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切り札はスペードの幼女ですか?  作者: じばうるふ
Episode2/承:Nightmare Strikes Back
17/34

Chapter017:一夜

「……ん?」


 手元に感じた違和感にカルタは痛む首を小さく捻った。


「カルタさん、どうかしたの?」


 激痛に抗いながらカルタが自宅に帰ると、なぜか扉の鍵が開いていた。


 寝坊などという失態を久しぶりにおかし、今日の朝は確かに普段より慌てていたかもしれない。

 それでも、部屋の鍵をかけ忘れるなんて事はないハズだと思う。


 出かける時はいつも、外からは二重の鍵をかけている。


「いや、何でもない」


 警戒しながらドアノブを捻る。

 ついさきほど出会ってしまったばかりの戦闘狂の姿が脳裏に浮かび、カルタは無意識のうちに息を潜めた。


「あ、玄岸くん。おかえりなさい」


 静かにドアを引くと、目の前に巨乳が現れた。


 なぜか水瓶がカルタの家の玄関で待っていたらしい。

 またしても水着エプロンという姿にはもう突っ込まない。


「あー、ただいま……ってなんでお前がいる?」

「もう! 何で、じゃないよ。放課後、図書室で話があるって言ってたじゃない。ずっと待ってたのに来ないから、心配して探したんだから!」


 浮かんだ疑問を率直に聞いてみると、水瓶が頬を膨らませた。

 だからといって何でこの女子は人様の家に勝手に転がり込んでいるのだろうか。


「あー、そうだった。悪い。ちょっと色々あって忘れてた」

「色々? それって、もしかして……」


 バツが悪そうに言葉を濁すカルタの様子に、水瓶が何かを察したらしく、バツの悪さが伝播する。


「その話は中でする。とりあえず入れてくれ」


 玄関で仁王立ちする水瓶に、カルタはひとまずそうお願いすることにした。


「あ、そうだね。うん、どうぞ」

「いやここ俺の家だからな?」


 もう夜も遅い時間帯だ。

 ご近所さんへの迷惑もある、玄関で騒がしくはしたくなかった。


 それなりに防音性は高い良いマンションだが、それでも普段からカルタは気配りに気はつけている。

 近所づきあいは穏便に、平和に過ごしたい庶民派のカルタだった。


「おかえりなさい、剣一さん」


 玄関からまっすぐに自室へ進むと、コロネルが笑顔でお茶をすすっていた。

 どうせこいつが招き入れたのだろうと何となく察しては居たが、まったく悪びれる様子がないその笑顔にはさすがに頬が痙攣するのを感じた。

 微妙に筋肉痛が痛い。


 コロネルは普段通りの白髪と黒ぶちのメガネ姿で、真っ白なコートもそのままだ。

 どう見ても普通にめちゃくちゃ怪しいおっさんである。


「おう……」


 こいつは自分の事をどう水瓶に話しているのだろうか。

 それが分からないと状況が飲み込めない。


 どう返事をしたものかと、カルタは曖昧な言葉を返した。


 ちゃんと呼び方を変えてくるあたり、カルタの生活状況は理解してくれているらしいが、それにしてもいったいどういうつもりなのだろうか。


「剣一さん、晩御飯はどこかで食べて来られましたか?」


 カルタの困惑を知ってか知らずか、いつもの調子でコロネルが聞いてくる。

 自炊派のカルタは普段からあまり外食をしない。


「いや、まだだけど」

「そっか、良かった!」


 なぜか背後の台所から安堵の聞こえてきた。

 振り返ると、顔だけ出して「まかせて!」なドヤ顔風の表情を向けてくる水瓶と目が合った。


 そのまま水瓶が台所に消えていくのを確認して、カルタはちゃぶ台に駆け寄る。


「おい、どんな状況だコレは」

「彼女がカルタさん、いえ、剣一さんの事を心配されて訪ねて来られたんですよ。とても心配されているようでしたので、せっかくなので一緒に帰りを待っていたのです」

「何がせっかくだよ!? ってか来客あっても勝手に出ちゃダメだろ!? お前らの存在はご近所さんには内緒なんだぞ。俺が普段からどんなに気を遣って……いや違う、そうじゃない。そもそも他人を普通に部屋に入れちゃだめじゃん? 小学生のお留守番かよ!」

「カ、カルタさん、大きな声だすと聞えちゃうよう」


 常識のないコロネルの行動に思わずヒートアップするカルタをロナがたしなめる様な珍しい形になる。


「そ、そうだな……落ち着こう」


 一度、深呼吸。

 肺の中の酸素を入れ替えて、思考をクリアにする。


 コロネルはロナに比べてもっと常識人だと思っていたため油断していた。

 よくよく考えれば、自分たちの事を天使だとか言っちゃう連中に留守を任せるべきではなかったと後悔の念が押し寄せてきた。


 悪魔だのなんだのと混乱していたせいに違いない。


「しかし、本当にどういうつもりだ? 悪魔の母体とお前らが普通に接触して大丈夫なのかよ?」


 天使と悪魔がどういった関係かはカルタも知らないが、敵対しているらしい事はロナから聞いていた。


 悪魔の排除は天使の使命らしい。

 だが、そのためにわざわざ無関係のハズのカルタを経由してまでその母体の殺害を試みているくらいだ。


 本来は直接の接触はしない方が良い理由があるのだと思っていたのだが、それはまた違う話になるのだろうか。


「それは、恐らく問題ないのでしょう。擬態と言う形とはいえ、ロナは既に剣一さんと一緒に彼女に複数回にわたって接触しています」


 確かにコロネルの言う通りだった。

 今のところ、ロナの存在に水瓶が何か気付いている様子はない。


「剣一さんの言う通り、私たちの存在が彼女にバレることは危険ですが、彼女の反応を見る限り、私たちに何か特別な反応を起こしてるようには見えません。それに、私も聖杯という存在との接触には興味深い物を感じておりましたので、良い機会かと」

「良い機会かと、じゃねぇよ。お前の事はなんて説明した? 俺には家族なんて一人も居ない事になってるんだぞ」

「ハッハッハ。そこは大丈夫です。私の事は拾われたホームレスと説明していますので」

「全然大丈夫じゃねぇよ!」

「カ、カルタさん! 静かに~!」

「大丈夫ですよ。日本人は社会的弱者を救済する事で優越感に浸り精神的な快感を貪る生き物だと聞いておりましたので。それに彼女も納得しておりましたし」

「もうめちゃくちゃだな! あいつも良く納得しやがったな!」

「カルタさ~ん!」


 もうどこから突っ込んで良いのかわからない。


 ホームレスを拾うってどんな状況だ。

 犬や猫じゃないんだぞ。


「名前は何て名乗った? 水瓶の前ではなんて呼べばいいんだよ」

「コロネルと」

「偽名くらい使えよ!」

「大丈夫です。この名前がすでに偽名ですから」

「俺にも偽名使ってやがった!」


 よくよく考えればおっさん連中のフルネームすら聞いていないカルタだった。


「あ、私は本名だよう」

「いえ、ロナも偽名です」

「ふぇ!? そうだったの!? 私の本名は!?」

「それは秘密です」

「ふぇぇ!? なんでだよう!?」

「私たちの使命のためですよ」

「そっかあ。じゃあ仕方ないんだよう」

「それで納得するのかよ!」


 脳の中と外とで繰り広げられる問答に、さすがに頭が痛くなってきた。


 とにかく、水瓶の前でもコロネルとは今まで通りに接することになった。

 ロナの事は秘密のまま、水瓶が帰るまでは擬態のまま隠れていて貰う事にした。


「はーい、用意できましたよー!」


 ちょうど話し合いが終わった頃、台所から水瓶が現れた。


 出てきたのは大きなホットプレートだ。

 ロナが使いたいと言っていたものをカルタが買ったのだが、まだ一度も使ってないヤツだった。


 カルタの脳内で「私のプレートなのにー!」とロナが悔しがる声が聞こえたが無視することにした。


 良く見ると部屋のちゃぶ台も一回り大きなものに変わっている。

 コロネルが笑顔でサムズアップしてきた。


 お前の仕業か。

 この天使、くだらない所で平然と魔法を使いやがった。


 手際よく次々と運ばれてくるのは切り分けられた野菜とお肉たち。

 水着エプロン姿といい、何か見覚えのある光景だった。


「さぁ、それではバーベキューを始めましょう!」


 水瓶が張り切って手を合わせる。


 多分これはバーベキューではないと思う。

 ただの焼肉パーティだ。


 そんなカルタの突っ込みを余所に、そうすて殺害の依頼者と実行者がその殺害対象と一緒に鉄板を囲むという、異質の焼肉パーティが始まった。

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