。
魔法を使える悪魔の敵、天使。
ロナにとっては先輩らしいが、そもそもコロネル以外の天使を自分以外に知らないらしい。
たった二人の魔法使い。
「私、カルタさんと出会う前の記憶があんまり無いんだよう」
「……はぁ? なんだよ、急に」
突然の告白だった。
「何か気付いたらカルタさんの部屋にいたよう」
「何かって……どういうことだよ?」
自分の名前すら知らない事にもさすがに驚いたが、そもそもロナにはカルタと出会う以前の記憶がないらしい。
ロナという名前も、コロネルから教えてもらったものだと言う。
「わかんないけど、大事な事はぼんやりとだけど頭の中に残ってるんだよう。なんでカルタさんの部屋にいたのかも、だから覚えてたよう」
ロナの与えられた使命。
天使としての役目。
コロネルとの記憶もつぎはぎの記憶のように頭に残っているらしい。
そう言われてみれば、一番最初に出会った時からロナは絶望的に説明が下手だった。
水瓶の事も、後から現れたコロネルに助けられながら説明してきた。
曖昧な記憶の中での行動なのだとしたら、それは何となく辻褄は合う動きのように思える。
「だから大丈夫なんだよう。コロネルは嘘なんてついてないの」
なんとも説得力に欠ける「大丈夫」だった。
「そう言われてもなぁ……そもそも、そのお前の名前だって偽名を教えてたんだぜ? 本当に大丈夫かよ……」
「大丈夫!」
ロナはハッキリと言い切った。
「大丈夫だよ。魔法の使い方だって、料理の仕方だって、この世界の事だって、悪魔の事だって、私たち天使の事だって、全部ぜーんぶ、コロネルが教えてくれたんだよう。きっと、嘘なんてついてないよう。本当の名前を隠すことにだって意味があるんだよう!」
それはロナ自身、自分に言い聞かせるような言葉だった。
さきほどの勢いのある「大丈夫」が、途端に迷いを振り払うようなものに聞こえてくる。
「だって、私にはコロネルしかいないから」
ロナがいつもの笑顔で言った。
ロナの笑顔にはコロネルと違って感情が見て取れる。
カルタにはそれがどこか寂しげに見えた。
「何だよ、それ。今は俺がいるだろ」
そっぽを向きながら、ついそんな事を口走った。
出会ったばかりのおっさん相手に何を言っているのかと自分で呆れながら、どこか懐かしい感情に困惑している自分がいた。
ロナが珍しくやけに小さな声で「ありがとう」と呟いて、なんだか変な空気になってしまった。
居心地が悪いような、そうでもないようなそんな生ぬるい空気感だ。
カルタはそれ以上、今日は何も聞く気にはなれなかった。
ロナのように何の疑いもなく信用できるだけの人間が、自分自身の側には一度でも居ただろうかと、思い出せないハズの記憶を手繰ってみる。
遠い記憶の中に翻る白衣の姿が見えた様な気がしたが、カルタは結局、何も思い出せなかった。




