Chapter018:焼肉
ジュウジュウとその身を縮める音が食欲を刺激する。
カルタの部屋には肉の焼ける香ばしい匂いが充満していった。
「ちょっと玄岸くん、野菜もちゃんと食べて下さい」
「おい止めろ、野菜炒めじゃないんだぞ。肉を焼け、肉を」
「剣一さん、そんな事では立派な大人になれませんよ。ほら、私のピーマンを」
「黙れホームレス。その薄汚い箸を下ろせ。殺すぞ」
「あ、玄岸君ってばそんなこと言ったらダメなんだよ? お肉上げないよ?」
「ほんとすみませんでした」
「ハッハッハ。良いんですよ。ピーマンどうぞ」
「それは自分で食え。殺すぞ」
「もう、玄岸君! あ、コロネルさんもちゃんと食べて下さいね」
「ハッハッハ……」
水瓶によって大量に投下される野菜たちの前に阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げるホットプレートの上を、十字架姿のまま眺めるロナがカルタに念話を飛ばした。
「ふぇぇ、私もお肉を食べたいよう……」
「少しの間だ。我慢しろ。食べ終わったら水瓶はすぐに帰すから」
「わかったよう。お肉……」
本当にそのつもりだった。
コロネルと一緒に居させては、どこでその存在を怪しまれるかわからない。
ホームレスを拾ったなんて説明の時点で、すでにあまり常識的な状況ではない。
下手な事を言って水瓶に警戒されてしまっては、カルタの考えている今後の作戦にも影響が出てしまう。
カルタにとっては、今は水瓶の信用を保つ事が大事だった。
「ふぅ……けっこう遅くなってしまったな。水瓶、時間は大丈夫なのか?」
食事を終え、ホットプレートを片付けながらカルタはさり気なく水瓶に言った。
遠回しに、まだ帰らなくて良いのかを尋ねたつもりだ。
そうして水瓶を自然に帰宅モードへと誘導する。
水瓶はしっかりと引き締まったスタイルの割になかなか良く食べる子だった。
その栄養が全て胸に集中しているのだろう。
良い事だ。
夜も遅い時間だが、特にダイエットなど気にしている様子はなかった。
頬をとろけさせながら美味しそうにお肉を頬張るその姿は、見ているほうまで楽しい気持ちにさせられた。
「はい、大丈夫ですよ。メリーさんにはちゃんと伝えてありますし、ウチは門限とかそういうのはないですから」
「そうか……」
全然平気らしい。
九郎の事だから門限とか厳しそうな気がしたが、誘導作戦失敗だった。
「ですが、水瓶さん。あまり遅くなっては、女の子一人の夜道というのも危険でしょう。剣一さん、お家まで送って行ってあげた方がよろしいのではないですか?」
「おう、それもそうだな。送っていくぞ」
ナイスフォローだ、とカルタが視線を送ると、コロネルが小さくサムズアップしてきた。
どこで覚えたのか知らないが気に入っているようだ。
「そうですか? では、お言葉に甘えて……では脱衣所、借りても良いですか?」
「良いぞ。好きに使ってくれ」
「ありがとうございます。準備してきますね」
そう言って鞄を持ち、水瓶は脱衣所に消えていった。
カルタは脱衣所の薄いガラス越しにその着替えのシルエットを眺めながら「焼肉パーティは水着でやるものではないと思うけど」と思ったが、勿体ないので言わないでおくことにした。
「ちょっとカルタさん、女の子の着替えをそんな風に見ちゃダメだよう!」
巨乳のシルエットとはどうしてかくもエロイものなのか。
真面目にそう考えていたらロナに邪魔された。
ベッドで丸まっていた薄い布団が脱衣所の前に広がる。
浮遊の魔法を使ったのだろう。
「あ、そうだ。おい、ロナ。あの白髪メガネに念話つないでくれ」
「ふぇ? いいよー」
魔法を見て思い出した。
カルタは念のため、コロネルに一つ、釘を刺しておく事にする。
「どうしましたか、剣一さん」
「水瓶に魔法の事は喋るなよ。俺にも考えがあるんだ。魔法の事を知られるのは困る」
「なるほど、わかりました。ですが私も魔法の事を話すつもりはありませんから大丈夫ですよ。それに、話したところで素直に信じていただけるとは思えませんから」
「そうでもないだろ。水瓶は悪魔の存在を自覚してる。もう多少の事では驚かないさ」
準備した今後の作戦の事もある。
魔法の事は特に伏せておきたかった。
「お待たせ―」
脱衣所から出てきた水瓶はいつもの制服姿に戻っていた。
学校からそのままカルタの家に来たのだろう。
「じゃあ送ってくる。コロネル、留守番たのんだぞ」
「分かりました。いってらっしゃい剣一さん。水瓶さん、またいつでも遊びに来てくださいね」
ここお前の家じゃねぇから。
「はい。お邪魔しました」
コロネルの笑顔に見送られて、カルタは水瓶に連れ添って家を出た。
もうすぐ日付が変わろうという時間帯だ。道路は閑散としていて、夜風がつめたく肌を撫でた。
少し歩いた所で、今日遭遇した悪魔の話をするつもりだった。
コロネルを交えては話がややこしくなるに違いないと考えての事だ。
「よう、ガキ」
そうしてマンションの外に出た所で、九郎が待っていた。
「あ、メリーさん。どうしたんですか、こんなところで?」
「ただの散歩だ」
「そうなんですか! 偶然ですね!」
「あぁ、偶然だな。一緒に帰るか」
「はい!」
嘘つけ、とカルタは心の中で突っ込んだ。
絶対に水瓶が心配で迎えに来たパターンだと思う。
そもそも散歩と言いながら、壁に背を預けて立ち止まっていた。
完全に待ち伏せの動きである。
九郎は咥えていたタバコを持ち歩きようの小さな灰皿に押し込んで歩き出した。
灰皿の中にいくつもの吸い殻が見えた気がした。
「聖こそ遅かったな。夜は悪魔の活動が活発になりやすい。そうでなくても夜道は危険だからな。気を付けろよ」
そう言う九郎の姿はサングラスを含めて全身黒づくめのスキンヘッド筋肉お化けだ。
その見た目の方が夜道よりよっぽど怖い。
「誰なのこの人? すっごく怖いよう」
「水瓶の保護者だ。仲間だから気にするな」
案の定、ロナがビビりながら念話してきた。
「危ない人じゃない? 大丈夫?」
「大丈夫だって。俺は知り合いだから、平気だ」
お前は人の事を言えない顔だ、と思ったが、さすがに可哀そうなので言わないでおく。
ロナは教会に入ると眠るように意識を失うらしく、九郎と会うのはこれが初めてだ。
おそらくは九郎が教会に張った結界とやらの効果なのだろう。
小走りに駆け寄る水瓶に合わせて、カルタも九郎に並ぶ。
「現れた悪魔は倒したのか?」
九郎が呟くように聞いてきた。
水瓶も心配そうな顔でカルタを見つめていた。
「まぁな。ちゃんと消滅したよ。被害者は出てないハズだ」
その言葉に水瓶が分かりやすく安堵する。
「けど、殺したのは俺じゃない。変な女がぶっ殺して行った」
「変な女?」
九郎と同じく悪魔を殺す武器を持つ少女、ロゼ。
カルタはもしかしたら悪魔祓いの同業者かも知れないと思っていた。
九郎に聞いてみたが、そんな女は知らないらしい。
名前も聞いた事はないという。
「そもそも俺以外の悪魔祓いとは出会ったことがないからな。居たことに驚きだよ。何だかややこしくなってきた」
「それは、同感だな」
「それに、全く同じ姿形の悪魔が連続で現れるってのも初めてだ。何か妙な感じがするぜ」
その点についても説明すると、九郎もコロネルと同じような反応を示した。
やはり珍しい現象であるらしい。
二人ともその理由には思い至らないようだ。
「俺の方でも何か分からないか調べてはみる。お前も何かわかったら伝えろ」
「おう、わかった。じゃあ今日みたいに何かあった時は連絡するから、水瓶の携帯番号も教えてもらえる?」
「あ、えーっと……」
「大丈夫だ、問題ない。俺にかけてこい」
水瓶との間に九郎が割り込んできた。
「ぐぬぬ……」
水瓶は携帯電話を持っているが、それは九郎との連絡専用として使われている。
曰く、他の男には連絡先を伝えてはいけないらしい。
理由は変な男が寄って来るから、とかなんとからしい。
思春期の娘を持った父親か、お前は。
「何かあったら俺から伝えてやる。安心しろ」
やっぱり九郎は親父キャラだった。




